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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第3夜 古の城に眠る歴史
21/30

21話 オムライス

***


「お、カランおかえり」

「フフッ、私の分まで作ってくれてありがとう。カランちゃん」


 食堂に戻れば既に皆は適当に座っていて、新たに加わったレカムさんに若干の緊張が走り方が肩が上がる。国王様に手料理を振る舞うなんて、お口に合わなかったらどうしようと不安が込み上げてくるけれど、そんな私の気を晴らすようにミカゲが「姉さん早く」と隣の席を叩いた。


「白雪ちゃん、早く座ってー。オレもうお腹ぺこぺこっす」

「先食べてて良かったのに」

「せっかく作ってくれたカランちゃんを置いて、俺たちが先に食べるなんて失礼すぎるでしょ」

「それに、食べるなら姉さんと一緒に頂きたいですから」


 なんて言って優しく微笑むスミレくんとミカゲにとくんと胸が高鳴って。同時に、これじゃダメだと咄嗟に視線を床に落とした。

 思考よりも感情が先に渦巻く今、少しの油断も命取り。好きになっちゃダメ、少しのときめきだって溢れてしまえば呪いが発動してしまう。


──なによりあの時、青緑の中に生まれた新しい色は蜂蜜のように蕩けて揺らぎを見せた。それが一番の証拠だろう。


 動揺を悟られないように小さく息を吐いて、ぱんっと手を叩いた。

 とにかく、仕切り直そう。ミカゲの隣に本当は座りたいけど命を守ってあげたいので心を鬼にするしかない。音につられて一斉に集まる視線。はい注目と、私は片手を上げそのまま両手を腰に当てた。


「突然ですが、今日からご飯の席は変更します! まず誰も私の正面に座らないで」

「お兄ちゃんは?」

「カキラもだめ。イケメンが目の前にいると緊張して食べれない。その二、トマさんは私の右隣に座って。左は誰も座らないでね」


 まずは食卓から、私に有利なフィールドにしなければ。はいはいと、有無を言わさずオムライスを並び替えれば「ちょいちょーい!」とトマさんが手首を掴んできた。うわっと顔を上げれば、視界の端に悲しげに眼を震わせるミカゲの姿が入ってくる。


「姉さん、どうして……?」

「まっ、待って待って! 白雪ちゃん、考え直すっす」

「え、えっ。……いやっす」


 勢いで押し流してしまおうと思ったけど、それ以上の勢いが飛んできて少し怯んでしまった。しかし、ここで負けてはいけない。私の初恋とみんなの命がかかってるんだ。

 トマさんの語尾を真似っ子しながら強い意志を見せれば、あわあわと震える手を口元に近付け私とカキラを交互に見る。


「オレこのままじゃ、君のおにーさんに、殺される。体の水分抜かれるんすけど、潤った土が干からびる感じになっちゃうんすけど!?」

「土属性だけに?」

「誰がお前の義兄さんだって?」

「クソこの兄妹腹立つ! スミレっち、ミカゲっち席交換してくんない?」


 オムライスを掴む私の手首を握ったまま、トマさんは身代わりを求めたがミカゲは弱々しく首を横に振った。


「姉さんからのご指名ですよ。譲られてまでその座に着きたくはありません。僕は自分の実力で奪いたいので」

「はぁ〜? 今そんな騎士ぶんなよ! えっ、スミレっちは座りたいっすよね? ね?」

「トマさん、相手は女の子。目の前でそんな態度取ってたらカランちゃんが可哀想ですよ」


 ささっと二人は席を立ち、自分のオムライスを取っては少し離れたところに座る。終始楽しくて仕方ないようにくすくすと笑うレカムさんは、隣で絶対零度の眼差しをトマさんに向けているカキラに気づいていない。


 穏やかな空気の裏で走る緊張。

 この場で唯一の癒しは、レカムさんとその傍で光合成してるしらたまちゃんだ。

 真っ青な顔するトマさんが、いよいよ降参だと椅子を引く。ただ、ここまで場を散らかす発言をしといてあれだけど、オムライスはできるだけ気楽に食べて欲しい。そんな怯えられながら食べて欲しくない。


「や、やっぱりトマさん隣じゃなくていいよ。ごめんね」

「は? 今やっとオレ覚悟決めたのに、なんすか急に」

「考え直したんだよ。私、自室で食べようかなって」


 正直いかなる理由があろうと、ここまで嫌がられてまで隣に座って欲しいわけでもないし。少し形の崩れたオムライスを持って去ろうと椅子をしまえば、パンパンと手を叩く音が食堂に響いた。


「さ、お喋りはここまでにしようか。カランちゃん、少しいいかい?」

「え、えっと」


 ふわとろオムライスも顔負けするほどの眩い金髪を揺らしながら、レカムさんは穏やかな笑みを浮かべて手招きをする。一歩歩く度、彼の辿った道を辿るように淡い光の粒子が舞い落ちた。

 太陽すらも目が離せないように、彼を照らす日差しは強く。思わず私も目を奪われてしまった。


(おとぎ話の王子様みたいに綺麗な人だなぁ……)


