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白雪と七夜の誓い  作者: つゆ子
第2夜 空白の2年
10/14

10話 ご飯

 花飾りに口付けをして髪につけ直す。

 あんまりしんみりした空気になると、しらたまちゃんに要らない心配かけちゃいそうだし。そろそろお開きにしよう。


「残りは後で説明してあげるね」

「んみゃ!」


 しらたまちゃんの頭を撫でて、そのまま肩に乗せてあげれば、あちこちでバタバタと足音が聞こえてきた。

 何かあったのかと外を見ても、絵画のように美しい景色が広がっているだけで特に気になるところはない。寧ろ、穏やかな風と煌めく海が平和を物語っているようだ。


(あ、もしかして屋敷の持ち主が帰ってきたとか?)


 全然有り得る。

 どうしよう、下手に隠れたら怪しい者ですと言っているようなものだし。ここは、敢えて堂々といるべきだろうか。

 ふぅと息を吐いて、呼吸を整えてから一歩足を前に出したその時、目の前の扉が勢いよく開かれる。


「ぁ、ぶな」


 木の扉が壁を叩いた音が響く。

 すんでのところで躱したけれど、下手したら扉が顔面に当たるところだった。ノックもしないで入ってくるあたり、やっぱり家主か。

 一歩下がって顔を上げた時、揺れるアメジストの眼が私を見下ろしていた。


「い、居た」

「スっ、スミレく」


 息を切らして、肩を上下に揺らすスミレくんは、私を見るなり安堵したようにへにゃりと笑う。

 伸ばされた両手は私の肩を掴んで、ずるずると下がっていく。つま先がぶつかって大きな影が私を覆った。


「カランちゃん」

「な、なに?」

「お願いだから、一人で居なくならないで……」


 消え入りそうな声が静かなこの部屋に落ちて、溶けていく。

 肩に顔を埋めるスミレくんの指先は、強ばるように震えていて。かかとを上げて、ゆっくり背中を撫でてあげれば息を飲む音が聞こえた。


(不思議。スミレくんは大きいのに、たまに子供みたいに背中が小さく見える)


 撫でる手を止めて、ぽんぽんと背中を叩く。

 陽の光が舞うこの温かい部屋の平温が、スミレくんの心を落ち着かせてくれればいいなと願いながら、私は口を開いた。


「だいじょうぶ、大丈夫だよスミレくん。私は消えないよ」

「……朝一人でどこにも行かないって言ってたのに、食堂に居なかったじゃないか」

「っそれは、さすがに私の行動範囲の規模狭すぎるよ」


 国ひとつ移動するくらいの感覚で言ってたのに、屋敷内すらダメだったとは。だけど、私も言葉足らずだったかもしれない。心配かけてごめんねと両手で必死に撫でれば、恥ずかしくなってきたのかスミレくんは身体を起こした。


 ふわりと起き上がるアホ毛は、元気を取り戻したように左右に揺れて。額から流れる汗を雑に拭ったスミレくんは、チラリと私を見てから視線床に落とした。


「せめて、アイツのぬいぐるみだけは肌身離さず連れて行って欲しい」


 眉間に皺を寄せて、苦しげに紡がれた言葉。

 心配症すぎるよ、なんてからかいたくなったけど今の私にそれを言う資格は無い。踵を上げて、縦に寄せられた皺に人差し指を置いた。


「それなら約束できるよ。だから安心して。それに、いつまでもそんな顔してたらイケメンが台無しだよ」

「ははっ、確かに」


 指先を離せば、その手を絡むようにスミレくんの手が重なって。緊張の糸が切れたようにふっと笑った。


「じゃあ、カランちゃん。約束し……」


 骨ばったその手が小指を立てた時、冷たい影が射し込んで。ひゅっとスミレくんの息を吸う音が聞こえた。


「ご自分から姉さんを探そうと言って。僕を一階に指示し、自分が見つけたら報告もなしに抜け駆けですか?」

「え、とー」

「見つけたら鳴らすと、渡したホイッスル。忘れたとは言わせませんよ」


 差し込む影がゆらりと揺れて、部屋の温度まで奪っていくようだった。人すら殺せそうなほどの氷点下の眼差しがスミレくんに向けられる。

 無意識に私の背筋もぴんと伸びて、ミカゲを刺激しないようにスミレくんの後ろから顔を覗かせれば、ぬいカキラが悲しそうに私を見ていた。


「あっミカゲ、ぬいカキラ」

「はい、どうぞ。あっ即席ですが、こうして……斜め掛け出来るように紐付けときました!」


 にぱっと笑うミカゲは、紐を括り付けられたそれを私にかける。腰あたりにぶら下がるぬいカキラはとても可愛いけど、なんだか自分が幼い子供みたいな感じがして恥ずかしい。


(でも二人を心配させた手前、嫌がるのもなぁ)


