発売記念番外編:湖でイチャイチャ
どうしてこうなった!
私は何かあるたびに、心の中でコレを叫んでいる気がする。
「ビアンカ、早くおいでよ」
「っ、でもこれ……」
私とジルは、サルメライネン王国の避暑地であり、王国管理の土地アクローズに来ている。
ここには湖があり、底が見えるほどに透き通った綺麗な水質と、体温より少し低めな水温らしい。
泳ぐと気持ちいいよとハンネス様が言ったことでジルがノリノリになり、今まで頑張ったご褒美にアクローズで一週間休暇しようということになった。
そして――――今、私は羞恥心の極致にいる。
「誰も見てないよ」
「ジルが見てるじゃないっ!」
帝国では安全面等の問題で、湖や海で泳いだことがない。
お父様が暑いからという理由で、大浴場を水風呂にしてしまうことはあった。
そこに水着でみんなと入ったことはあったけど、帝国の水着はほぼ服なのだ。男性は半袖のシャツと、膝丈のズボン。女性は膝丈ワンピースと、膝丈のズボン。
ほとんど肌を見せない。
サルメライネンの水着は、違った。
男性は、上半身裸でショート丈のズボンというか、濃い色の下着では? というくらいのもの。
女性はコルセットの胸部分のようなものと、布面積の少ないショーツ。なんというか、三角形が二つくっついたような布たち。ビキニ、というらしい。
「そもそも、騎士も侍女もミルコもいるわ!」
湖の際に建てたテントから一歩出た所で、足が竦んでしまっている。
ガウンは羽織っているが、その下は下着よりも布面積の少ない水着なのだ。
「みんな、湖に入っちゃってて気にしてないよ?」
「そうだけど……」
見張りの騎士以外、付き添い全員がまさかの水着姿になり、一斉に湖に飛び込んでいた。
皆の楽しそうな姿を見ると、自分も混ざりたくはある。
でも……勇気が出なかった。
羽織っていたガウンの胸元をぎゅっと握りしめる。
――――どうしてこうなったのよ!
いつものジルなら、俺以外に肌を晒さないでとか言いそうなものなのに、なぜか今回はずっと水着になれとうるさい。
帝国で使っていた水着を持ってきていたのに、郷に入っては郷に従えとばかりに、サルメライネン主流のビキニを渡された。
エメラルドグリーンの布地に、濃い緑の糸で細かなボタニカル柄の刺繍。肩紐はなくホルターネックで、首の後ろには大きなレースのリボンが付いている。
ジルが選んだらしい。
可愛いし、素敵なデザインだけど、人前でその姿になれるかというと、別問題で……。
「ビアンカ、たまには羽目を外そう? いつも気を張っていただろう? 休暇中くらい、皇女も王妃も捨て去って、ただのビアンカとして、俺と遊んでよ?」
淋しそうに微笑みながらコテンと首を傾げ、右手を差し出してくるジル。
そういう言い方はズルい。だって、『うん』しか言えなくなる。
「っ……もぅ。遊んであげるわよ」
覚悟を決めてガウンを脱ぐと、ジルが上から下まで舐めるように見つめてきた。
「な、なに?」
「んーん。さ、行こ?」
顔を真っ赤に染めたジル。そんな反応されるなんて思ってもいなくて、私までちょっと照れてしまった。
手を繋いで湖に入る。
「わっ、結構冷たいのね」
「あはは。ほんと、冷たいや」
膝くらいまで湖に入ったところで、ジルが腰に腕を回し耳元に顔を寄せて来た。
「ビアンカ」
「なぁに?」
「綺麗。着てくれてありがと」
「っ――――!」
耳元で甘く囁かれた。
全身から湯気が出るようだった。
早く行くわよと、ジルの手をグイグイ引っ張って、水深が胸まであるところまで、向かう。
早く、身体を冷やさないと……。
「凄いわね。透き通ってて、小魚もいるのね」
「あ、ほんとだ」
ジルのそんな反応に違和感を覚えた。
まるで初めて知ったみたい。そう思って聞くと、コクリと頷かれた。
「ここに来たの? 初めてだよ。水着も初めて着たんだよね。ハンネスがこれ着ろって言ったから。ビアンカと初めて体験したかったんだ」
