16:ビアンカは俺のものだ
お父様が夜会開始の挨拶をするのをぼーっと聞いていた。
皇族用の入り口から入場したのだけど、エスコート開始からカッスリーノ様が煩くてたまらなかった。
お父様とは、夜会のしばらくあとにカッスリーノ様を幽閉する話がついている。だから、もう少しの我慢……できるかしら?
「あっ、そうそう。今夜は目出度い発表があるんだが、大騒ぎになりそうだから夜会の終わりに発表するかなぁ」
「皇帝陛下、そんな言い方をされると気になるではありませんかっ」
お父様と仲の良い公爵様がそんな野次を飛ばすと、皆が大笑いし、好き勝手に様々な噂を話し始めた。
お父様はニコニコと笑っているので、流れ込んでくる噂話を収集して遊んでいるだけな気がする。
「ビアンカ、ダンスに行くぞ」
「……はい」
カッスリーノ様にエスコートされボールルームに向かっていると、カッスリーノ様の後ろ首をガシッと掴む手が見えた。
「グゲッ!?」
「すまない力を入れすぎた。彼女と踊るのは俺だ」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには少しだけ大人びたジルがいた。
黒い髪を後ろに撫でつけ、チョコレートのような瞳に強い意志を乗せ、カッスリーノ様を睨みつけていた。
「なんで…………?」
「ビアンカ様、待たせてごめんね」
名前を呼ばれただけなのに、心臓が甘く締め付けられる。
どうやってここに? なんで盛装してるの? 元気だった? ケガや病気はしてない? 国では安全に過ごせてる? 聞きたいことがいっぱいある。
「ジル」
でも出てきたのは、名前だけ。それ以外は何も言えなくてただその場に固まっていた。
「なんだお前は! いきなり人の首を引っ張りやがって。不敬だぞ! 衛兵、コイツを捕まえろ!」
カッスリーノ様がそう叫ぶと、会場内を警邏していた騎士たちが集まったものの、ジルの胸元にあるものに気付いて顔を見合わせていた。
「何をしている! 早く捕まえて追い払え! 皇帝の娘の婚約者である私に暴力を働いたんだぞ!?」
カッスリーノ様のその言葉に、ジルの表情が曇った。そして、纏っていた柔らかな空気が一気に張り詰めてしまった。ジルがこんなにも感情を顕にするのを初めて見た。
「…………ビアンカは俺のものだ」
「はぁ!? 頭が可怪しいんじゃないか!?」
「ビアンカ、こっちにおいで」
ジルに手を差し伸ばされた。迷わずその手を掴むと、グッと引き寄せられ、ジルの胸の中に閉じ込められた。
「衛兵っ! さっさと動け!」
「あんた、侯爵家だよな? これが何かも理解できないのか?」
ジルが胸元にある勲章を人差し指のお腹でトントンと叩いた。
それは帝国と友好関係を結んでいる国に贈っている勲章。そして勲章のリボン部分は、王族という意味を表すものになっていた。
「は…………え? あ……」
やっと相手の立場に気付いたカッスリーノ様がおどおどしだしたので、目障りだから騎士たちにどこかに連れて行ってとお願いすると、笑顔で敬礼された。
辺りがざわついて話せないので、ジルと二人でバルコニーに出ることにした。
「ジル…………元気だった?」
「うん」
「……ケガや病気は?」
「してないよ」
もっと聞きたいことがあるのに。
二年前よりも大人の雰囲気を帯びたジルは、なんだか知らない人のようで。どうしても目が見れず、俯きがちで話しかけていた。
「ビアンカ、顔見せて」
「っ、いやよ」
ジルの落ち着いた声が凄く懐かしくて、もう二度と聞けないと思っていたから余計に感情が揺らいでしまって、徐々に涙目になってきていた。だから顔は上げたくなかった。
「俺、頑張ったんだよ?」
「…………何を?」
ジルに両頬を包まれ、顔を上向きにされた。涙ぐんでいるのがバレてしまった。ジルの顔がぼやけてよく見えない。
「正式発表はもう少し後になるが、すぐに国王になる。ビアンカに釣り合う自分になりたかった」
「っ……どんな立場でも好きなのに」
「うん。でも皇帝陛下は違うから」
聞けば幼いころにお父様と約束をしていたらしい。国を取れば、願いを叶えると。どこの魔王なのよと呟くと、ジルが少年のような笑顔で、お父様も似たようなことを言っていたのだと教えてくれた。父娘だねと言われてちょっと複雑だった。私はあの人みたいに腹黒くないんだけど?
夜会が終盤に近付き、お父様に呼び出されて、会場の上座にジルと二人で並ばされた。
そこでまさかの私たちの婚約を発表。
お父様がニタリと笑ったのに気付いて頬を膨らませながら睨んでいると、ジルが耳元で「ビアンカ」と柔らかく囁いてきた。そして、俺を見てとばかりに、唇の際にキス。
「ちょっ!?」
「俺をこういうふうに育てたのはビアンカだよ? 責任とってよ?」
「そんなふうに育てた記憶ないっ」
小声で抗議すると、ジルが首を傾げて不思議そうな顔をした。ジルが小さいころによくやっていた仕草がまた見れたことに胸をときめかせていると、ちょっと意地の悪そうな微笑み方をした。
「俺、知ってるんだよ? ビアンカが『私の私による私のための侍従育成計画』を発足させてたの」
「っ――――! あれは、そのっ、幼さゆえのノリというか……」
「そんなの知らない。育てた責任取って」
「っ…………はい」
私たちの会話が丸聞こえだったお父様が爆笑してしまい、私の顔は真っ赤、ジルは苦笑いという、なんとも残念な婚約発表になってしまった。