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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第3夜 古の城に眠る歴史
14/14

14話 お兄ちゃん

「カラン、カラン! 今日のオススメはなぁに?」


 海底から差し込む光のように、遠くから声が聞こえた。

 心臓が掴まれたように意識が引っ張られる。重たい体を起こして当たりを見渡せば、真っ白な霧が私を囲っていた。何も見えなくて、でも背中に羽根が生えてるくらい足が軽い。


「もう、カラン聞いてるの?」

 

 聞こえるはずもない声が、私を呼ぶからすぐに気づいた。

 ――ここは、夢の中なんだと。


「お金ならいくらでも払うわ。だから、早く教えてちょうだい」


 弾んだ声で急かすように言葉を続ける。

 あの子は、今どこにいるんだろうか。ふわふわとした思考で、雲の中を宛もなく歩く。光ひとつない空間で、足を止めれば空気が揺らいだ。甘い香りが漂って、ふと振り返れば懐かしい景色が映し出されていた。


 私と、あの子の姿。


「今日はね、たまごプリンだよ。なんと今、完成しました!」

「カランの手作り?」

「もちろん!」


 どうぞと渡せば、花が綻ぶような笑顔を浮かべてあの子はたまごプリンを受け取った。


「ふふっ嬉しいわ。今日は私が最初のお客様?」

「うん! だから、このたまごプリンを今日世界で初めて口にしたのはイリウだけだよ」


 イリウ。私のたったひとりの、大切な親友。

 そして、この呪いを願った張本人だ。


「ん〜! 美味しい! さすがカランの作ったプリンね。すっごく美味しいわ!」

「えへへ、良かった」

「だからね、私以外に出しちゃダメよ。みんな胃袋掴まれちゃう」

「んー。さすがに商品だから、売上的にもそれはできないかな。ごめん」


 可愛くて、通りすがる人が必ずといっていいほど振り返ってしまう美貌を持つ子。だけどいつも一人ぼっちで、いつか影に熔けてしまいそうなほど危うい子でもあった。

 夢は魅せる、楽しかった頃の記憶を。もっと見ていたいと近づけば、霧が映す記憶は色褪せたように消えていく。

 行かないでと、伸ばした手が空を切った。


「──ごめんね、イリウ」


 冷たい刃が胸を刺すように苦しい。意味もなく、許されたくて。だけど、合わせる顔がないんだ。許されたいのは私の自己満足で、イリウと仲直りする行為ではないのだから。


「──病める時も健やかなる時も。私たちはずっと、一緒よねカラン」


 その笑顔の奥に、小さく沈む影が見えた。

 鈴が転がるような声は闇に溶けて。あの時絡めた右手の小指が、酷く冷たく感じた。


(私が、白雪に選ばれなければこんな未来にならなかったのかな……?)


 霧は雪のように降り積もる。それは胸の奥に冷えを落として視界の霧が、ざわりと揺れた。


 ──あぁ、もうすぐこの夢は覚めるのだろう。


 白くなった視界の中、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。潮の匂いが濃くなっていく。その声の奥から聞こえる朝の鳥の声が、夢の破片を押し流していくようだった。


 光が揺れて、世界はぷつりと切れた。


***


「カーラーン。朝だぞー」

「ぅ、ん……」


 心地良すぎる朝の温度が、私を二度目の眠りに誘う。枕から頭を下にずらして布団の中に潜り込んだ時、もう一度名前を呼ぶ声が聞こえた。

 まだ寝てたいと寝返りを打てば、潮の匂いを含んだ風が薄いカーテンを揺らす。


 冷たくも気持ちいい風が、布団の隙間を通り抜けていった。


「おーい、カラン。いつまで寝るんだ?」


 どこか聞いたことある声が、頭上から落ちる。ぎしりと沈むベッド、朝日を入れるように軽く持ち上げられる布団。必死に瞼を閉じても、光が差し込んできて眩しい。まだ寝てたいと、布団の奥に逃げ込んだ途端、咎めるようにそれが捲られた。


「ぅ、うう。あと十二分……」

「絶妙な時間を提示して、後悔するのは自分だぞー」

「ん。でも、あと三時間は寝てたいなぁ」


 嘘。本音を言えば一日寝てたい。

 暫く起きませんと、意思表示すべく壁側へごろんと布団の中で寝返りを打てば「じゃあお兄ちゃんも、寝よっかな〜」という声と同時に、重しが背中に乗っかった。


「……あれ」

「お、カラン起きる気になった?」


 耳元でまた声がした。

 しかしおかしい、よく考えたらここは私の部屋なはず。私の声に反応できるのは、しらたまちゃんしかいないわけで。「んみゃ」以外の言語が返ってくるのは明らかに変だ。


(……だ、誰かが部屋に侵入してる!)


