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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第2夜 空白の2年
11/14

11話 歪

 怒っているのか、喜んでいるのか。

 ぬいカキラの笑顔は貰った時から変わっていないのに、今は無機質な顔に見える。

 しんっと静まり返った食堂。

 頬を伝う汗が氷水のように冷たくなって。緊張を解くように私は息を吐いた。


「ご、ご馳走様でした」


 そそくさと二人のお皿を重ねて席を立つ。

 ぬいカキラも肩下げして、しらたまちゃんも回収。花飾りをつけて、二人が固まっているうちに洗い物しちゃおうとお皿を持てば「待って」と両肩を思い切り掴まれた。

 なんだなんだと顔を上げれば、真っ青な顔したスミレくんがそこに。


「今すぐ、手放そう。そのぬいぐるみを」


 瞬きを一切せずそう言うスミレくんは、おばけでも見たのかなと思うくらいに、手がガタガタと震えてる。確かにカウントダウンは怖かったけど、別に何も起きなかったし私の心が落ち着いたのも事実。

 だからそんな怖いものではないと思う。それに、肌身離さず持ち歩くって今さっき約束したし、違えるわけにはいかない。

 私はスミレくんの言葉にふるふると首を横に振って、安心してと肩に置かれている手に自分の手を重ねた。


「ちゃんと約束は守るから。違えるかどうか試してるのかもしれないけど、安心して」

「は、はは……。うん、ありがとう」


 私の手からお皿を取ったスミレくんは、ひゅるると魂が抜けたように消えていった。その背中を目で追えば、今度は心臓を抑えてるミカゲが視界に映る。


「だ、大丈夫? ぬいカキラ爆発しないよ、安心して」

「いえ、あの。あぁ……」

「ミ、ミカゲ?」


 動悸がしてるのか、ものすごく顔色が悪い。陶器のように真っ白だ。腰のぬいカキラを見るたび、何かを思い出すように目を伏せて。「スミレさんのお手伝いしてくるね、姉さん」と引きつった笑みを浮かべて部屋を後にした。


(……そんなに、怖かったのかな?)


 一体何に、そこまで怯えてるんだろう。確かにいきなり喋りだしたのは怖かった。でも、そういう魔術が組まれた特別なぬいぐるみなだけなんじゃないかなこの子は。

 顔をもちもちしても、高い高いしても抵抗してこないし。ぎゅっと抱きしめれば、やっぱり懐かしい魔力を少しだけ感じた。寂しくて、でも心が温かくなる。優しい魔力が。


「ねぇ、カキラ。カキラは好きな人とかいるの?」

「……」


 問いかけても、ぬいカキラは何も答えてはくれない。だけど代わりに、緩やかな風が薔薇を撫でるように吹き抜けた。


「私ね、恋とか本でも見たことないから分からないんだ。愛とは違うのかな?」

「……」


 あの子からは、恋とは素敵なものだと話を聞いたことがあった。目を輝かせて話す姿はとても可愛らしくて、同時に私にはそれを知る術がないから遠い話だとも思っていた。だけど今、少しだけその感情が知りたい。


 なんて好奇心の元、聞いてみたけどやっぱり会話の術はかけられてないか。少し落胆したけど、それでも良かった。私はただ、独り言を誰かに聞いて欲しいだけだったから。

 少しだけミカゲとスミレくんの様子が気になるけど、二人に会いに行くのは後にして、揺れる薔薇に惹かれるように食堂の窓を開けた。


 淡い水色と灰色が混ざる昼と夕の狭間。少し冷たい風が頬を撫でる。澄んだ空気は、寂しい気持ちを加速させるように心に染み込んで。自嘲するように、息を吐いた。


「私は、カキラが教えてくれたことしか分からないんだよ。でも皆、私より私の事知ってるし」

「……」

「ずっと、カキラから与えられるものだけを信じてきた。それ以外は何も知らない。知らなくていいって言われたから」


 知りたかったけど、カキラが不必要と言うならそうなんだって疑わなかった。勉強も剣術も魔法や魔術も、全部カキラが私に教えてくれる。それが当たり前だった。


「でもね、今……私は知らなきゃいけないことが増えちゃったんだよ」


 ある時、部屋に置かれている本が見飽きた私は、許可なくこっそり部屋を抜け出したことがあった。そして迷い込んだ先に見つけたのは、一冊の絵本。それは、ひとりの少年が旅をして色んな世界に触れていく冒険物語。


