18:大歓迎
夜会の翌朝、お父様とジルが何やら国同士の協定を結んだり、私との婚約にあたっての取り決めなどをしていた。
私もそれに参加したかったけれど、輿入れの準備を優先することにした。ジルが一日でも早く結婚したいのに、と唇を尖らせながら準備期間をどうするか悩んでいたから。
そうして、まさかの三ヵ月でサルメライネン王国行きが決定した。
お父様や使用人たち、国民に別れを告げサルメライネン王国に出発することに。
流石に王太子が迎えに来ることは出来ないからと、彼の弟であるアンドリュー様が迎えに来てくれた。
髪や眼の色は全然違うのに、少年と青年の間のころのジルに似ていたおかげか、初対面の緊張とかも持たずに仲良くなれた。
国から連れて行くのは、本人の希望もあってミルコ。そして侍女のリリアーヌと、彼女の夫のムキムキの近衛騎士でもあるオスカル。
馬車三台で陸地の旅と船旅を経て、サルメライネン王国に到着した。
道中は、アンドリュー様がジルがサルメライネン王国に戻ってからのことを嬉々として教えてくれた。
「兄上はね、国民たちに好かれてるから、大丈夫だよ」
そう言われながら王国都に馬車が入ると、道中でたくさんのサルメライネン国民に手を振られた。歓迎ムード漂う王都内を通り入城。
なぜだろうかと思っていたら、アンドリュー殿下が私たちの恋物語を広めて劇にまでしたのだという。
「え、それは聞いてない!」
「そうなの? 兄上、結構気に入ってて、脚本にまで口出ししてたのに。あれ? もしかして、戦略のためのやつだったのかな?」
アンドリュー殿下がなんかごめんね、と謝りつつあとで脚本を持ってくるねと約束してくれた。
王城玄関の目の前に馬車が止められ、ドアが開かれると、そこには満面の笑みのジルがいた。
「ビアンカ!」
「わわっ、ジル!?」
馬車から降りようとしたのに、ジルに抱きかかえられてしまった。
後ろでくすくすと笑うアンドリュー殿下がサルメライネンでは、輿入れする際に馬車から家まで地面に足をつけないという風習があるのだと教えてくれた。
腕に座るような形での縦抱きで、ジルの頭にしがみついていたら、前が見えないよと笑われてしまった。
お城の中を案内されつつ、王妃の私室に案内された。
前王妃が使っていたのは別の部屋で、内装もジルが手がけたから、絶対に気に入るよと言われて、ドキドキして中に入った。
「……そのまんま!」
何がかというと、帝国の私の部屋とデザインも間取りもほぼ同じ。
まるで帰ってきたかのような感覚。
「だめ?」
駄目じゃない。駄目じゃないけど、ジルの記憶力が凄い。
「これは……逆に違う所が稀に見つかると、違和感を覚えそうですね」
ミルコが室内を見回して苦笑いしつつ、荷物を運び入れていた。
リリアーヌは「わー、なんだか瞬間移動したみたいです」と不思議そうに室内を見て回っていた。
荷物の片付けは使用人たちに任せて、私たちは今後の予定なんかを話し合っていたのだけど、とりあえずは例の劇のことを聞いてみることにした。
「ごめん、その……ごめん」
ジルが耳を真っ赤に染めて、ついつい調子に乗ってしまったのだと言った。どうやら内容はかなり忠実らしいけれど、ちょっといちゃいちゃは願望で増やしたらしい。
「え、兄上そんなにベタ惚れだったの!? やばい、もう一作書けそう!」
「え、アンドリュー様が書いたの!?」
えへへと笑いながら、部屋にこもってる間ずっと暇だったから、小説を書いたり絵を描いたりして過ごしていたそう。
そしてこれからはジルを支えつつ、そっちの趣味も続けていきたいと夢を語る少年のようにキラキラとした笑顔で教えてくれた。
結婚式は、二ヵ月後に行うことになっている。
早めに来たのは、サルメライネン王国や人に慣れることと、単純にジルが早く逢いたかったから。
いちいち理由が可愛すぎて身悶えしそうになる。
「花とかは決めちゃったけど、ドレスのデザインはビアンカが決めたほうがいいかなって止めてる」
ただ、サイズは分かっているので、ある程度の原型は作り終えているらしい。なぜサイズが分かるのかと思ったら、普通に帝国の針子に聞いたと言われてちょっとホッとした。
いやまさかここで全部覚えているとは言われないとは思うけど、もしかしてがありそうだった。
「日々の生活で気になることとか、改善してほしいことがあったら、遠慮なく言ってね?」
「うん。ありがとう、ジル」
お礼を言うと、ジルが本当に嬉しそうに笑ってくれる。それだけで早めに来てよかったなと思った。
夜になり、三人で一緒に食事を取ったあと、部屋に戻りソファで寛いでいるときだった。
「あれ? まだお風呂に入ってなかったんだ」
「うん、ちょっとのんびりしてたの」
ジルに入っておいでと促されて、お風呂場に向かった。
割とゆっくりめに入って部屋に戻ると、ジルがニコニコと笑いながら待っていてくれた。
「何か飲む?」
「アイスティーがいいわ」
「分かった」
あまりにも自然な流れすぎて、ソファに座って髪を乾かしながらアイスティーを飲み干すまで、ジルを侍従として使っていたことに気が付かなかった。