22話 家主
「ご馳走様でした」
席を立ち、みんなのお皿を重ねていく。
今日の洗い物はどうしようかな〜なんて、寝ているしらたまちゃんを一瞥すれば「カランちゃん、お皿もらうよ」と大きな影が私覆ったと同時に、ぴとっと指先が触れた。
「ひぇ」
「あ、ごめんっ」
ぴゃっとお皿を持つ手を引けば、離れる指先。
触れられた所が熱を帯びるように熱くて、ほんの一瞬の出来事だったのにバクバクと心臓が煩くなっていく。
(ダメだダメだ、これ以上接近されたら……こ、殺しちゃう)
手のひらにじんわりとした汗を感じて、開いた口を閉じ視線を床に落とした。
さすが元カノ十三人持ちのイケメンスミレくんだ。ミカゲの言葉を借りるなら、今度こそ十四番目にさせられる。その時はスミレくんの命日が決定してしまうけど、そんなのシャレにならない。
「ヒュウ! おにーさんの前でやるぅスミレっち」
「いや、これは違っ」
「スミレくん、洗い物お願い。私ちょっと滝に打たれてくるね」
確かミカゲと会った時の湖に滝があったし、そこに行こうかな。
はいっとお皿を渡して、この場から立ち去ろうとすれば「カラン、ストップ」と声が飛んできた。どうしたの? と振り返れば、こっちにこーいと手招きをするカキラがそこに。
「大事な話があるから、こっちにおいで」
「お、お誕生日席がいい」
「ダメだ。ほら、いい子だからお兄ちゃんのところにおいで」
い、嫌だ!
行きたいけど、すごく行きたくない。だけど昔からカキラの言うことは絶対で生きてきたせいで、足は一歩一歩と従順に向かっていく。
(どうしようどうしよう。このままだと心拍数が上がり続けて、林檎の色が変わっちゃうかもしれない)
抵抗しなければ、何とか平常心を取り戻さなければ。
チラリとしらたまちゃんに目を向けるが、悲しいかな。眠ってる姿は可愛いままなのに、全然心が落ち着かないよ。早く何とかしないといけないのに、逃げ道が見つからない。
なんとかなれと、ぎゅっと自分の手首を掴んだ時、「へくしゅ」と可愛い音が聞こえた。
「ミ、ミカゲ寒いの?」
「……い、いえそこまでは。す、すみません」
かあっと耳まで真っ赤なミカゲは、腕で顔を隠したまま気まずそうに目を逸らす。なんとも言えない空気が流れる中、くしゃみのお陰で熱がぐるぐると回っていた頭がハッと覚めた。
前に出した足を、一歩後ろに下げる。
「カラン?」
「あ、えっと。あの、あのねトマさんの隣じゃダメかな」
「ちょい、ちょい! おい! 白雪ちゃんなんかオレに恨みでもあるんすか!?」
「ない、けど。その」
一番の安全地帯がそこなんだよね。
カキラがトマさんの水分を抜き取ろうとした時は何がなんでも止めるから、隣に座りたい。でもそうすることでカキラが拗ねるのは目に見えているし、どうすれば。すりすりと音を立てず、すり足で後ろ歩きした時「フフッ、フハッ」とレカムさんが小さく肩を揺らし始めた。
「いやぁ、若いな。フフッそうだカキラ、三階上がった右手の突き当たりの部屋にレコードがあるんだが、適当に一枚取ってきてくれないかい?」
「はぁ。じゃあ、カラン一緒に行こ」
「えっ。あっ」
渋々立ち上がったカキラは、溜息をつきながら当たり前のように私の手をとり歩き出す。二人きりになったら今以上に大変なことになるのに、誰か助けて。お助け……。
むくりと起きたしらたまちゃんに手を伸ばせば、ふよふよと頭に乗っかって視界の端で金髪が揺れた。
「カキラ、カランちゃんまで連れていったら意味がないだろう?」
「そうは言ってもなぁ。カランとまだ空白の時間埋めきれてないし」
「ハハッ、君は本当に面倒くさい性格をしてるね。仕方ない、そしたらミカゲくんとカキラは庭園の薔薇に水を上げてくれないかい? トマくんは、スミレくんのお手伝いを頼むよ」