 眩しくて、憧れた。すごく面白かったんだ。

 与えられた世界、確立された平和な場所で過ごす私とは正反対の生き方。自分で旅をして、開拓をして絆を結んでいく。

 そのお話を読んだ時、言葉には表せないくらい胸がドキドキして。堪らず走り出して、部屋に戻ったんだ。息を切らしながら、震える手を伸ばして。初めて、カーテンを開けたんだ。


「わぁ……!」

 目にした景色に、思わず息を飲んで。飛び込む景色全てを一度に見たいと目を大きく開いた。


 そうその日。私は生まれて初めて、ずっと閉ざされていた部屋のカーテンを開けたんだ。氷のように冷たく薄暗かったその部屋に、太陽の光はスポットライトのように差し込んで。私を温かい輝きで包み込んでくれたことを今でも覚えている。


「だからね、私が死ぬ前に会いに来て。たくさん教えて。じゃないとまた、遠くに行くからね」


 そんな意地悪を言って、ぬいぐるみの頬にそっと口づけをした。

 今思えば、あの時から脱走癖がついた気がする。部屋の窓や城の扉が案外簡単に開くものだから、味を占めて何度も抜け出して、その度石を集めてたっけな。

 懐かしい思い出に浸りながら顔を上げれば、暖かな夕日が灰色の空を染めていた。


「そろそろ、戻ろっか」


 随分長く外にいたのか、外はもう寒い。それに、なかなか戻ってこない二人がさすがに心配だ。

 喧嘩してないといいんだけどと、食堂に戻り歩いていると「いや、でもさ」とスミレくんの声が聞こえた。


(よくよく考えたら、三人分の食器を二人がかりでここまでかかるのはおかしい……)


 今更になってその事に気づいた私は、もしかすると親睦を深めてる会話かもしれないと思い息を潜め、聞き耳を立てる。


「いくら水の精霊だからって、さすがにカランちゃんの心拍数まで分かるもの?」

「可能性があるとしたら、姉さんの心拍数ではなく血流の監視をしてたとかですかね」

「……そうだとしたらアイツ、だいぶ気持ち悪いな」


 ド偏見だ!

 ええい、さすがにこれは黙って聞いてられない。私の行動を影で監視するようなこと、カキラがするはずない。カキラはメリットある行動にしか、極力自分の魔法は使わない人なんだ。絶対その説はないねと、流しに向かって一歩足を前に出す。


「でもカランちゃん、やっぱり心拍数上がってたんだ」

「そこでニヤけるスミレさんも、なかなか気持ち悪いですけど」

「君、メアと張るレベルで口悪いよね」

「あの闇属性と一緒にしないでください。ほんとに抜きますよ、そのアホ毛」


 出した足を引っ込めて、回れ右をした私は近くのソファに腰を下ろした。


(なんか、嫌だな心拍数バレたの)


 上手く言葉に出来ないけど、なんだろう、動揺してたの暴露されたんだよね私。二人にドキドキしてたのを、本人にバレたんだよね。恥ずかしいな。


「……っ。恥ずかしすぎるな」


 ポーカーフェイス身につけないと、そろそろまずいかもしれない。パタパタと熱くなる頬を両手で扇げば、頭に乗ってたしらたまちゃんがコロリと落ちて。「んみゃ」と小さな声が上がる。

 頭に戻さなきゃと手で包めば、二つの影がにょきっと床に生えた。この揺れるアホ毛とロングマントは、スミレくんとミカゲだ。


「あっ、二人とも洗い物ありがと」

「いえ、僕は役目を全うしただけですので」

「カランちゃんは、何か面白いことでもあった?」


 にぱっと笑う二人は、まるでさっきの出来事が嘘のように爽やかだ。カキラのことを「気持ち悪い」発言したとは思えないイケメンスマイル。本当はあの発言を取り消して欲しかったけど、仕方ない。その顔に免じて許してあげよう。


 ソファから上がり「面白いことは特になかったよ」と返して伸びをする。ふと時計を見れば針は三時を指していた。


「あれ、おやつの時間だ」


 カチコチと響く秒針が、少し遅れて響くように聞こえた。何かがおかしいと張り付く違和感に、指先が氷のように冷たくなる。

 私はさっき、夕焼けに染る空を見た。なのに、まだ時間は三時。どういうことだろうか。この時計が狂っているのか、それともこの世界の時が……。


「姉さん、どうしたの?」


 心配そうに私を見つめる草原の眼。拭えない不安を抱えながら、私は時計を指さした。


「今あの時計は三時を指してるけど、私さっき外で夕陽を見たの。どっちの時間が正しいのかなって」


 そこまで言って私は口を閉じた。

 推測が正しければ、恐らくどちらも合ってある。昨日時計を見た時は、正常に動いていた。それに外も、いくらぬいカキラに話してたとしても、お昼ご飯を食べてから夕方まで長話してたつもりはない。


(なら、この違和感はなに……?)


