表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

まるいおにぎり、まるい気持ち

6月8日。


週末――それは俺にとって“推し”にすべてを捧げる神聖な日だった。


だった。


午前6時、目覚ましより先に目を覚ました。

今日こそは……と、心を燃やしていた。


南野咲良、2ヶ月ぶりのイベント当日。

場所は東京・有明。咲良がパーソナリティを務める番組の公開収録だった。


俺とあろう者が、流石にこの状況では現地参戦は見送ったけど、正午からの配信には絶対参加するつもりだった。


オタク仲間の黒羽と火影からも、「通話繋げながら実況しよな!」とDMが来ている。


そのために平日に買い溜めしておいた飲み物、冷凍ピザ、レトルトカレー。

完璧な布陣だ。あとは芽依を昼寝に誘導すれば、完勝の予定だった。


「パパ〜……おにぎり、まるいやつ〜……」


午前10時。芽依が目を覚まして最初に発した言葉。


「まるいの、な。買ってあるで」


そう、俺はこの日のために“まるい”コンビニおにぎりを3個ストックしていた。冷蔵庫に。天才か?


電子レンジで20秒、温めて手渡す。


「これ、ちがう」


「……は?」


「ちがうの。めいの、まるいのは、あったかくて、やわらかくて、のりがぺたってしてないやつ!」


「ぺた……って?」


どうやら芽依の“まるいおにぎり”は、コンビニではなく手作りのものでないといけないらしい。

というか、どのタイミングでそんな好み形成されたんや。


「じゃあ……今から作る?」


気づけば俺はキッチンに立っていた。炊飯器の残りごはんを確認。

……足りない。しかも炊いてない。


「芽依ちゃん、ちょっと買い物行こか」


「はーい、まるいのね〜」


もう完全に“パパが作る”前提になってる。

さっきまで“推し配信モード”だった俺は、炊飯用無洗米と鮭フレーク、焼き海苔、ラップ、そしてキッチンタイマーを持ってレジに並んでいた。



帰宅。炊飯スタート。

「炊き上がりまで約50分」の文字。


スマホの画面を見ると、もう11時前。タイムリミットが迫っている。


芽依は「アニメみる〜!」と床で転がっている。

どうしてこの子は、俺の大切な推し時間を狙い撃ちしてくるのか。


炊飯完了。ラップを広げて塩を振り、丸く握る。

熱い。指先が地味に火傷しそう。


けど芽依は隣で「まだ〜?」とずっと見ている。

あまりに視線が熱いので、もうひとつだけ作って味見してもらう。


「……うん!これ!これこれ!」


芽依がぱくっと頬張って、満面の笑みを浮かべた。



正午。

配信スタートの時間。


だが俺は炊飯器の釜を洗いながら、遠くで流れる通知音を聞いていた。


「……黒羽、火影、ごめん。俺、ちょっと遅れるわ」


推しの配信を、後で追いかけ再生するなんて、

現場主義者としてはありえない背信行為だった。


けれど、今日は。


「おにぎり、おいしい!パパのまるいの、いちばん!」


そう言ってもらえたことで、

ほんの少し、推しの尊さに近い“何か”をもらった気がした。



夜。芽依が寝たあと、録画配信を再生した。


咲良の声は、いつもより少し落ち着いていて、

画面の向こうで、ふっと柔らかく笑ったその瞬間、俺の時間が止まった。


《……今日もいろんな人に支えられてるなって、実感する日でした。

支えてくれてる誰かに、ちゃんと返していける人になりたいなって思います。》



まるで――

こっちの生活が、あっちに見透かされているみたいだった。


「……返していける、か」


俺に、何ができるんやろうな。

画面越しの咲良が、俺に問いかけてくるような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