朗らかな雰囲気を纏いながら淡々と指示するレカムさんは、さりげなくカキラを水やり担当に変更して私の反対側の手を取った。
お日様の香りが、花が舞うように優しく流れてつられるように顔を上げれば、ぱちりと絡む黄金の眼。
「それじゃか行こうか」
そっと引かれる手、ため息と同時に離されたカキラの手。
「すぐ戻ってこいよ」
「あぁ、レコード取りに行くだけだから安心してくれ」
あのカキラが引くなんて、これが国王様パワーなのだろうか。
導かれるままついて行っては、階段を登っていく。太陽のように眩しい金髪に、真っ黒な服と灰色の手袋。彼の人柄には似合わないその服装が、逆に目を奪う。だから、つい気になってしまった。
「レカムさんは、どうして黒い服を着てるの……?」
階段を上りきった靴の音が静かに響く。
彼が振り返る時、いつも前髪で隠さていたその左眼と目が合った気がしてごくっと唾を飲みこんだ。ほんの少しの静寂が訪れる。触れてはいけない話題だったかなと、喉が乾いてきた頃「白の方がしっくりくるかい?」と揶揄うような声が落ちた。
「私も昔は白い服を好んでいたんだけどね。着飽きてしまって」
「飽きちゃったんだ」
「フフッ、そうなんだ。それに、黒の方がかっこいいだろう?」
花が綻ぶような笑顔でそう返したレカムさんの言葉に、嘘は感じなくて。だけどどこか、隠し事をしているような距離を感じた。
「さて、この部屋だ。カランちゃん、お先にどうぞ」
「え、えっと失礼します……わっ!」
開かれた扉、一歩足を入れて顔を上げれば視界いっぱいに飛び込むアンティーク調の部屋。本棚に机、そして蓄音機や綺麗に保管されているレコード達。キラキラと光の粒子がこの部屋の時間を溶かすように舞い落ちていく。
その部屋の中央で、靡くカーテンを背景に小さな鍵を取り出したレカムさんは、カチャリと棚を開けた。
この屋敷に初めて、息吹が吹き混むように木の葉は空を泳ぎ出し真昼の日差しが彼を照らす。
「んみゃあ〜」
「あ、まってしらたまちゃん」
ふよよ〜とレカムさんの元へ飛んでいくしらたまちゃんを追いかけて、あれっと違和感に気づき足を止めた。
(そういえば、どうしてレカムさんはこの部屋にレコードがあるのを知ってたんだろう)
改めてレカムさんに目をやれば、しっくりくるほどにこの屋敷と馴染んでいる。極めつけには、その鍵。
(も、もしかして……この屋敷の主ってまさか)
たらりと、冷や汗が頬を伝っていく。そっと両手を上げれば、揺らめくレカムさんの影が視界に映った。
「カランちゃん?」
「あ、あのレカムさん。私その、不法侵入したくて、したわけじゃなくて。ご、ごめんなさい」
「……? あ、あぁこの屋敷のことかい? フフッ、そんなに謝らないでほしい。寧ろ、君を守れて良かったとすら思ってるからね」
黄金の眼を細めて、一枚のレコードを取り出したレカムさんは、私の手にそれを置いてカチャンと鍵を閉めた。
「元々この屋敷は、私の祖父が仕えていた英雄の城だったんだ」
「英雄?」
「そう、英雄。本人の意志により、語り継がれることこそなかったけどね」
目を伏せたレカムさんは、窓に手を当て海を眺める。吹き込むそよ風に長い前髪が揺れ、透けて見えた緑色の眼。川のように美しい金髪を結ぶ白いリボンは、誘うように柔らかく揺れた。
「カランちゃんは、昔話は好きかい?」
「うん。知らないことを知れるのはすごく好きだよ」
「そうか、なら良かった。この後、この世界について君たちに話したいことがあってね。……少しでも、呪いを解く手掛かりが見つかれば嬉しいんだが」
窓から目を離し眉を下げて笑うレカムさんは、徐に手を伸ばして私の頭に居座るしらたまちゃんをすくい上げる。
