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第62話『異端者たちの会合』

 エルフェリア本国、神聖樹シェリア・アールの枝に築かれた天上の都。その最奥に位置する《銀樹界議堂》では、再び重々しい空気が流れていた。


 淡い翡翠光を放つ水晶窓から、微かな振動が伝わり、聖なる樹脈の鼓動がまるで生命の息吹のように感じられる。その中央、重ね木の円卓を囲む老賢たちの視線が、一人の少女に向けられていた。


 ──セリュア・ノエル。


 月銀の髪を編み上げ、蒼玉の儀礼衣に身を包んだ彼女は、静かに頭を下げる。


「ご報告いたします。アステロニア=ゼロ、中央精霊祭壇における“響応”は確認されました。加えて──人間、アマギ・サクヤとの共鳴は、我が界議の想定を超える深度にありました」


 沈黙。


 重鎮の一人が咳払いをし、杖で床を軽く叩いた。


「……人間との共鳴、とな」


 言外に滲む、否定と警戒。


 だがセリュアは揺れない。まっすぐに彼らを見返した。


「彼は我々を“利用”しようとはしませんでした。力を示しながらも、あくまで対話を選び、祭壇の記憶に“応えた”のです。それは、我々が数百年待ち続けた“再起動の兆し”に他なりません」


「異邦の手による兆しを、認めよと?」


 別の議員が鋭く反応する。だが彼の声に、もう一人の長老が割って入った。


「その兆しが真であるならば……見届けねばなるまい」


 老いた指が円卓をなぞるように滑る。


「セリュア・ノエル、そなたを代表とする“再接触観測団”の設立を許可する。ただし、同行者として監視官を選出する。賢者ティアムの第三弟子エルン・グレイラを随行させよう」


 静かな波紋が、議堂に広がる。


 だがセリュアは、微かに頷いた。


「……異論ございません。どうか、この時代に必要な“真実”を、共に見届けてください」


 こうして──エルフェリアの扉は、正式に開かれた。


 《アステロニア=ゼロ》の軌道上を、透き通った翡翠の輝きを放つエルフェリアの外交艇が静かに周回していた。外殻はまるで銀葉を重ねたように精緻で美しく、惑星の荒涼とした風景とのコントラストを際立たせている。


 地表では朔夜が宇宙戦艦アストラ・ヴェールの着陸港で待機し、初めての公式な異種族外交団の到着を待ち受けていた。


「まさか本当にエルフが直接来るとはな……」


 朔夜は軽く息を吐きながら、横に控えるティシェリアを見る。彼女は外交官らしい落ち着いた佇まいを崩さず、緩やかに微笑んだ。


「エルフェリアのエルフたちは、深く精霊に共鳴し、極めて理知的かつ繊細です。ですが一方で閉鎖的で、他種族には極めて慎重な姿勢を取っています。どうか、彼らの立場も汲んで話をしてくださいね」


「分かっているよ。とりあえずは話し合いだな」


 そう言った朔夜の視界に、小型シャトルが優雅な曲線を描きながら静かに降下してくるのが映った。艦のAIナビスからも連絡が入る。


『コマンダー、エルフェリア外交艇、着陸シーケンス正常です』


 間もなく、着陸プラットフォームに銀色の船体が接地し、音もなく船の扉が開かれる。そこから真っ先に姿を現したのは、すでに面識のあるセリュア・ノエルだった。


「再びお会いできて光栄です、アマギ・サクヤ様」


「こちらこそ、セリュアさん。また会えて嬉しいよ」


 朔夜は丁重に礼を返し、そして背後のもう一人のエルフにも目を向けた。整った灰銀色の髪を肩まで伸ばした青年は、涼やかな眼差しで朔夜を観察していた。


「初めまして、アマギ殿。私はエルン・グレイラ。今回の訪問において、“監視官”を務める者です」


「監視官?」


「ええ。誤解なさらぬよう申し上げますが、あなた個人への敵意ではありません。ただ、私たちは慎重なのです。あなたが精霊とどのような関係にあるのか、それを確認させていただく責務があります」


 静かな圧が込められた言葉に、朔夜は頷くほかなかった。


 交渉の場は、《アストラ・ヴェール》内に設けられた特別会議室だった。


 円卓を挟み、セリュア、エルンらエルフェリアの代表団、朔夜、ティシェリア、そしてアステロニア行政担当者らがそれぞれ席につく。


「まず、我々エルフェリア側から申し上げます。あなたが中央精霊祭壇で示した『精霊との響応』は、私たちの文明にとって極めて重大な意味を持ちます」


 セリュアが凛とした声で切り出した。


「しかし、それ故に私たちは恐れてもいます。あなた方の目的は何か、精霊の力をどのように使うおつもりなのか、それを明らかにしていただきたい」


 問いかける視線に、朔夜は冷静に向き合った。


「俺が望むのは、決して力の独占や他者への侵略ではありません。この惑星の人々が安全に暮らし、自分たちで運命を選べるようにするためです。精霊の力もまた、この地に元々あるもの。共存を模索したいと思っています」


