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4:突き放すわけではない




 一年が経ち、ジルは侍従見習いとしての仕事を本格的に始めた。

 私に必死について回る姿に、みんなが癒されていた。

 私やミルコ以外ともよく話すようになったのは、嬉しいような少し淋しいような。


「しょるい、とどけてきます」

「あぁ頼むよ」


 言われなくてもやれることもかなり増えた。出来ないこと分からないことについて、自ら質問もしてくる。

 たぶんジルの地頭の良さもあるんだろうけど、彼自身の努力も大きいのだと思う。

 ただ、やっぱり表情が硬いというか、無い。

 感情がないわけではないけれど、あまり表に出さないし、隠しているような雰囲気さえある。

 

 夜中に魘される回数はかなり減ったと、ミルコから報告を受けている。

 もう一年だけど、まだ一年でもある。

 幼い少年が母を亡くした辛さを受け入れるのは、どれだけの時間が掛かるのか…………人によるとしか言えない。だからこそジルと話して把握したいけれど、休憩中に話そうと誘っても、壁に控えたままで側には来てくれない。


 嫌われてしまったのかなと不安になっていたけれど、ミルコがクスクスと笑いながら戸惑っているだけだろうから、様子を見てあげてほしいと言った。


「何に戸惑うのよ」

「んー、心境の変化ですかね」

「ふぅん?」


 せっかく懐いていた弟が姉離れをしてしまったようで、ちょっと淋しい気分だ。




 ジルが来て三年目の先日、正式に私付きの侍従に任命された。

 相変わらずほほえましく見ている者が多い中で、地位の低い従僕たちからのやっかみや嫌がらせが徐々に見え隠れしている。

 廊下で足をかけられて転けたとか、階段から突き落とされそうになったとか、通りすがりに祖国のことや母親のことを蔑まれたり、嫌味を言われたりしているようだった。

 ただ、ジルに聞いても『何でもない』『大丈夫』としか言ってくれない。


 そんな中で、今朝はジルがびしょ濡れで現れた。

 ちょっと臭い。

 入り口近くで室内に入ろうとしないのは、そのせいなのだろうか。


「どうしたの!?」


 聞けば二階から桶とともに薄汚れた水が降ってきたらしい。タイミングが悪ければ死ぬ可能性がある。


「着替えてきますので、少し遅刻になります」

「いま何月だと思っているの! すぐに湯を浴びなさい

。風邪を引くわよ!」


 服はミルコに持ってくるよう指示。ジルには私の浴室を使うよう命令した。


「それは流石に……汚れていますし」

「ジル、貴方は私の侍従よ。風邪を引くことは許さない。今すぐ身体を温めて来なさい」

「っ……はい」


 使用人棟は大風呂になっている。この時間はお湯が張られていないはず。私の浴室はいつでもお湯が出る。石鹸類も薬用成分がこれでもかと配合されている。これを使わずしてどうするというのだ。


 ジルがお風呂に入っている間に、他の使用人たちに確認した。

 ここ最近のジルへの嫌がらせは、子ども悪知恵程度のものから少し逸脱しつつあるようだと言われた。ただジルが上手いこと隠すので報告にまでは至ってなかったと謝られた。


「貴方たちのせいではないわ。ありがとう」


 ジルの服を持ってきてくれたミルコに、ジルが通ってきた通路は確認したのか聞いた。大きく汚しているようなら掃除を手配しようと思って。

 ミルコも私と同じことを考えていたらしい。ところが既に名指し済だったんですよね、と言われた。

 どうやらジルが各所に配置されている騎士たちに、掃除は手配しているから放置していてほしい、と話しながら私の部屋まで来たらしい。


 ――――犯人、分かってるのね。


 お風呂から上がってきたジルに話があるからソファに座るよう言うと、立ったままでいいと言われた。

 最近は人前で特別扱いされることに戸惑っているというか、隠そうとしている節がある。


「話があるの。座りなさい」

「……はい」

「私ね、こういう隠し事されるのは嫌いよ」

「っ…………」


 今までのあれこれも、今回の件についても、これから起こることについても、私はなるべく手出ししたくないと伝えていた。

 これはお父様とも話し合って決めたことでもある。


「自力で解決なさい」


 今回、それを再度伝えることにした。

 ジル自身で解決することを望んでいると。ただ、それは突き放すという意味ではない。


「でもどうしても無理なら頼って? 私はいつでもジルの味方よ」


 今回は犯人も分かっていたようだし、なかなかの報復もしたようだけど。恨みは更に積もるかもしれない。


 人の命は簡単に失われる。

 本来は重たく尊いもののはずなのに、とても軽く扱われる。戦争然り、謀略やいじめでも。

 

「ジル」

「はい」

「貴方の命は貴方のものだけど、私のものでもあるのよ」


 そうでも言わないと、ジルは自分の命に執着してくれないと思った。

 誰かに何かをされて小さなケガを負ったとき、痛みをあまり感じないから治療はいいと断ったりするのだ。

 

「他人からケガさせられることも、死ぬことも許さない」

「……」

「だから、私のために頼ってよ。お願いよ……私から奪わないで」

「ごめんなさい」


 さっきまで怒っていたはずなのに、なんでか泣きそうになってしまった。なんで私が情緒不安定になってるんだろう。

 ちらりと脳裏にお母様の顔がよぎった。


 ――――もう、嫌なのよ。


「ビアンカ様、今後自分の手に負えないときは、ちゃんと相談しますから」

「うん。いま困っていることはない?」

「そうですね、いまはまだ」


 ミルコがホットチョコを二杯作ってくれた。


「久しぶりね、こうやって飲むの」

「そう、ですね」


 二人並んで座り、両手でカップを包んで、ホットチョコを飲む。


「ジル、またこうやって過ごしてよ。私のために」

「はい」

「約束よ?」


 そう念押しすると、いつも無表情のジルが少しだけ微笑んだ気がした。




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