 一つ一つの仕草すらも絵になる。

 向かいの席に居るレカムさんの元まで足を運んでいけば、ガコッと椅子を引いて「よいしょっと」と見た目にそぐわない事を言いながら、その椅子を持ち上げた。


「ちょっ、レカム様! 椅子ならオレが」

「あぁ、これくらい自分で持てるさ。えっと確か、お誕生日席というものがあるだろう? 正式には、上座だけれど……」

「お、お誕生日席?」


 聞いたことない単語に首を傾げれば、一種だけその満月の眼を丸めてレカムさんは目尻を下げた。


「君みたいな主役の子が座る、特等席さ。さぁ、こちらへどうぞ」


 テーブルの短辺側、その端の中央に置かれた椅子。お礼を言ってから、そそくさと座ろうとすれば腰を下ろすと同時に椅子が押され、すとんとお尻がついた。


「お、おぉ……」

「これなら、面と向かっての正面もいないし隣も居ないが……どうかな?」

「すごい、すごい! レカムさん、ありがとう。私今日からここに座るね」


 顔を上げても目の前に誰もいないから、安心できるし隣も居ないから落ち着く。たはーっと息を吐いて白湯を飲めば、「気に入ってもらえてよかったよ」と微笑んでレカムさんは元いた席に戻った。


 じんわりと白湯の熱が体に回って、肩の荷がおりる。暫くは、ご飯中に恋に落ちる心配は無さそうだ。


「んみゃあ〜」

「しらたまちゃんもおかえり。魔力あげるね」

「みゃ!」


 花飾りにしらたまちゃんを乗せてから、着席した皆を一望し手を合わせる。


「それじゃあ、ご飯食べよ。いただきます」

「「いただきます」」


 若干冷めてしまったオムライス。

 だけどこれは冷めても美味しい、特別な作りをしているのだ。ふんわりしたオムレツにナイフで切込みを入れば、中から黄金のように輝く黄身が溢れ出し。トロッとした白みに甘いバターの香りが鼻をくすぐる。ケチャップの酸味が美味しさを引き立て、我ながら中々いい出来だなと頬張れば「ぅ、んまっ!」と弾ける声が飛んできた。


「まっ、美味すぎ。使用人の作る飯より美味いんすけど!?」

「そりゃあ、俺のカランの手作りだからな。心して食べろよ」

「やべ、あと一口で無くなる」


 スプーンに最後の一口分を乗せたトマさんは、食べようとしては悩んで口から離す。そんなに美味しく食べてもらえて嬉しいけれど、足りなかったのは申し訳ない。


「にしても、白雪ちゃんってすごいっすねー。料理もできてイケメンにも囲まれて、今や豪邸住み! まじ人生ウハウハじゃん」

「呪いというウハウハ相殺があるけど、だいぶ恵まれてるとは思う。えへへ、もしかして前世ものすごい徳を積んじゃったり」

「ッゴホ!ん、んんっ」

「おい、レカム大丈夫かよ」


 突然噎せたレカムさんに、ガタリと音を立てトマさんは立ち上がり「大丈夫っすか!?」と駆け寄っていく。対してカキラはおいおいと肩を竦めているけれど、そんな軽い反応でいいのだろうか。

 とぽぽぽとカキラは水を増やしてあげてるけど、私も何か背中とかさすった方が良いかなと席を立てば、レカムさんは片手を上げ制止をかけた。


「すまない、少し……誤飲をしてしまってね」

「誤飲……。ま、まだレカムさん若いのに。オムライス逃げないから、ゆっくり食べて」

「いや、カラン。レカムは別にそんな若くは」


 そこまで言って、カキラは口を閉じる。

 海の眼をレカムさんに向けては、明後日の方向に視線を飛ばして。「お前いくつだっけ」と怪訝そうに口を開いた。


「……逆に、君は幾つなんだい?」

「俺? 二十四だけど」

「そうか、じゃあ私は二十九歳かな」


 フフッとほぼ笑みを浮かべ、上品に口元をナプキンで拭いたレカムさんは「さて、みんな心配をかけてすまないね」と笑って水を飲んだ。

 微妙な空気が漂う中、再開する昼食タイム。ぽわぽわと光る宝玉から、魔力を蓄えるしらたまちゃん。


 可愛いなぁって眺めながら、最後の一口を頬張った。口の中でとろける卵に絡み合うケチャップたちは、舌をつたってゆっくりと喉を通っていく。

 時間が経っているせいで卵はもう冷たいけれど、味と香りは消えることなく余韻を残していった。


(そういえば、イリウも私の料理気に入ってくれてたなぁ)


 瞼を閉じれば浮かぶ、花よりも眩しくて可愛いあの笑顔。


 艶やかな黒い髪を揺らして、頬を染めながら「もっとカランのオムライスが食べたいわ」なんて言って。スペシャルサービスだよって、追加を渡せば凄く幸せそうに笑ってくれたっけな。


「――私、カランの作る料理毎日食べたいわ。でも、それだと幸せ太りしちゃうかしら」

「イリウは太っても可愛いよ。でも今だって毎日食べに来てくれてるのに、そんな変わるかなぁ」

「変わるわよ。朝ごはんはカランの料理食べてないもの。でもね、私はカランがずっと一緒に居てくれたらそれだけで幸せなのよ」


 なんて言って、イリウは幸せが溢すぎて零れてしまいそうなほどの笑顔で、最後の一口を頬張った。


 瞼を開けて、冷たくなった白湯を飲めばオムライスの後味は一緒に流れて消えていく。スプーンに映る自分の顔が、今の私を責めるように見つめてくるものだから何だか居心地が悪くて。逃げるようにお皿に置いた。


(そもそもイリウとの約束を違えた私が、幸せになる権利なんてどこにあるんだろう)


 恋をしなければ身を滅ぼし、恋をすれば相手を滅ぼす。今思えば、イリウとの約束を違えた私には相応しい呪いかもしれない。


 白雪に選ばれたあの日からきっと。

 世界を敵に回してでも、逃げ出す選択をしなかった時点で。


――私たちはこうなる運命だったのだろう。

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