 微睡んだ空気のせいで、全く異変に気づけなかった。早く逃げなくてはと身動ぎをするけど、背後にいる人物は私を布団ごと包んで、くっついてる。困った、動けない。ここは助けを呼ばなくてはと頑張って息を吸った時、ペらりと捲られた布団から美麗な顔が飛び込んできた。


 空色の眼、お日様にキラキラと照らされる銀色の髪。光に溶け込むように眩しいその顔に、思わず息を飲んだ。

 朝の爽やかな風が、天の川のように美しい青と銀の襟足を靡かせる。潮風のなか混ざる懐かしい石鹸の香りが鼻をくすぐった。


 私は、この色を一番よく知っている。

 手を伸ばして、その頬に触れればじんわりと彼の温もりが広がって。夢じゃないと告げるように、朝日が私たちを照らした。


「だーれだ」

「カキラ……?」


 戸惑いながら彼の名前を呼べば、花よりも柔らかい笑みを浮かべて。陽だまりが私を抱きしめるように、優しい石鹸の香りがぎゅっと布団ごと私を包み込んだ。


 遠くから鳥の声が聞こえてくる。とくとくと、重なる心音に呼吸を合わせて耳をすませば、骨ばった指先が私の髪を後ろ耳にかけた。


 朝日が彼の髪を縁取って、光が揺れる。


「せーかい。ずっと待たせてごめんな」

「……うん」

「二年振りのおはよ、カラン」

「おはよ、カキラ……!」


 ぎゅうっとカキラの背中に手を回せば、ばさっと片手で布団を上げて。布団の下敷きになったまま、カキラはコアラよろしくくっついて、ぐりぐりと私の肩に顔を埋めた。


「うぅ。くるしい」

「なんだとー。せっかくの再会だっていうのに。あ、じゃあカランはどこまで耐えられるかなぁ」

「えっえっ、突然なに……。うぇ」


 拗ねたかと思えば、なにか閃いたように声を弾ませて。ぐっと私の背中回した手に力を入れる。

 自分から抱きつき返してあれだけど、さすがに布団の中でこの距離はまずい。意識したら最後、触れるところが熱を帯びたように熱く感じて寝起きなのに体温が上がってきた。


「はな、離してっ」

「えー?」


 魚のように両足をジタバタさせて抵抗を試みたけど虚しいかな。カキラの片足が跨ったのか動かせなくなっちゃった。


「お、お助け……」

「んー? 大丈夫、大丈夫。今から俺は」


 なんだろう、嫌な予感しかしない。ここから抜け出したいけど布団を巻き込む形で抱えられてるせいで、逃げ場がない。これは、詰んだかも。目の前にはカキラの顔があって、カキラの香りしかしなくて。

 あれ、あれれなんか距離近いよと目が回っても逃げられない。


「カランの眠気が覚めるまで、カランの可愛いところを耳元で言い続けるだけだから」


 にこっと細められた空色の眼は、どろりと濁っていて。だけどどこか恍惚とした表情に、顔が熱くなってぴゃっと涙が出てきた。


「や、やだ! 起きる、起きるから」

「だーめ。まず一つ目は、俺の誕生日に生まれてくれたところ」


 それは、可愛い関係ないんじゃないかな。

 急に頬から熱が引いた。だけど一つ目を言ってから、カキラは更にぎゅうっと私を抱きしめる。さすがに布団の中だと息苦しいし、耳元で甘く囁かれるのも心臓に悪いから出たい。何とか身を捩るけど、ビクともしないまま揶揄う様な笑い声が耳をくすぐった。


「二つ目は、俺とお揃いの銀髪なところ」

「わか、わかったから」

「三つ目は、今こうして俺の気を引こうとして……」

「ちがっ、もう起きる。カキラどいて」

「……ははっ、そうやって真っ赤になるのも、可愛いって言いたかったのになー?」


 これなんの拷問?

 退いてと必死に体を捻らせれば、クスクスと笑って。私はバクバクと煩い心臓を抑えて必死に動いているというのに、カキラはこっちの気も知らないで、好きかって甘やかして……ずるい。


(私だってこんな呪いなければ、無関心貫こうと頑張らなくて済んだのに……!)


 それでも、カキラに触れられるたび、無関心なんて言葉はどこかへ消えて。直接触れられていなくても、カキラ声を拾う度に耳は熱くなるんだ。


「ンキーーっ」

「おぉ、威嚇してる」


 これ以上は耐えられない。寝起き早々、国宝みたいな顔が飛び込んできてこっちは目が潰れそうだって言うのに。再会の嬉しさより、恥ずかしさの方が強いよ。


 心臓が煩くて息苦しいのか、布団の中だからかもう分からない。お風呂の湯気みたいに湿度が高くて酸欠になりそうだ。

 もうこのまま二度寝できたら、どれほど幸せだろうかと魂を飛ばしたその時、コンコンと扉が叩かれた。


「カランちゃん、起きてる? いつもより遅い気がして来たんだけど、具合とか悪い?」


 この声は、救世主スミレくん!