 二人なら何か知っているはずだ。

 教えて教えてと袖をひっぱれば、一瞬だけ顔を見合わせて。落ち着かせるように、私の手にミカゲの手が重なった。掴む指を解くように優しく包んで、絡めとる。


 繋がった手から、じんわりと温もりが移って。にこりと微笑むその顔が、子供に向けるような優しい笑顔なせいで。不安よりも羞恥心の方が一瞬で強くなってしまった。恥ずかしくて、少し手を引けば骨ばったその指に力が入る。


「大丈夫、怖くないですよ姉さん。今この島には僕がいますから」

「こ、怖いわけじゃ……」

「あはっ、なんか嬉しいな。僕が姉さんに教えてあげられるの。そうだ、実際に外に出てみましょ。運が良ければ実戦付きで説明できますし」


 実戦? と首を傾げる私に、ミカゲは自信に満ちた、太陽にも勝る眩しい笑顔で、繋いだ手を引いた。

 なんだか、お姉ちゃんとして一本取られて悔しいけど、あそこまで嬉しそうにされたら何も言えない。


 だけど、不思議とミカゲの姿を見ていたら不安の気持ちも和らいで。ありがとうと言葉に出さない代わりに、ぎゅっと繋いだ手を握り返した。


 後ろから聞こえてくる「俺は!?」と焦るスミレくんの声に、ここぞとばかりにミカゲは私をお姫様抱っこして、地面を蹴った。


 外の空気はさっきよりも冷たいのに、私を抱きしめるその手が温かいから、もう不安はどこかに消えていって。その無防備な首に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。

 後ろにはばさばさと走りずらそうに、マントと袖を靡かせ走るスミレくん。ミカゲのリードはまだ木一本分はある。


「スミレくん、まだまだ本気出せるでしょー! 走れー!」

「待って、道分からないのに勘で行かれると、俺が困るの!」

「大丈夫ですよ。僕、来た道覚えてられるんで。ちゃんと帰りますから!」

「俺が、大丈夫じゃない! だっいたい、二人きりにさせるわけにいかないだろ!」


 スミレくんの心に怒りが着火。

 さっきとは比べ物にならない速さで近づいてくる、怖い。

 びゃっとミカゲの肩から覗かせていた顔を下げて、必死に髪の毛にしがみついてるしらたまちゃんを掬いあげた。気分転換に揉めば、もちっとしたその体は、出会った頃よりも心做しか少し大きくなっている気がする。


「ふ、太った?」

「みゃ?」


 両手の中でこてんと首を傾げるしらたまちゃんは、小さな手でぺちぺちと私の手を叩いた。いつにも増して、力強い気がする。走るミカゲが作り出す風に流されないように、身を屈ませて「どうしたの?」と問いかければ「んみゃ〜」と間延びした鳴き声でにぱーっと笑った。


「……。魔力のおかわり?」

「んみゃみゃ」


 どうやら違うらしい。

 しらたまちゃん語を習得出来ればいいんだけど、今の私にはまだ無理なのかなぁ。分かんないやと両頬を指でぷにぷに摘むと、ムッとしたように眉間っぽいところに縦皺が生まれた。


 可愛い顔が台無しだよとその眉間に指を置いた時、ざわりと空気が揺らぐ。葉は不揃いに踊りだし、紫色に染った空に光を届けるように地面から小さな星が浮かんでいく。


「んみゅ〜っ!」


 力強く念を込めるしらたまちゃんの体は、ぽわぽわと淡い光を繰り返す。それに呼応するように星は溢れるように粒子となり空を舞った。

 まるで星空の中を走っているような景色に、思わず目を見張る。


「わ、綺麗……」


 浮かぶ星を掴むように手を伸ばせば、その光は触れた指先にじんわりと溶けていく。魔力を感じない不思議な光。黒と紫の空は、這い寄る闇のようで。この島を見守る天だけは負けじと青を彩っていた。


「これは、いったい……」


 海に着いた時、ミカゲは足を止めた。

 空を見上げるのを止め、ミカゲの横顔をじっと見つめればその草原の眼は信じられないものを見ているかのように見開いて。後ろからやってきたスミレくんの、息を飲む音が聞こえた。


「シールド? いや、加護の類?」


 二人につられるように、私は視線を海に移す。


 そこには、しゃぼん玉のようにオーロラを纏う透明な膜が、まるでガラスドームのようにこの島を覆っていた。

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