 開いた口を閉じて、ぬいカキラを撫でる。

 このままミカゲがスミレくんを問い詰めても何にもならないし、一旦お昼ご飯を食べようと二人を押して、私たちはこの部屋を後にした。


***


「三人横並びで食べるのおかしいと思うんだ、私」

「みたいですよ。はい、スミレさんはテラス席に行ってください」

「こらミカゲ、意地悪言わないの。怒るよ」


 ぴっとり腕をくっつけて隣に座るミカゲは、反対側に座るスミレくんに野次を飛ばす。さすがに態度が悪いよと頬を抓れば、しょぼんと眉を下げて。「いただきます」とフォークにパスタを絡めた。


 お肉いっぱいで、トマトの甘い香りが漂う。艶やかなパスタ麺にガーリックの匂い。これは絶対に美味しい。

 しらたまちゃんもひと口食べるかなとフォークを向けてみたけど、ふるふると首を振ってミカゲとスミレくんのマントに付いてる花飾りを交互に見始める。


「ふふっチャンピオンはね、花弁三枚なんだよ。近衛騎士も確か、括り的には三枚だっけ?」

「はい、騎士団長クラスも三枚ですね。奇数は地位や実力の高さを示してるんで。あとは、大人は四枚で子供は二枚だったかな」


 出来たてのボロネーゼを頬張って、うんうんと頷く。お肉にトマトの味が染み込んでて、すごく美味しい。あまりの美味しさに頬が緩み、これがモテる男の強みかと味わっていると、お皿の端にしらたまちゃんが乗った。


「やっぱり食べてみる? すごく美味しいよ」

「ん、みゅぅ……」

「そういえばその子、昨日から何も食べてないよね。焼肉も結局カランちゃんが食べてるのを見てるだけだったし」


 スミレくんの言葉に、私はこくりと頷いた。

 しらたまちゃんと出会ってから、私はこの子が何か食べているところを見たことがない。今夜は焼肉だよって喜んだ時も、結局食べないで雰囲気を楽しんでいるだけだった。


「僕たちと違って、食べ物が別とかなのかな。ほら、魔物である夢喰だって相手の夢をご飯としているわけですし」

「夢喰なんて名前になってるんだ、今の魔物」


 ダメだなぁ、二年寝てる間に時代に置いていかれてる。

 聞き馴染みのない言葉に首を傾げながら、もぐもぐとパスタを食べ進めていけば、食べたそうにしらたまちゃんは顔を上げた。でも直ぐに俯いてしまう。


(お腹は空いてるけど、食べたいものはこれじゃないのかな)


 二日どころか、いつからこの子はご飯を食べていないんだろう。

 なんだか急に胸が締め付けられて、私はフォークを置いた。


「しらたまちゃんは、形あるものを見るとお腹空く?」

「んみゅ……みゅみゅん」

「じゃあ、形がないものか。感情とか、夢とかそこら辺の類いなのかな」

「みゅー」


 分からないのか、しらたまちゃんは顔を机に埋める。意思疎通が取れないことがもどかしい。なんとかご飯を食べさせてあげたいけど、どうしたらいいんだろう。

 最後の一口、ボロネーゼを食べて頭を捻るがこれといったものが浮かばない。冷めちゃったのか、パスタも少し冷たく感じた。


 ミカゲとスミレくんに目を向けるけど、二人も何か考えてるのか口を閉ざしている。私ももう少し考えよう。せっかくお友達になれたしらたまちゃんに、飢えを感じさせたまま私は過ごしたくない。

 机の下でぎゅっとスカートを握った時、「姉さん」とミカゲに声をかけられた。


「何か分かったの?」

「確信はありませんが、質問をいくつかしたくて。一階の電気が急に使えるようになったのは、姉さんのおかげ?」


 その問いに、私は首を振ってしらたまちゃんに目を向ける。すると、ぴっと小さな手を上げたしらたまちゃんは、自分だよと主張するように飛び跳ねた。


「そっか。ありがとうございます。では二つ目、この子が空腹をここまでの見せたのは今が初めて?」

「わかんない。昨日出会ったばかりで」

「昨日は電気付いてたんですか?」


 その言葉に「途中からね」と頷いて、紅茶を飲んでから昨日の出来事を私は話した。

 浜辺で出会ったこと、しらたまちゃんが屋敷にの電気をつけてくれたこと。現れた竜に異様に怯えてたことや、その後スミレくんに横取りされてしまった等など。できるだけ詳細に昨日の話をすれば、ミカゲはおもむろに立ち上がって私の後ろに立った。


「姉さん、ちょっと失礼しますね」

「うん」


 いいよと言葉を続ければ、ミカゲの指先が髪を撫で花飾りを優しく抜き取る。そして、それをそっとしらたまちゃんの前に置いた。すると吸い寄せられるように、しらたまちゃんは私の髪飾りに近づいて、ぴとっと体をくっつける。

 その瞬間、花弁の縁がほのかに淡く光った。

 まるで何かを吸い込むように。


「か、かわいい」

「カランちゃん、今はその感想よりも答えがそこにあるんじゃないかな」


 そう言ってスミレくんは、私の花飾りを指さす。けれど、悲しいかな。何一つピンと来ない。

 助けを求めるようにミカゲを見れば、目を見開いて私を見下ろす。なん、なんだろう私が知らないことがこんなに変なのかな。居心地が悪くなって目を逸らせば、ミカゲは小さく息を吐いた。