 ティシェリアが補足を加えるように口を開く。


「また、我々は精霊力の利用についても、エルフェリアの助言を得たいと考えています。私たち人間にとって未知の領域ですから」


「共存、か……」


 エルンがわずかに眉を寄せ、慎重な様子で呟いた。


「理想は美しいが、実現は容易ではありません。我々エルフですら、精霊の加護の維持に多大な犠牲を払ってきました。あなた方が無自覚に踏み込めば、精霊層が乱れ、取り返しのつかない事態になる」


「だからこそ、直接対話が重要なのではないですか?」


 セリュアが穏やかに介入する。


「共に精霊に寄り添い、対話を重ねることで解決できる道があるかもしれません」


 エルンは一瞬の逡巡の後、小さく息を吐きながら頷いた。


「分かりました。監視官としての判断は保留しましょう。ただ、くれぐれも慎重な行動をお願いします」


 場の空気がわずかに和らぐ中、朔夜は静かに頷いた。


「ありがとう、信頼に応えられるよう努力します」


 こうして、エルフェリアとの正式な対話は幕を閉じた──。


 アステロニア=ゼロの地表に穏やかな外交の風が吹いていた頃、その影では、別の力が静かにうごめいていた。


 かつて放棄民の仮設居住区だった旧居住エリアの廃墟。その最深部にある地下空間。ほの暗い灯火に照らされた薄汚れたテーブルを囲み、フードを深く被った数名の人物が囁き合っている。


「……エルフェリアの訪問団とやらが、正式に交渉を始めたそうだな」


 低くかすれた声が響いた。その言葉に、向かいに座る細身の男が苦笑したように肩を揺らした。


「ああ、だがそれも表の話だ。重要なのは『アストラ・ヴェール』が持つ、あの力だろう?」


 その男こそ、かつて銀河商人として名を馳せた一族の末裔、情報屋リヴ・ヴェイロンだった。彼は表の外交の舞台に全く興味を示さず、その奥に隠された真実にのみ鋭く焦点を合わせていた。


「アストラ・ヴェールの力は、単なる軍事力にとどまらない。古代遺構の中で“主権者コード”に呼応したことからも明らかだ。あの艦は、この銀河の伝承に現れる『忘れられた神域』へと繋がる可能性を秘めている」


「神域、か……」


 もう一人の人物が渋い顔をした。


「だが、神域の扉を開くというのは、伝承では“破滅”を呼ぶとされているぞ?」


「伝承に惑わされるな。我々が知るのは事実のみ。アマギ・サクヤという人物が精霊との共鳴を成功させ、さらには『主権者コード』の承認まで得ている。それはつまり──」


 リヴは薄い唇を歪めて笑った。


「彼こそが、神域への鍵を持つ存在ということだ」


 その場に緊張が走る。彼らは皆、銀河の隠れた伝承や秘密を追い求めてきた異端者たちだった。神域への道──それは権力や富、あるいは未知の叡智を求める者にとって、抗いがたい誘惑だった。


「だが、当の本人がその力を知らなければ意味がない」


「問題はそこだ。アマギは自分の真価をまだ知らない。彼の力を引き出すためには……我々の存在を意識させる必要がある」


 言葉が交錯する中、リヴが静かに立ち上がった。


「それならば、私が直接動こう。彼との接触を試み、彼の目を神域に向けさせる。精霊と神性、その狭間で彼がどちらを選ぶのか──見ものではないか?」


 誰もが息を呑む中、リヴの顔に冷徹な微笑が浮かんだ。「これは取引ではない、“共犯”の始まりだ」


「銀河の未来が揺らぐ時ほど、我々には絶好の機会なのだ。異端者こそが真実に近づく資格を持つ。アマギ・サクヤを導き、我らは銀河の核心に触れるだろう」


 異端者たちは沈黙の中、頷き合った。闇の会合は解散し、リヴは外套を翻しながら、地下空間を後にした。


 ──静かな夜風が頬を撫でる。


 廃墟を背にしながら、リヴは空に浮かぶ《アストラ・ヴェール》の艦影を仰ぎ見る。その姿は、夜空の中に神々しく、そして危うげに浮かび上がっていた。


「さあ、コマンダー。君が開けるのは希望の扉か、それとも──」


 彼の呟きは、夜風に溶けて消えた。


 精霊と神性、叡智と狂気、異端と正統──。


 銀河の未来をめぐる知と信仰の戦いは、こうして、静かに、しかし確実にその幕を開けつつあった。


《ログ:読了ありがとうございます》


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《次回座標、設定中……》

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