17:プロポーズ
夜会が終わったあと、久しぶりに私の部屋で二人っきりになった。
完全に二人きりは駄目だということで、室外には一応ミルコが待機している。
ジルとソファに横並びで座って、今までどうしていたかと聞くと、いろいろと教えてくれた。
先ずはジルの弟の話。
すごく素直でいい子らしい。命の危険を感じて、傀儡になることを選んで、ずっと演技して過ごしていたらしい。彼はいつかジルが帰って来てくれる。そうしたら、きっと味方になってくれる。とジルの帰りを待ってくれていたらしい。
弟のアンドリュー様は立太子していたけど、王なりたくない、というかなる資格がないと思っているのだそう。理由は、自分も王たちと一緒に国を荒れさせたから。
血は半分しか繋がっていないけれど、ジルは大切にしたい家族を得られたことがとても嬉しかったようだった。
次に聞いたのは、サルメライネンの国王と王妃のこと。
王城内も議会も腐りに腐っていたらしく、二人にバレないように、その腐った部分を取り除きクリーンな人物に入れ替える作業をしていたそう。
ただ完全にクリーンにすることは不可能で、ときには条件を出して王に偽情報を流させたり、裏切らせたりと裏工作もしたらしい。
そうして、約二年かけて議会を掌握し、国王の退位を可決し、今までの罪を暴いて孤島に島流しに決定。
「孤島は、ある程度のライフラインは整っているんだ。ただ、住人がいないことと、自分たちで生活せねばならないだけだ」
食料品などは定期便で届けるらしく、船長は退役した軍人で、信頼のできる人物なのだとか。
「アレらに人と関わることを禁止した。病になろうと、誰も手を差し伸べさせない」
どれだけの覚悟でそれらを決め、実行に移してきたのか、私には分からない。でも、ジルが決めたことだ。全力で後押ししたいと思う。
「じゃぁ、もう……サルメライネンでジルをいじめる人はいない?」
「ビアンカが心配するのは、そこなの?」
「っ、だって…………」
生きているのか、死んでいるのかも分からなかった。
もしかしたら監禁されているかも、もしかしたら暴力や理不尽な扱いをされているかも。
ずっと不安だった。
「手紙もくれなかった!」
「ん、ごめんね。待ってて欲しいと言うことは……許されなかったから」
「お父様ね」
「……ははっ」
「逢いたかった」
「俺もだよ」
触れていいかと聞かれて頷くと、ふわりと抱きしめられた。
温かい。ジルの体温を感じて、本物なんだ、生きてたんだと、何度目かの実感。
少し体を離して、お互いの顔を見つめる。
少し大人っぽくなっている。背も少し伸びた気がする。
「背?」
「うん」
「確かに、ちょっと伸びたかも?」
そんな事を言いながらも、視線はお互いの唇に固定されていた。
「キスしたい」
「うん」
「でも、その前に――――」
ジルがソファから立ち上がると、床に跪いてポケットから指輪を出してきた。
銀のリングと控えめな台座には茶色い石。
すごく見覚えのある、茶色の石。
「ジュエリー、着けてくれてありがとう。まさかビアンカにちゃんと渡ってるとは思わなかった」
「ミルコが着けろって」
「ああ。あの人にはバレてそうだな」
もしかして、ドレスの色を却下してきたのも、何か知っていたからかもしれない。
ジルがんんっと咳払いして、ちょっと深呼吸していた。
「ビアンカ、どうか俺と結婚して欲しい」
左手の薬指に、ジルの瞳の色をした婚約指輪がはめられた。
「っ、はい!」
ジルからのプロポーズが嬉しくて、しっかりと応えたものの、皇女という立場や年齢はいいのだろうかという疑問があった。
そもそも、サルメライネンの王になる者が、帝国の皇女を娶るということは、ほぼ属国になるのでは? 同盟国という形もあるだろうけど、あのお父様がそこで納得はしない気がする。
「ビアンカ」
「国民は納得して――――」
「ビアンカ、地位も年齢も関係ない。ただビアンカが愛しいんだよ?」
「っ!」
ただそれだけじゃ、確かに色々問題はあるからね、と言われた。やっぱりそうよねと沈みかけたところで、ジルに顔を上げてとお願いされた。
「ビアンカ、これはね、ずっとずっと昔から決めてたんだ。国を取ってビアンカに好きだって伝えたいって。やっと実現したんだ…………褒めてよ」
「っ! 頑張ったね、ジル」
「うん」
ジルの頭をそっと撫でると、嬉しそうに微笑んで頭を自分から擦り寄せてきた。
そして、四年前のことを謝られた。突き放してごめんねと。
「本当はあのときに大好きだと伝えて、抱きしめてキスをしたかったんだ」
でも、何も持たないただの『ジル』に皇帝はビアンカをくれないのは分かっていたし、許されなかった。そして、国を取る保証もなかった。
「俺と皇帝の勝負だったんだ」
「そこまでして…………なんで?」
ジルが仕方なさそうに微笑んで、私の両頬を大きな手で包んだ。
「初めて出逢ってから、ずっと俺に愛を教えてくれたのはビアンカなんだよ? 一言も喋らないのに、ずっと笑顔を向けてくれた」
そんな人に恋に堕ちないわけがないだろう? と首を傾げて言われて『私の私による私のための侍従育成計画』のせいじゃないのと言うと、ジルがまた仕方なさそうに笑った。
「言ったろう? 責任取ってって」
「っ、う……はい」
「ビアンカの不安は全部潰すから。俺に愛されて?」
「うん」
「もう、気になることはない? 不安はない? 覚悟は出来た?」
そう聞かれてコクリと頷くと、ジルが少年のように嬉しそうに笑って、顔を寄せてきた。
ふにゅりと柔らかく触れる唇。
「んっ……」
「ビアンカ、可愛い。もう一回していい?」
「……うん」
この日、何度も何度もキスをした。
外で待たせていたミルコがしびれを切らすまで。