 しなやかな指先が、机に置かれた私の花飾りを撫でる。


「……姉さん、恐らくしらたまさんの食べ物は魔力だと思います。僕ら、精霊族の」

「えっ」

「カランちゃんの花飾りにある宝玉は、たしか膨大な魔力を無理やり封じてるって昔カキラが言ってたんだ。あーでも、納得」


 いきなり推理に置いてかれた私は、二人を交互に見ながらどういう事と説明を求めた。

 そして、聞けばこうだ。


 本来あの宝玉は魔力を増幅させたり蓄積させたりと、自身の魔力共鳴をさせる効果がある。しかし、私は産まれた時から魔力が多かったらしく暴走を防ぐため封印されていたらしい。全く知らなかった。

 小さい頃、熱をよく出して寝込んでいたけどそれが急に減ったのも、言われてみれば花飾りを貰ってからな気がする。


「屋敷に電気を通し、魔力を使い切ったあと竜と交戦する姉さんの魔力を浴びて回復。そして、今また魔力を使いお腹が減ったんでしょう」

「もしかして、よくカランちゃんの頭に乗ってたのも無意識に吸い寄せられてたからとか?」


 そんな、私に懐いてくれたからだと思ってたのに。確かに私の意思で乗せてた時もあったけど、自分の意思で頭乗ってたな……。

 それに朝起きた時枕に隠れてたのも、あの位置に花飾りがあったからなのかな。

 

 あっもしかして私の存在って、餌。


「し、しらたまちゃん。たくさんお食べ、私の魔力」

「んみゅ〜」

「家賃だと思って、遠慮なく食べてね……」


 複雑な気持ちだ。魔力なら有り余ってるし、それでしらたまちゃんのお腹が満たせるなら構わないけど。なんか、やるせないな。


 しらたまちゃんが頬擦り来るたび淡く光る宝玉は、その光を奥に沈ませるように消えて。また光る。可愛らしくも幻想的な光景だ。


「いいな、僕も姉さんの魔力食べてみたい」

「食べれるものじゃないでしょ。食べてもお腹冷やすよきっと」

「……でもしらたまさんだけ、ずるい」


 隣に座ったミカゲはそのまま身体を倒して、私の肩に頭を乗せた。甘えるようにぐりぐりと顔を埋めては、ふわりと白檀の香りが鼻をくすぐる。


(ミカゲってこんな匂いするんだ……)


 初めて知った。こんな香りがするなんて。

 前までは気にしたことなんてなかったのに、脳があまりの情報量で疲れたのか急に変なことに思考が回る。

 一度気づくと変に意識しちゃって。ミカゲの頭が動く度、ドキッと心臓が跳ね上がる。なんだか手のひらも熱い気がして、恥ずかしさを隠すように組んだ手で指をパタパタと動かした。


「ミ、ミカゲ。離れて」

「僕、名推理したんですよ。姉さん褒めて」

「……えっと、さすがミカゲ、だね」


 心を落ち着かせようと、息を吸う度にミカゲの匂いがして変な汗が出てきそう。

 甘えん坊のミカゲなんて、お姉ちゃんであるこの私からしたら、見慣れた光景なのに。異様にこの状況が恥ずかしい。心の癒しであるしらたまちゃんを見ても、すぴすぴと寝に入ってるし。反対の席に座るスミレくんの顔を見るのも怖いから、詰んだ。


「姉さん、姉さんもっと」

「ひょえ……。ぁう、えっと、さすが近衛騎士の推理力だね」

「そこは、婚約者って言ってくれないんですか?」

「〜〜っ」


 助けて!

 緩急が、ミカゲが来てから心と話題の緩急が激しいよ! 真夏と真冬を行き来してるよ心が。

 もう限界だと、隣にいるスミレくんに助けてと顔を向ければ、見たことないくらい冷たいアメジストと目が合った。


「ひっ……」


 つい、小さな悲鳴が零れる。

 あんな怖い顔してるスミレくん見たことない。ありとあらゆる感情が抜け落ちた顔をしていた。咄嗟に視線を落とせば、スカートに置いていた手に大きな手が重なる。

 その指先が、優しく手の甲をなぞると熱を帯びたように熱くなって。顔を上げれば、悔しそうに眉をひそめたスミレくんがそこにいた。


「カランちゃん、俺もその……ボロネー」

「シンパクスウノ、コウジョウヲ、カンチ」

「作っ、はっ?」

「ソウホウ、トモ二、ニビョウ、マッテヤル」

「えっ」


 スミレくんの指先が絡んだ刹那、ブルっと肩に提げているぬいカキラが震えた。 「イチ、ニー」と無機質な声はカウントダウンが始まり、何何と焦る私を置いて二人は飛ぶように距離を取る。


「……。」


 ばくばくと鼓膜を揺さぶる心臓の音。

 シンっと訪れる静寂に息を殺すミカゲとスミレくん。張り詰めた空気の中、なんだか爆弾を抱えている気分で、冷や汗が頬を伝う。

 震える手でぬいカキラを抱っこし、向かい合わせになるように座らせた時、それはまた振動した。


「……ツギ、ハ、ナイ」

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