 飛びかけた魂はすぐに戻って、目がぱあっと開いた。


「お、おきて! ぅんぐ!」

「起きてない、起きてない。帰っていいぞ、スミレ」

「……は?」


 布団の向こうから地を這うような声がした。

 穏やかな鳥の声が異質に感じるほどの、殺気を感じてひゅっと息を飲む。さっきまで聞こえなかったはずのスミレくんの足音が、妙に静かで怖かった。


「お、お助け」


 さっきまで聞こえていたカモメの声が止んだ。

 身体は温かいのに不思議だな。頭から足の指先まで一気に冷えた気分だ。だけど、このチャンスを逃してはいけない。助けを求めるんだと、もう一度私は息を吸った。


「スミレく、あの、お助け……ひっ」

「任せて、すぐにコイツ剥ぎ取るから」


 剥がされてたまるかと言わんばかりに、コアラの如く布団を巻き込みしがみついてくるカキラと引きちぎる勢いで布団を引っ張るスミレくん。


(なんでだろう、昨日に引き続き穏やかな朝がやってこない。どうして?)


 やっぱり色んな意味で呪われてるのかな私。羞恥心と虚しさの二重でよく分かんない涙が出てきた。そもそも見慣れたカキラの顔にここまで動揺するのも意味わからないのに。もうやだこの呪い。


「おっまえ、シスコンも大概しろって。いい加減にしないとカランちゃんに嫌われるぞ」

「あ? カランが俺を嫌うわけないだろ。冗談はお前の元カノ数だけにしろ」

「……はは」


 震えた笑い声が落ちたと同時に、風で動くカーテンの音が聞こえた。

 スミレくんの手から布団はふさりと落ち、コツコツと足音は遠ざかっていく。ふと顔を上げれば、ぱちりと空色の眼と目が合った。だめだ、やっぱり顔が良い。


「ぁ、んまり見ないで……」

「えー、なんで?」

「なんでも……」


 体に穴が開きそうなくらい、その目は逸らすことなくじっと見つめてくる。さすがに耐えられなくて、うるさくなる心臓を抑えるように息を飲めば、バンっと扉が壁にぶつかる音が部屋に響き肩が上がった。


「ミカゲくん! 今から俺と手、組まない!?」

「寝言は寝てからでお願いします。あ、姉さん姉さん! ご飯できましたよ!」


 開いた扉に向かって勢いよく吹き込む風。布団越しからも伝わる陽だまりの心地良さに溶けるように、ミカゲの声が飛んできた。


「なので、早く一階に来てくださいね! あとスミレさんはいつまで女性の部屋にいるつもりですか、さっさと行きますよ」

「ちょっ、違! ミカゲくん待っ!」


 ミカゲの春を告げるような声は空間を一瞬にして和ませ、嵐のように去っていった。そして、有無を言わさず連れていかれたスミレくん。

 気まずい空気が流れる中、再度訪れた静寂を割くようにカモメが鳴いた。さっきまでの修羅場が嘘みたいに、胸が軽くなる。


「カキラ、さすがにもう起きよ」


 これ以上は意志を強く持たねばと緩んだ腕から抜け出せば、名残惜しそうにくいっと手を引かれて。どうしたのかと顔を上げた時、ちゅうっと柔らかい感触が頬に触れた。


「分かった。それじゃカラン、一階で俺も待ってるから」


 触れたところからじんわりと熱が広がるように、頬は熱くなっていく。ぴとっと頬に手を当てても感触は消えるどころか、鮮明に思い出して頭のてっぺんまで熱が回りそうだ。


 人の気持ちも知らないで熱を与えた水の第一王子のお兄ちゃんは、愉快そうにマントを揺らし部屋を出ていった。混乱する私を、一人ここに置き去りにして。


「絶対に、いつか呪い殺す日が来ちゃうじゃん……!」


 そんな物騒な発言したくないのに、早いうちその日が来そうで怖い。だってみんな私の気なんて知らずに息を吐くように口説いてくるんだもん。酷い、さすがに酷い。婚約者だからってそんな毎日甘い言葉吐くものかな。


「お願いだから、私を精霊殺しにさせないでみんな」

「……んみゃ」


 枕のそばで寝返りを打ったしらたまちゃんを、撫で回しながら私は深呼吸を繰り返し。なんとか平常心を取り戻してから、私は心臓爆発待ったなしの魔窟である一階へ向かった。

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