童話「なめくじのかくれんぼ」
紫陽花がキラキラと満開になった日のことです。葉に集まっていたなめくじたちは、
「なんか暑い気がするね」
「涼しいところへ逃げようか」
「でも、ダッシュをするのは大変だよ」
「早くしないと乾いちゃうよ」
太陽を見上げないように気を付けながら、相談しました。
「そうだ、かくれんぼをしよう」
「遊んでる場合じゃないんじゃないか」
「いやいや、いい方法かもしれない」
「それなら嫌でも速く動かなきゃならないしね」
なめくじたちは陽向を避けるために、かくれんぼをすることにしました。じゃんけんもできませんから、どうやって鬼を決めたのでしょうか。「いっせーの」で頭を左右に振りまして、数拍して「っせ!」と頭を止めます。なめくじとはいえ、それぞれ違いがありますから、止まった時に頭が左にあるもの、右にあるものが決まります。みんなが同じだったら再挑戦です。この時は一回ですみました。
「よーし、百を数えるよ」
鬼役になったなめくじが数を数え始めると他のなめくじたちは一目散に逃げ始めました。
「ここならしばらくかくれていられるな」
一匹目のなめくじはようやく肩の荷を下ろしました。
「それにしてもやはり声が響くなあ」
なめくじはキョロキョロとあたりを見渡しました。そこは紫陽花のあった庭からすぐの家の中でした。
「もしかしたら、ここでもすぐに見つかるかも」
なめくじは腰を上げました。良いかくれ場所を見つけたからです。
「ああ、いい感じだ。声がこもるけど、なんでか落ち着く」
なめくじは足に根が生えたのか、もうすぐに寝てしまいそうでした。
「ちょっと何!」
急に激しい振動と明るい明りになめくじはびっくりしました。なめくじばかりではありません。そこに来た人間も驚いた声を上げたのです。風呂場の、ひっくり返してあった洗面器の中になめくじがいたのです。人間は慌ててシャワーを全開にしてなめくじに当てました。
「ああ、勘弁してくれよ」
なめくじは悲鳴を上げましたが、あっけなく排水溝から流されてしまいました。
「ちょっと休憩することにしよう」
二匹目のなめくじは気に入るかくれ場所がまだ見つからなかったので、一休みを入れることにしました。
「それにしても、ここはマットみたいでなんかストレッチしやすいところだなあ」
なめくじは背伸びをしました。思いっきり息を吐くと、
「いやはや、運動不足のはずはないんだけどな」
体をあちこちとひねったり伸ばしたりしました。
「ん? なんかいい匂いがしてきたぞ」
一通り体操をしてすっきりした時です。気になったので嗅ぐそぶりをすると、
「こっちにもいた」
入って来た人間が大きなキンキンと高い声を出しました。
「もう使えないじゃない」
なめくじは乗っていたスポンジごと持ち上げられてしまいました。
「高いところは得意じゃないのに。ああ、落ちるのも怖いし」
なめくじはどうしたら逃げられるか、まだ考えることすらできていません。それなのに、
「ああ、そんなに振ったら酔ってしまう」
人間は勝手口から出て、盛大にスポンジを振り回しました。
「ようやくいなくなった」
何度か振ってなめくじがいないことをみとめた人間は屋内に戻り、スポンジをビニル袋入れて捨てました。
「みんなはもうかくれたのかな。てか、もういくつくらい数えたのかな。ここは見つけられやすそうだな。いやいや、こういうところの方がかえって分からないかも。でも真っ先に来そうだし。移動した方がいいかな」
三匹目のなめくじはしきりに落ち着かない様子です。
「あ、もうびっくりしたなあ」
体をよじって、頭を振って、なめくじはもう見つかってしまったのかと思いましたが、それは違いました。
「これは僕だな。そう、鏡とか言うんだった。いつ見ても驚くよなあ」
のそのそとなめくじは動き出しました。
「ここもだ。今日は多いな。まったく。あ、鏡が汚れて。手間を増やして! あ、この歯ブラシはもう変えようと思ってたから使ってもいいや」
ここにも人間が来て、ゴソゴソとするものですから、なめくじは揺れて揺れて、それから落ちてしまいました。
「冷た。ここ硬いんだよな」
なめくじは体をねじりました。
「よし、流してしまえ」
人間が生き生きとそう言うと、なめくじは雨よりもずっと激しく太い水で洗面台から流されてしまいました。
「あれ? どうした?」
「人間にやられてさ」
「僕もだ、しかも鏡汚したって怒られた」
なめくじたちは命からがら逃げおうせた再会に胸をなでおろしていました。
「ところで、ここってさ」
「ああ、気づいた?」
「本能なのかな、もはや」
紫陽花の、一番土に近い葉の裏に集まっていました。
「聞こえる?」
「ああ、聞こえる」
「あいつまだ」
なめくじたちは頭を上げました。
「百。よし、探すぞー」
鬼役のなめくじはこの段になって、本当にようやく数え終えたようでした。
「あれあれあれー」
意気揚々とスタートしたはずなのに、鬼役のなめくじの声が降ってきました。鬼役は落ちてしまったのでした。
「あれ? こんなところに。みんな。ずいぶん近くにかくれていたんだね。てっきりこの家の浴室とか台所とか洗面所あたりにかくれていると思って、向かおうとしていたんだ。しかし、すごいね。みんなさすがに頭がいい。こんなところなんて、思いもつかなかったからさ」
鬼役はすっかり感心して、それでも見つけられたことに嬉しがっているようでした。
三匹のなめくじは、何も言わず見合って、肩をすくめました。
「さあ、見つけたんだし、かくれんぼの続きしようよ」
鬼の大役から解放されて、なめくじは弾むように言いました。けれども、
「いや、そのだな」
「別の遊びにしないか」
「そうだな、それがいい」
三匹のなめくじは、慌てて困った様子で早口にそんなことを言い出しました。それを聞いて、鬼役だったなめくじは首をかしげましたが、
「みんながそう言うなら。じゃあ、何をしようか」
あっけらかんと答えました。三匹のなめくじは心底ほっとした様子になりました。
その時です。家の玄関が開きました。
「えっと、スポンジと歯ブラシと、洗面器も変える?」
「いいや、がっつり洗ったんだけど、洗剤がそのせいで使い切っちゃった」
「それとさ、なめくじ避けの薬剤とかいるんじゃない」
人間の、大人の女の人と男の人と、若い人が出てきて自動車に乗って行きました。
三匹のなめくじは、顔を見合わせてから同時に、
「よし! とっとと行こう!」
一斉に速足になりました。
「ちょっと待ってよー」
鬼役だったなめくじは理由もわからずに、それでも三匹について行くしかなかったのでした。




