15:目が覚めるほどの阿呆
カッスリーノ様との何度か目のお茶をしていた。
婚約の打診があり、発表は数ヵ月後の皇城夜会で行うとお父様が伝えていた。だから、それまでに挨拶と数度顔合わせすればいいだろうと思っていたのに、カッスリーノ様は毎週のようにお茶だデートだとやってくる。
正直、本当に心から迷惑だった。
植物園に行ったときは、踏み入れてはいけないというのに花壇に入って、咲いている花を千切ると私に差し出してきた。
『この花、オステオスペルマムの花言葉を知っているか?』
とか聞いてくる。あと、千切ったのはマーガレットだった。植物園の管理人に謝罪し、寄付を山程送った。
菓子店に行ったときには『皇女を連れているんだぞ! 個室を空けろ!』と騒いだ。しかも人気メニューが売り切れだと言われると『今すぐ作れ! 五分以内に持たねばこの店を潰してやる!』とか何とか叫んでいた。
その日の夕方に謝罪の手紙と、お茶会で使う焼き菓子の注文も行った。
皇城庭園のガゼボで急にお茶をすると言い出し、雨が降っていると言ったのに、天幕やらなんやらを用意させて騎士や従僕たちをびしょ濡れにした。侍女たちだけは天幕内に入ることを許していた。
騎士と従僕には特別手当を出した。
そして今はサロンでどれだけ自分が偉いのか、人から好かれているのかのアピールがウザくて、軽く白目になりそう。
「我が家の侍女たちは、私の美貌に惚れていてな?」
「へーすごいですね」
「私ももう三二歳だがな、大人の余裕が滲み出ているのだろう」
「へーすごいですね」
どこに余裕があったのだろうかという記憶しかないが、棒読みで称賛しておいた。
「将来有望な領主として期待もされているんだぞ」
「侯爵家は有名ですからね」
親族や親類たちが聡明なのに、次期当主がアレすぎて。
毎週毎週毎週、私はこの人と無駄な時間を過ごしているなとへこむ。
まぁ別にヤケになってこんなことをしているわけではなく、とにかくカッスリーノ様のカスな部分を洗い出し、調教可能かの判断をするようお父様に命じられている…………けど、ちょっと心が折れかけているだけ。
だって、なんかどうにかなる予感がしないもの。
個人的には婚約期間中に、カッスリーノ様に色々とやらかしてもらい、精神的な病気という体で秘密裏に幽閉が一番早いと思うんだけど。
カッスリーノ様とのお茶が終わり、部屋に戻った。
「あぁぁもぉ、つかれたぁぁ! ミルコ、アイスチョコレート!」
「はいはい。チョコドリンクは嫌いになったのでは?」
「……………………嫌いに、なれないわよ」
ジルとの思い出の飲み物だから、飲むのが辛かった。でも今は癒やされたい。思い出でも記憶でも、いっそのこと幻想でもいい。ただ、ジルに逢いたい。
カッスリーノ様と婚約すると決めたのに、覚悟は出来ていないんだと思う。
「在りし日の思い出にすがりたい。そんな日もあるのよ」
「どこのご老人ですか」
「メンタルはもうご老人の気分よ」
「そうなると、カッスリーノ様が阿呆可愛く見えますよ」
「え……本気で?」
ミルコいわく、あそこまで滑稽だと長老と呼ばれそうな年齢の方々は、若気の至りがどこまで滑るのか話題として楽しんでいるらしい。
――――迷惑な!
「調教できる気がしないわ」
「奇遇ですね。私もですよ」
ミルコからアイスチョコレートドリンクを受け取り、ゆっくりと飲む。
「ジル、元気かしら? 風邪引いてないかしら?」
「いじめられてないですかねぇ」
「ジルに逢いたいわ」
「奇遇ですね。私もですよ」
「何よ、さっきと同じ返事じゃない」
人のことなど言えないのに、雑な返事をしないでよと文句を言うと、ミルコが心の込め方が違いますよとプンスコ怒っていた。
ジル、本当に大丈夫かしら? あれから二年も経ってしまった。
別れの日、手紙は書いてくれなさそうな雰囲気があった。だから手紙が来るとは思ってない。でも、元気かどうかは知りたい。
お父様に聞いても、まだ言えるほどのことはないよと言うだけなのよね。
その日の夜だった。お父様がカッスリーノ様との話は本当に進めていいのかと聞かれた。
「制御できる目算は立っていません」
「お前でもか」
「今は泳がせてますけど……あそこまで優雅に泳がれると、なんというかもう無理じゃない? となりますね」
「で? どうする?」
どうすると聞かれても、どうしょうもない。
「制御はしたくないですね。心の病でどこかで療養している体での幽閉が国としては最良ですね」
皇女の立場は消えないので、皇城で今までどおり過ごしてもいいし、主人不在の屋敷で悠々自適に執務を続けるのもいい。
「んはははははは! 分かった。発表は来月の夜会でいいな?」
それで問題ないと返事した。
非常に憂鬱な夜会前日。
またミルコにアイスチョコレートドリンクを作ってもらった。
「このところ毎日飲んでますね」
「……覚悟を決めてるのよ」
「ふぅん?」
ミルコがこういう返事をするときは、何がいいたいのかと聞くと、ろくなことを言わないので無視するほうが安全だ。
「それより、ドレスどっちがいい?」
「赤と黄色ですか? 赤が似合いますが……カスの、んんっ。カッスリーノ様の色に見えるので嫌ですね。水色にしましょう」
「ない色言わないでよ」
出せばいいでしょうと、ミルコが素早く手配して水色のドレスが用意された。
そしてジュエリー類は、アキシナイトという三角形の赤茶っぽい宝石類を付けるようにと言われた。
「こんなのあった?」
「少し前に、他国から献上されたもので、陛下からいただきました」
私が宝石を所持することに興味がないので、こういった貰いものばかりになっている。おかげでさらに何を持っているのか把握できていなかった。
「よし、明日のコーディネートはこれでバッチリですよ!」
「ミルコが着たら?」
「何の罰ゲームですか」
「私もそんな気分よ」
明日のことを考えると、今から胃が痛いわね。