骨董品でも見るように色んな角度で見つめては、日に当たるところにぽとっと置いた。
「影はあるんだね。そういえば、カランちゃんを目覚めさせたのは君なのかい?」
「んみゅ?」
「フフッ、さすがに違うようだ。いいかい? 君はカランちゃんの相棒だ。いざと言う時、護ってあげられる存在になるんだよ」
分かったかい? と頭をひと撫でしたレカムさんは、私の頭にしらたまちゃんを戻し扉に手をかけた。ありがとうございますと会釈しつつも、新たに浮かぶ疑問。
(そういえば、本当に私にキスした人って誰なんだろう)
そっと人差し指を唇に当てて、頭を捻る。
事の始まりは、眠る私に誰かがキスをしたことによる目覚め。レカムさんの言う通り、しらたまちゃんがキスしてたなら納得できるけれど違うとなれば一体……。
「んみゃ」
「どうしたの? ぅえ、眉間押さないで前見えないからっ」
「んみゃ〜」
「考え事してたのかい? 謎解きはこれからするから、今は楽しいことを考えた方がいいよカランちゃん」
そうは言われても、一度気になり出すと中々思考のループから抜け出せない。考えても仕方ないことだと割り切りたいけど、妙に引っかかる。ただレカムさんの言う通り、今ここに神経を使うのは良くないしそろそろ切り替えないと。
ふんっと両頬を叩けば「姉さん!」と横から飛んでくる元気な声。振り返れば、ミカゲがキラキラと草原の眼を輝かせながら駆け寄ってきた。
「これ良かったらどうぞ!」
「わっ、綺麗! 薔薇のドライフラワー?」
「はい! 綺麗な薔薇咲いていたので、一輪だけ摘ませて頂きました。カキラさんが水分取って、僕が乾かしたんですよ」
瓶がなかったので、少し姿は寂しいですけどね。と付け足して、ミカゲは恥ずかしそうに頬を掻く。
温かみを帯びた白い薔薇は、大きな花弁を小さく萎ませて私を見上げた。そっと花弁に触れれば、柔らかい質感はなくすぐに壊れてしまいそうなくらい薄い。
「姉さんは真っ白だから、赤薔薇の方が映えると思ったんですけど……カキラさんが姉さんに赤は付けさせたくないと聞かなくて」
「フハッ、それは私も同意見かな。それで、当の本人は何処に行ってるんだい?」
「えっと、カキラさんならトマさんを連れて庭園に」
珍しいコンビだ。
トマさんがいるなら、私も庭園に行こうかな。でもこの後大事な話があるなら、素直に食堂にいた方が良いのだろうか。うーんと頭を捻れば「ぎゃー!」という絶叫が外から聞こえてきた。
敵襲かと咄嗟に剣を構えれば、「おい、やめろ離せ」と聞こえてくる地を這うようなカキラの声。
「いや、虫! キッッショ! ちょお、もうオレ帰っていいっすか!?」
「ダメに決まってんだろ。土属性活かせよ、ほら豊穣の力で花と作物をポンポンと」
「じゃあせめてその、幼虫とか飛んでくる虫とかオレから遠ざけてくださいっす。うへぇ、ムリムリうわ、素手すか」
どんどん無に近い声色になっていくトマさんが気になり、庭に向かっていいかなとレカムさんを見れば「行っておいで」と手を振ってくれた。
「そしたら、ミカゲくんせっかくだからカランのために瓶でも探そうか」
「僕で良ければお供させてください。姉さん、一旦薔薇預かりますね」
「あ、うん。ありがとう! 行ってきます」
またねーと手を振り返して、私は二人がいる庭園に向かった。
今はカキラも席を外しているみたいで、縮こまってるトマさんしかいない。キャンキャンと威嚇する子犬みたいに、未だ悲鳴を上げているトマさんの背後を取って驚かせちゃお〜と抜き足差し足忍び足で近づく。
そして背伸びをしてそっと耳に手を伸ばした刹那、視界が真っ白な布で覆われた。
「カラン、つーかまえたっ」
香る石鹸の匂いと、耳にかかる甘い吐息。
ひっと喉元まで出かかった悲鳴を塞ぐように、大きな手が唇に置かれた。




