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6:水も滴る……




 汚水ぶっかけ事件以降、ミルコにジルの周囲を探らせていた。


 ジルが抵抗できないと思い込んでいるバカな者からの精神含め暴力行為への対抗策は、権力だと思うのよね。

 皇帝の娘という私の立場であれば、ほとんどの者の心を折ることができる。

 だからタイミングを見計らっていた。


「ビアンカ様も素直じゃないですね」

「も、ってなによ?」

「いえ別にぃ?」 


 飄々としたミルコにツッコミを入れても、あまり効果はないので、話を戻す。


「それでジルは?」

「受けて耐えることはしなくなりましたよ」


 どう対応しているのか気になり、こっそりとジルを尾行することにしたのが、今日。

 休日は基本的には自室で勉強をして過ごしているらしい。食事は使用人棟から城に移動して、食堂でお昼ご飯を食べるらしいので、お昼時に隠れて待ち伏せしていた。


 ジルが使用人棟から出て来て、王城への連絡通路を通っていると、水を頭から被せられていた。

 なんでこういう嫌がらせをする人って、手口がワンパターンなんだろうか。


「暇なのか?」


 ジルが前髪を掻き上げながら、睥睨するような冷たい視線を、二階のバルコニーに送っていた。

 水も滴る……美少年かしら?


 ――――やだ、かわいい。


 かわいいのは置いておくとして、私のジルになんてことをするのよ。風邪引いたら責任取れるの!?

 そう思ったら、もう止まれなかった。側にいたミルコと騎士に指示を出し、私は早足でジルの方へ向かう。

 ジルに後ろから近付いて、なるべく優雅に見えるよう腕を絡めながら、後ろ抱きで包み込む。


「っ、ビアンカ様?」

「ジルは、なんでそんなにいつもずぶ濡れなのかしら?」

「ビアンカ様、汚れますよ」

「その前に貴方、風邪を引くわよ? ちょっと前もずぶ濡れで城内が大変なことになっていたのに……今日もそうなりそうね?」


 バルコニーを見上げて、死角に隠れたつもりの従僕に視線を送る。ここの角度からだと、少し頭が見えてるのよね。


「皇女として命じます。立ち上がり顔を出しなさい!」


 あまり好きではないけれど、皇族としての命じ方、声の出し方というものは、指導されている。やろうと思えば出来るし、なかなかに酷い処罰の権限も持っている。

 少年程度の従僕たちには、それが理解できているのかは分からないけれど。


 真っ青な顔で立ち上がった従僕三人をミルコと騎士が確保したので、私の目の前まで連れてくるよう命じた。


「ごめんね、もう少し寒さに耐えてね」


 何度かブルリと震えていたジルに謝る。もう少しだけこの茶番に付き合って欲しい。


「ビアンカ様、もう離れてください」

「駄目よ」


 ――――私はね、腹の底から怒っているのよ。


 ミルコたちが到着したところで周囲を見回す。妙に視線を感じるのだ。

 たぶん隠れて見ている者は多いと思う。もしかしたら、ジルをいじめることをイベントや遊びのように捉えているのかもしれない。


「ねぇ、貴方たちは何かを勘違いしているようだけど、ジルは他国の王子だということは分かっているの?」

「え……でも、人質って…………」


 ――――あぁ、なんて低能なのかしら。


「ミルコ、城代と執事長・侍女長をここに呼びなさい」

「っ……承知しました」


 人事に関わる長もまとめて釘を刺すべきね。

 それとともに、確保にあたってくれていた騎士の一人に、周囲にいてこちらを様子をうかがっている者たちに集まるよう声かけをしてくるよう頼んだ。


 漏らしそうな程に震えている従僕たちを横目で見る。同情心など沸きもしない。因果応報という言葉を嫌と言うほど思い知るといい。




「ビアンカ様、大変お待たせいたしました」


 城代が素早く臣下の礼を執り、執事長と侍女長もそれに続いた。


「三人とも忙しいのにごめんなさいね。ただ、使用人たちの教育がなっていないわ。ジルベルト殿下がなぜこのようにずぶ濡れか分かる?」

 

 わざと敬称を付けて呼ぶ。

 ジルがなんだか不満そうな顔をしたのが見えたけど、いまは見なかったことにする。


「書類上は人質で私の侍従とはいえ、ジルベルト殿下は食客です」


 他国の王子を預かっているのだ。国同士の契約の担保として。本来、帝国の決まりでは客人扱いか、軟禁にはなるもののなるべく不自由なく暮らさせるものなのだ。


「ただ、将来のために職業の体験をしているにすぎません。それがなぜ通達・周知されていない。今すぐに原因を述べなさい」

「私どもによる指導不足です」

「そんなものはわかりきっています」


 そんなことで解決するほど簡単な問題ではないはずだ。それならばミルコが報告している時点で、収まるはずだから。


「毎日の朝礼終礼の場でミルコからの報告は上がっていましたね?」

「「はい」」

「お父様っ、いるのでしょう!」


 通用口辺りが妙にざわついていたので、どうせお父様だと思った。


「ははは。バレてた」

「城代たちの処罰はお父様にお任せします。そこの従僕三人は、紹介状なしでの解雇と各家庭への通達を行い、親族が王城勤務の場合は、減給とします」

「んー? ま、いいよ。わが娘は優しいねぇ」


 だって、皇帝であるお父様に処罰の権限渡したら、従僕たちは投獄一択じゃないの。




 私の部屋にジルを連れて来て、お風呂に入らせた。


「ついこの前もこうしたわね」

「ごめんなさい」


 ジルの謝罪はお風呂というよりは、今回の出来事に対してのような気がした。


「そうね。今回の騒動はジルのせいよ。でも私のせいでもある。一緒に反省しましょう」

「…………うん」


 上手く立ち回れるよう、もっと考えて行かないとね。

 



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― 新着の感想 ―
・犯人 〈食客〉云々の建前は当然として(貴族にとって建前は、重要なことの筈です)、下世話な話、〈皇女殿下のお気に入り〉だって機微を、理解できないものでしょうかね。 それも目に入らない辺り、各々、それな…
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