5:僕の居場所【ジル】
幼いころから派閥争いに巻き込まれ続けていた。
正妃より先に妊娠してしまった側妃の母は、異国の踊り子だったことから王城内で酷い扱いを受け、別の塔に住まわされていた。
父王は生まれた僕に興味がないらしく、ほとんど顔を見たことがなかった。ずっと放置されるのだろうと思っていた。
臣下にそそのかされて始めたらしい帝国との戦争に負けたと母から聞かされた。幼かった僕はその意味があまり理解できていなかった。
敗戦国となり帝国の機嫌を取るために、人質が必要となり、立場だけの第一王子である僕を人質として帝国に送ることになったと伝えられた。抵抗した母はその場で父王に斬り捨てられた。そして、その翌日には船に乗せられていた。
帝国に到着し連れられたのは、皇帝の執務室だった。父王の執務室にさえ入ったことのなかった僕は、部屋の豪華さや皇帝の覇気にただ圧倒されていた。
「少年よ。私と契約をしよう――――」
母を目の前で失ったショックで声が出なくなっていた僕に、皇帝は頷きや顔を横に振るだけで答えられるよう話してくれた。
・皇帝の娘の侍従になること
・帝王学など王に必須の学を修めること
・一年に一度、皇帝と面談すること
・十二年後の満期に国に戻ること
「サルメライネン王国を中から変えろ。王として私の前に戻ってきたなら…………そうだな。願いをひとつ叶えてやろう。うん、それがいいな。なんか魔王っぽくて」
最後のは、本気なのか冗談なのか分からなかったが、幼い僕はその言葉を信じるしかなかった。
そうして紹介されたのは、輝くような笑顔の皇女様だった。
ふわふわとしたはちみつ色の髪の毛と、青や緑や黄色といった不思議な色合いの瞳に見入っていると、ぎゅっと手を繋がれた。
「ジルベルト、これからよろしくね」
この日から、僕の居場所はビアンカ様の側になった。
ビアンカ様との生活は驚きに溢れていた。
数多の国を傘下に置く帝国の皇女なのに、かなりの面倒臭がりだった。それでいて自由奔放で天真爛漫。
だが、公務になると様相が一瞬で変わる。僕が幼いせいとかではなく、明らかに大人なのだ。
聡明でいて慈愛に満ち溢れた皇女殿下は国民たちに慕われていた。
「はぁぁぁ、つかれたぁ! ジルー、ホットチョコ作ってー!」
ベッドにダイブしながら足をばたつかせて甘えてくるビアンカ様に苦笑いしつつホットチョコを渡すと、自分の分もちゃんと作れと言われた。
指導役のミルコをチラリと見ると、勝手にオレンジジュースを飲んでいた。
ビアンカ様は『私が寛ぐためには使用人たちも寛ぐべきだ!』という謎のルールを作っていて、城内で厳しい顔つきの侍従長や侍女長も、ビアンカ様の私室ではのんびりとした空気を纏い、いつも誰かと談笑している。
「えっ、リリアーヌってあの騎士が好きなの!? やだー、ムキムキじゃない!」
「そっ、そこがいいんですっ」
下級の使用人たちとも恋バナだとか言って楽しそうに話していた。
休みの日や夜の数時間に帝王学などの教師をつけられ、自由になる時間はほぼなかった。だが、ビアンカ様の部屋で過ごすそういった気の抜ける時間は、僕にとってかけがえのないものとなっていた。
ビアンカ様の下に来て三年、侍従としての独り立ちが認められた。
僕の出自や立場的なもので、陰口や嫌がらせはとても多かった。基本的には黙って耐えていたが、今回頭から汚水を掛けられて流石に鬱陶しくなって、城内をわざと汚して歩いて、犯人に掃除させることにした。こっそりと手配していたのに、勘付いたミルコがビアンカ様にばらしてしまったようだ。
「私ね、そういう隠し事されるのは嫌いよ」
ハッキリとそう言われて、ショックだった。なぜこんなにも心臓が痛いのか? そんなの分かりきっている。
真っすぐにこちらを見据え「自力で解決なさい」とビアンカ様が言った。怒らせてしまった。そう思っていたが「でもどうしても無理なら頼って? 私はいつでもジルの味方よ」と言われて、心臓が甘く締め付けられた。
最近は侍従になったからと、ビアンカ様と同席することをやんわりと断っていた。
ビアンカ様の中では僕はまだ幼い子どもで、守る対象なのだ。それがなぜか酷く悔しい。
久し振りにビアンカ様の隣に座って、ミルコの入れたホットチョコを飲んでいる時だった。
「ジル、またこうやって過ごしてよ。私のために」
「はい」
「約束よ?」
その言葉がどれだけ嬉しかったか、ビアンカ様は知らないだろう。
母を亡くして不安しかなかった幼い僕を、彼女は温かく包んでくれた。恋心を抱くには充分だった。だけど、それは本当に恋なのかと成長するにつれ、考えるようになっていた。
恋なのか愛なのか執着なのか分からない。相談する相手もいない。
だから、自分から距離を置いていた。
それなのに『私のために』なんて言われたらもう我慢できない。
――――もっと、側にいたい。