第61話 『森に届いた声と古き民の再集』
アステロニア=ゼロ。
惑星の再生は静かに、だが確実に進んでいた。
かつて《アトラ・ヴェイム》が眠っていた地──封印区画の周辺には、新たな制御設備と観測塔が築かれ、技術と祈りが共存するような空間が生まれつつあった。その中心には、星の鼓動を感じるような微細な波動が常に流れていた。
「……魔素の流れ、だいぶ安定してきたわ」
リィナは展望デッキで浮遊するモニタ端末を操作しながら呟いた。
惑星に根付く“霊脈”が呼吸を取り戻してきている。
それは同時に、この惑星がかつての“命の器”としての役割を取り戻し始めた証でもあった。
「ナビス、この反応……まさか、精霊層とリンクしてるの?」
《推測一致率87%。アトラ・ヴェイム内部から、魔素通信帯に微細な干渉波が流れています。おそらく、精霊界側がこちらの存在を“認識”した可能性があります》
「……やっぱり」
リィナの胸に、かすかなざわめきがよぎった。
この惑星がただの“拠点”では終わらない──そう確信できる何かが、今、動き始めていた。
その頃──
ティシェリアは、エルフェリア本国の銀樹界議へ帰還していた。
神聖樹の枝に築かれた天上宮廷では、彼女の報告に対し、静かなる動揺が走っていた。
「神性兵器との“共鳴”……それを“意志”で制御しただと?」
老賢者が低く呟く。
「しかも、その者は人間。異邦の民……まさか“遺構に選ばれし者”が再び現れるとは」
会議の空気は重く、緊張に包まれていた。
だがその場に、ひとりだけ、まったく違う反応を見せる者がいた。
若き賢者、セリュア・ノエル──月銀の髪に精霊耳を携えた、知の探究者。
「ならば──私が彼に会いに行きます」
その声は穏やかだったが、揺るぎない意志を帯びていた。
「“鍵”を持つ者が現れたのなら、我らは扉を開くべきです。それとも、ずっと閉じこもったままでいろと?」
彼女の言葉に、老いた議員たちは言葉を失った。
こうして──銀樹界議は動き始める。
《精霊層との再接触》──その先にある真実を見届けるために。
*
アステロニア=ゼロ、惑星南西部の密林地帯──かつて放棄された自然再生区域にて。
その奥深く、未登録の魔素反応が観測されたという報告を受け、朔夜たちは現地調査に向かっていた。
「妙だな……この密度、単なる霊脈の変動じゃない。まるで、誰かが“扉”を開こうとしている」
ゼロスの目が警戒に染まる。
霧に包まれた森の奥へと進むたび、空気が静かに──しかし確実に“異質な層”へと変化していく。
その空間には、音がない。
風も、鳥の囀りも。だが、代わりに──微かな“ささやき”が、木々の間から届いてくる。
「……詩のようだわ」
リィナが低く呟く。
その詩は、誰が紡ぐでもなく、森そのものが語っているかのようだった。
そして──
「待って! あれは──」
前方、樹々が裂けるようにして道が拓け、淡い銀光を帯びた存在が姿を現す。
細身の体、精霊樹の繊維を編んだような儀礼衣、そして──深い翠の瞳。
エルフェリアから派遣された、使節の先遣隊だった。
その中央に立っていたのは──
「ようやくお会いできました。あなたが……アマギ・サクヤですね?」
セリュア・ノエルが、礼を込めて頭を下げる。
「私は、銀樹界議より遣わされた“精霊観測士”です。精霊層よりの共鳴が、あなたの名を含んで伝わってきました」
その言葉に、朔夜の胸に一つの想いが過った。
(また、“選ばれた”のか──)
だが、それは決して運命への服従ではない。
「これは運命じゃない。俺は、自分の意志でこの星に立っている。それが届いたのなら──応えたい」
朔夜はその手を差し出した。
セリュアは、ほんの一瞬だけ驚き、そして──微笑んで、その手を取った。
「ええ、対話の扉は、こちらからも開かれています。どうか、この“森”の声を聞いてください」
朔夜たちはセリュアに導かれ、密林の奥深くに位置する《精霊交信の祭壇》へと足を踏み入れた。
そこは、地表とは思えぬ静謐さに満ちていた。
古の言葉が刻まれた樹の柱、そして風に揺れる結晶葉の鈴が奏でる音が、まるでこの場を“異界”として区切っているようだった。
「この祭壇は、私たちエルフェリアが精霊との約定を交わす場所……けれど、長らく沈黙していました」
セリュアの声がわずかに揺れる。
「ですが、最近になって──再び“響き”が返ってきたのです。あなたの存在が、ここにも届いたのでしょう」
そのとき──
朔夜の腰に帯びた、アストラ・ヴェールの主制御端末が淡く光を放った。
《共鳴反応を確認。精霊層との位相リンクが発生。波形パターンはエルフェリア神聖樹系統と一致》
ナビスの報告に、ゼロスが目を細めた。
「アストラ・ヴェールは、単なる兵器じゃない……精霊との共鳴すら可能にしている。これは、異文明間の橋だ」
朔夜が無言のまま祭壇に近づくと、その中心に刻まれた紋章が一際強く輝いた。
そして、光がひとつの“記憶”を映し出す。
──それは、かつてこの惑星が“まだ名を持たぬ星”だった頃。
星の呼吸に耳を傾け、命と共に生きようとした精霊の民たちの、静かな記録だった。
過去と現在、そして未来が、ひとつの“意志”として重なる。
その中心に、今──朔夜が立っていた。
「……星は、まだ語っている。忘れられたものを、見捨てられた声を、誰かに伝えようとしている」
彼の瞳がゆっくりと祭壇を見つめる。
「なら俺も──この声を受け継ぐ。星に生きるすべてと、共に在ると誓う」
その言葉に、祭壇全体が共鳴するように淡く光を放った。
セリュアはそっと目を閉じ、静かに告げた。
「……この地は、あなたを継承者と認めました。銀樹界議の名において、貴方との“対話”を正式に始めます」
*
帰路の展望区画で──
リィナが静かに言った。
「朔夜、あの精霊の記録を見て、怖くなかった?」
朔夜は、わずかに目を伏せてから答える。
「怖くなかったわけじゃない……でも、だからこそ守りたいと思った」
彼の声には、揺らぎのない確信が宿っていた。
セリュア・ノエル──銀樹界議の使者。
彼女の存在は、アステロニア=ゼロと銀樹世界をつなぐ第一の橋となった。
銀河に広がる“古き民”の声は、再びこの星に集まりつつある。
旗を掲げる者のもとに──
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