14:必ず迎えにいく【ジル】
仲間を増やし、王太子である弟アンドリューを味方に付けるというのが当面の目的になるはずだったが、アンドリューについてはその日の内に味方に付けることが出来た。
侍従のふりをして王太子の部屋に行くと、父王に似たうねうねした薄茶色の髪の少年がレターデスクに座り、ぼーっと窓の外を眺めていた。
「アンドリュー王太子殿下、失礼いたします。ジルベルト殿下より言伝がございます」
「えっ、兄上から!?」
バッとこちらを振り返ったアンドリューの瞳が、あまりにもビアンカの色とそっくりで、郷愁の念に駆られた。ここが故郷だというのに、おかしなものだ。
それにしても、アンドリューの反応が気になる。なぜそんなに喜んでいるのか。
俺は完全に政敵になりうる立場の者だろうに。
「…………え? ぁ…………あっ! 僕、ちょっと疲れてて休みたい! みんな出てって! ねえねぇ、兄上にね、僕の描いた絵をあげたいから、君は残って! ねっ?」
「……かしこまりました」
なんだコレは。たしか俺の二つ下のはずだが、まるで十代にならないかのような精神というか、言動じゃないか。
アンドリューを凝視していたら、侍従の一人が話しかけてきた。
「お前、兄殿下に直接雇われたのか? じゃぁ知らないのかもしれないが、アンドリュー殿下は頭だか心だかを病まれてるから、大概の話が通じないぞ? 口外はするなよ? 命が惜しければな」
侍従はじゃあなと手を振って部屋から出ていった。
今の話が全部聞こえていたはずのアンドリューは鼻歌を口ずさみながら、レターデスクの中を漁っていた。
聞こえていないのか、理解ができないのか……そう悩んでいた時だった。
「っはぁぁぁぁ、みんないなくなったね……うん、監視もいなさそう。うーん!」
アンドリューが急にイスの背もたれに寄りかかり、両手を上げて伸びをした。
これはもしや…………。
「お前、ずっと演技していたのか」
「そうだよ、兄さん! やっと会えたね!」
嬉しそうに微笑んでこちらに近寄って来る。
俺を見上げるとニコッと微笑んだアンドリューは、年齢の割には細く背も低いようだった。
「なぜ演技している?」
「うーん。始まりは、カルロッタ妃が亡くなった日なんだ」
――――カルロッタ、母さん。
どうやらあの日、アンドリューは正妃である母親に連れられ、あの現場を見せられていたらしい。
俺が六歳だったから、アンドリューは四歳……なんという悍ましいものを子どもに見せたんだ、あの正妃は。
「あのとき、僕と兄さんとね、どっちが頭が悪いのかを確認されてたんだ。あの日の朝にね、二人が話してたんだよ。傀儡にするのはどちらがいいかと」
母さんはとても聡明でいて正義感の強い女性だった。正妃は悪知恵の働くタイプの頭の良さがあるらしい。その件で仲違いしたのが原因で、俺たちが別の棟に住まわされていたらしい。
そして、戦争に負けたことでとある計画が進んでいったらしい。人質に出すのは賢い方。残しておくのは頭の悪い方。
「僕は……頭が悪い振りをしたんだ。もともとそんなにいい方でもないんだけどね…………カルロッタ妃が斬られたとき『あのひと、なんできゅうにねたの?』って」
アンドリューがごめんなさいと謝り、諦めたように微笑んだ。きっと俺に責め立てられる覚悟をずっと昔からしていたんだろう。
弟は弟でこの十二年戦い続けていたんだと知った。
「アンドリュー、頑張ったな」
そっと頭を撫でようとすると、一瞬ビクリと震えた。この反応は知っている。ビアンカ様について孤児院に行ったときに見た。虐待を受けている子どもの反応だ。
聞くと、諦めたような顔で頷かれた。
「アンドリュー、俺は王になりこの国を潰す。手伝ってくれないか?」
「あの二人、どうするの?」
「島流しにして、朽ちてもらう」
「僕にも手伝える?」
アンドリューの空色の瞳に火が灯った。
その日から、アンドリューと俺はともに国を取るための下地作りを行った。
独裁者と言えるような国王のおかげで、国が疲弊しきっていた。それに不満を訴える貴族たちはとても多かった。だが、公の場で言ってしまえば一族郎党が投獄されたり、不審死として処理されるので皆が口を噤んでいたらしい。
順調に仲間は増えていったが、大きな壁も出てきた。
王城内に腐敗した政治が蔓延り、上級の貴族たちで黒くない者がいなかったのだ。それらを徐々に追い出さなければ、あの二人にバレてしまう。
バレてしまえば、賛同してくれた者たち、俺もアンドリューも命が危なくなる。
なるべく内戦という手には持ち込みたくなかったので、ここには時間を掛けるしかなかった。
結局、あの二人にバレずに腐敗した者たちを駆逐していくのに一年以上が掛かってしまった。
弟――アンドリューとはいい関係を築けている。
子どものように話していたアンドリューだったが、流石に自分の年齢とのギャップに恥ずかしくなっていたらしく、口調を変えて話すようになった。
「国取りは、皇女殿下のためなんですよね?」
「あぁ。引いたか?」
「いえ、それほど思える相手がいて、羨ましいです」「お前もいつか巡り合うさ」
――――必ず迎えに行く。