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13:帰郷【ジル】




 帝国の城を出て船に揺られながら昔を思い出していた――――。




 休みの日や夜の数時間に帝王学などの教師をつけられ、自由になる時間はほぼなかった。だが、ビアンカ様の部屋で過ごすそういった気の抜ける時間は、俺にとってかけがえのないものとなっていた。


 年に一度の皇帝との面談で、ビアンカのことが好きかと聞かれた。どう答えていいか分からずに口を噤んでいると、皇帝がフンと鼻で笑った。


「バレバレなんだから素直に吐け。ビアンカはどんどん美しくなるぞ? 婚約者の候補も山ほどいる」

「っ――――!」


 そう言われて、膝の上に乗せていた手に力が入ってしまった。


「くははは! 十五になっても青いなジルベルト。約束を覚えているか? 達成すれば、願いは叶えてやれるぞ?」

「……それまでは、婚約者を決めないでください」

「んー? それだと、願いが二つになるな?」

「いえ、願いは一つです。ビアンカ様の婚約者を決めないこと。それより後は自力で掴み取ります」

「ふむ……いいだろう」


 それから本格的に自国へ戻るための計画が始まった。

 何かを察知したビアンカ様が不安そうな顔で気持ちを確認してきた。それに応える立場にない俺は、彼女を突き放すしか出来なかった。

 己の無力さに心底腹が立った。


 満期の十二年が経ち、ビアンカ様の元を離れると伝えると、涙目でもういらないと言われてしまった。

 抱きしめたい。キスをしたい。でも、それをするための立場はまだ俺にはなかった。


 別れの日は、目元を腫らして見送りに来てくれた。来ないという選択肢もあったのに。ビアンカ様の優しさに胸が締め付けられた。


 ――――愛してる。


 ビアンカ様を見つめ、心の中で囁いた。

 いつか、それを直接伝えるための戦いをしに、国へ戻ろう――――。




 サルメライネン王国に到着し、王城謁見の間に通された。

 息子と会話するだけなのに、謁見の間か。まだ皇帝のほうが父親らしいなと思う。


「よく戻った。帝国で仕入れた情報をまとめよ」


 父王は、俺がビアンカのお気に入りだという情報を仕入れて、これは使えると夢想しているようだった。

 十二年前の戦争も安直な考えから起こしたのだろうと簡単に予想がつく。

 我が父親ながら、本当に愚かな男だ。

 

 今日は船旅で疲れているので、翌日からにすると宣言したら、しぶしぶ了承していた。




 人質に出されるまで過ごしていた棟に向かう。

 母が亡くなり俺もいなくなったことで、建物は閉鎖されていた。

 草だらけの裏庭に行くと、平民のものと大差ない墓石が地面に突き立てられていた。


「ただいま、母さん」

『おかえりなさい、ジルベルト』


 頭の中で響いた母の声。忘れていなかったんだなとホッとした。

 あの日、目の前で絶命した母さんを助けられず、ショックのあまり言葉を失った。全てがどうでもよくて、心も閉じた。

 それをこじ開けてくれたのはビアンカ様だった。


 皇帝と約束をしたとき、サルメライネン王国に復讐することしか考えていなかった。

 知識を蓄え、それを武器にして、父王を引きずり落とし、王政をぐちゃぐちゃにしてやろうと思っていた。


 だが今は違う。

 ビアンカ様を手に入れるため、一切の手加減無しにこの国を落す。国を俺のものにし、ビアンカ様が生き生きと過ごせる国に改造してやる。

 そのためには禍根は残せない。父王には気持ちよく引退してもらい、何の権力もない状態でほぼ無人に近い離れ小島にでも隠居してもらおう。




 元々住んでいた棟が閉鎖されていることもあり、俺には客間が与えられていた。下級貴族用の。

 父王はあくまでも俺を搾取対象としか見ていないのだろう。


 兎にも角にも、先ずは弟である王太子を取り込むところからだろう。ということで、早速面会を申し込もうとしたが、様々な邪魔が入った。


 こういう奴らの手口は分かっている。帝国で嫌というほど体験してきた。

 下のやつが勝手に嫌がらせをしている場合もあるし、ビアンカ様の元婚約者が指示して行う嫌がらせもあった。


 皇帝は何でも経験にしろと言っていた。

 だからこそ嫌がらせなどもよく観察していた。そのおかげでビアンカ様を不安にさせたのは失敗だったが。


「さて……」


 帝国で稼いだ金は、戦争直後からサルメライネンでも使えるようになっている。流石、辣腕だと言われている皇帝だ。

 先ずは王城を抜け出し、服の買い出しに向かった。

 侍従たちの服装は帰国したときすでに確認済みだ。

 ちなみに、半ズボンとハイソックスの子どもの従僕は一人もいなかったことから、アレはビアンカの趣味なんだろうなと気づいた。

 まぁ、そんなとこも可愛いと思ってしまうのだから、ビアンカに堕ちてしまっている。


 侍従にそっくりなものを用意し着替え、王城内を散策して王族のみが入れる居住区画に行き着いた。

 顔を伏せ、やる気が無さそうに壁に寄りかかっていた近衛騎士に挨拶する。

 王城内を見て回っていたが、驚くほどに城内で働く者たちの覇気がない。

 どこまでも腐敗し、疲弊しているのが見て取れる。


「ジルベルト殿下より、王太子殿下へ伝言をお預かりしております」

「あー? たしかそれ禁止されてるだろ」

「火急の用事のようです」

「ふうん。そうそう、今日は飲みたい気分なんだよなぁ…………懐が暖かければなぁ……」


 ――――なるほど。


 見えないよう二人が飲み食い出来る金を渡すと、近衛騎士が口笛を吹いて、次も俺のときなら通してやるよと言った。もちろん謝礼はもらうが、とも。

 

 これはある意味扱いやすいな。

 将来的には分からないが、しばらくは重用出来そうな手駒を見つけることが出来た。




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― 新着の感想 ―
>これはある意味扱いやすいな。  うんうん。金にだけ転ぶのかどうかを見極めようとしていて、頼もしい〜  ただね、ビアンカちゃんをあれだけ傷つけといて、何かね〜、虫が良すぎる、とも思っちゃう乙女心持ち…
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