第6話『接触者と帝都の影』
翌朝、艦内の空調が柔らかく鳴る音で目を覚ました。
仮滞在中の生活にも少しずつ慣れてきたが、気を抜くとすぐ「地球にいた頃」とのズレを実感する。
今日の空は、昨日よりも青みが強く、空気中の魔力粒子が高濃度で舞っているとナビスが教えてくれた。
朝食を終えるとすぐに、リィナが部屋を訪れた。だが、いつもと違って、その表情には明らかな緊張があった。
「朔夜さん。今朝方、“帝都よりの視察官”が到着したとの報告がありました」
「……帝都から?」
「はい。おそらく、あなたとアストラ・ヴェールの件に関連しての“緊急派遣”です」
言葉の端々に、彼女の警戒がにじんでいた。
それも当然だ。帝都からの視察官というだけで、帝国全体の“関心”が本件に向いていることが分かる。
すぐに呼び出される──そう思っていたが、意外にも視察官はすぐに姿を現さなかった。
代わりに訪ねてきたのは、一人の青年だった。
「初めまして。帝国軍視察局、付属情報官のヴァル=ディセールと申します」
金の縁が入った黒衣の制服をまとい、整った顔立ちに冷静な瞳。
だがその目には、観察対象を値踏みするような光が宿っていた。
「朔夜・アマギ。あなたに、いくつか“確認”させていただきます」
俺は黙って頷いた。
「まず──あなたの乗艦、《アストラ・ヴェール》の構造および出自について。“この銀河のいかなる国家にも属していない”というのは事実か?」
「……ああ、たぶん。元々俺は、ここじゃない世界から来た」
「異世界、あるいは異次元由来の存在……と、暫定的に分類しています」
ヴァルはタブレット型の魔導端末を操作しながら、続けた。
「確認済みの事項を踏まえると、あなたとその艦は“単なる漂着”ではなく、戦略的に極めて危険な存在です。技術的にも、政治的にも」
「……戦略的に?」
「アストラ・ヴェールの攻撃力、機動性、魔力適応。どれを取っても、現行の帝国艦艇の基準を凌駕しています。現時点では“帝国の最新鋭旗艦級”を超えると見ています」
はっきりと言われると、背筋が冷える。
「あなた一人に、それを使う権利がある。これは、貴族制の下では“許されない”構図なのです」
そこまで言って、ヴァルはふっと息をついた。
「──ですが、私はまだ、あなたを“敵”とは見なしていません」
その目に、わずかな興味が宿っていた。
「それは……どういう意味だ?」
「私は、“秩序”を守る立場にあります。混乱を起こす者は排除すべきですが、“新しい可能性”として取り込めるなら、それも選択肢に入る」
つまり、今のところは“監視対象”ということか。
会話のあと、ヴァルは俺に握手を求めてきた。形式的だが、今後のやりとりのための“予告”だろう。
「正式な聴取は、後日改めて帝都より“使節団”が来る際に行われる予定です。それまでに、あなた自身の立場を考えておいてください」
そう言い残し、ヴァルは足音一つ立てずに去っていった。
*
夕刻、俺は一人、アストラ・ヴェールの艦橋に座っていた。
窓の外には、薄く霞んだ星々。
「……ナビス。俺さ、本当にどうするべきなんだろうな」
《選択肢は、既に提示されています。帝国と協調するか、拒絶するか。その中間点を探るか──》
「その中間が……難しいんだよ」
誰かの下につくのも、拒絶して敵になるのも、どちらもごめんだ。
でも、この艦の力がある限り、俺は“ただの大学生”ではいられない。
《一つだけ確かなのは──あなたには“交渉の材料”があるということです》
「……確かにな」
この艦も、ナビスも、俺の“手札”。
でもその手札を切るには、タイミングと覚悟が必要だ。
そして、俺はまだ──その覚悟を、決めきれていなかった。
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