そんなふうに言って、ほにゃりと笑うジル。
可愛い。私のジルは本当に可愛い。
随分と大きくなってしまったけど、ジルはジルのままなのよね。
「ふふっ。これから、もっとたくさんの初めてがあるわよ」
「ん」
嬉しそうに大きく口を開けて笑うジルは、年相応の少年のようでとても眩しかった。
顔を水につけずに平泳ぎで移動しつつ、ジルとお喋り。
どうやら、海沿いの別荘地に王族用のプライベートビーチがあるらしく、夏の終わりまでには管理などの確認も含め現地視察に行きたいとジルが話していた。
流石にそこでは泳げないかもしれないから、この湖で一緒に泳ぎたかったらしい。
「ビアンカ様ー、浮き輪いりますかー?」
遠くからミルコの叫び声が聞こえた。
浮き輪は、ドーナツ型にしたコルクに防水布を巻いたもので、真ん中の空洞に入って、身体を預けると足のつかない所でも浮いていられるという、元は救命道具だったもの。
どうやらミルコは泳げないようで、浮き輪を使っているようだった。
「いらないよー!」
「え……」
なぜジルが勝手に決めるのよと思っていたら、ジルが私を後ろ抱きにして、そっと水深のある方へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと?」
「ビアンカには俺がいるでしょ? 怖かったら、俺に抱きついててよ」
――――まさかの、浮き輪に嫉妬!?
そんなはずないわよね、なんてソワソワ。
ジルがどんどんと深い方へと進んでいくので、少し怖くなって止まってとお願い。
身体の向きを変え、ジルと向かい合う。
まだ足は付くし、水面から顔も出ている。けれど、波が立つと口まで水がくる。
「ここは少し怖いわ」
「うん。だからさ、頼ってよ」
「頼っているわよ?」
今も、ジルの顔を見て少し安心しているもの。
「もっと、全身で――――」
ジルが私の両脇に手を入れ、持ち上げるようにして抱き寄せた。
その意図を理解し、ジルの首に腕を回すと、満足そうに「んっ」と声を漏らしていた。
こういうところが本当に可愛くて仕方ない。
もう随分と長い間一緒にいるはずなのに、いつだって新しい一面を見つけてしまう。
さっきまでは自分の水着姿への羞恥心で、いろいろ見えていなかったけど、明るい中で見るジルの鍛え上げられた身体とかとかとかとかとかとか――――もう、彫刻かと思うほどに美しかったし……ってなにを考えているのかしら、私。
邪な心を誤魔化すように、ジルに抱きつく力を強めた。
「やっぱり……浮き輪、もらってくる」
「え、どうして?」
「…………ビアンカ、柔らかすぎ……」
「えっ、やだ、最近おやつ食べ過ぎてたかもっ」
「違う違う。違うから……うん、違うから」
違う以上の情報がない。
じゃあ、何なのよ? と、体を離してジルを問い詰めると、真顔でジーッと見つめられた。
「ビアンカ……夜、覚悟しといてね? 煽った責任はビアンカにあるんだからね?」
「なっ!?」
――――どうして、そうなるのよ!?
煽った自覚なんてないのに、ジルは直ぐに煽り判定にするときがある。そして理由を聞いても教えてくれない。ただ、「俺、男なんだよ」と真顔で言うだけ。
そんなの分かっているわよと言うのに、いいやビアンカは分かってないと言う。そういうときに限って、なぜかミルコも高速頷きを横でしていたりする。
……今も。いつの間にか横に来て、頷いている。
何なのよ、この二人。
「ま、それはそれとして、もう少し泳ごう?」
「うん……」
なんだか誤魔化されたような気がするけど、もう少し湖でいちゃいちゃはしたいので、差し出されたジルの腕を押し退けて、首の後ろに腕を回して抱きつく。
「浅いとこに連れてって?」
「んっ!」
翌朝?
そのことは、聞かないで……。
―― fin ――





