第59話『訪れし銀月の民』
GWは皆さん楽しみましたか?
私はインフルエンザで悲しんでました...
静けさが戻ったアステロニア=ゼロの軌道上を、アストラ・ヴェールはゆるやかに周回していた。
主権継承が完了してから数日。惑星表層の霊脈は安定し、周囲の空間波動も落ち着きを取り戻している。だが、その平穏の裏で、銀河は確かに動いていた。
ナビスが、艦橋の主モニターに新たな通信信号を映し出す。
《交信内容:エルフェリア樹宙同盟・外交評議局より。主権継承者宛。内容:公式使節の派遣申請および霊脈観測に関する共同協定の事前交渉》
「エルフェリア……来たか」
朔夜は静かに息をつき、ナビスに通信の再生を指示した。
そこに映し出されたのは、気品に満ちた女性エルフ。銀白の長髪を編み上げ、透き通るような碧眼が朔夜を射抜いている。肩口まで届く襟装束には蔦を模した意匠が織り込まれ、中央星域の高位文官であることが一目でわかった。
《我ら、樹宙同盟の高位連絡官、ティシェリア=ルミエールと申します。アステロニア=ゼロの継承と、霊脈安定の報を受け、正式な交渉の場を設けたく存じます──神機の継承者として、あなたの理念を直に伺いたい》
その声音には、疑念と尊敬が絶妙に織り交ぜられていた。
「……礼儀正しいが、目は試してきてるな」
朔夜の隣で、リィナが小さく苦笑する。
「彼らにとって《アトラ・ヴェイム》のような存在は、信仰の対象と紙一重だから」
「信仰か……俺が神様じゃないってことを、ちゃんと話さないとな」
ゼロスが補足するように口を開く。
「エルフェリアの外交姿勢は柔軟だが、内部には“技術保守派”と“拡張派”の二派閥がある。来るのはおそらく、その調整役だ」
「こちらの意志を伝えつつ、歩み寄る必要があるってわけか」
朔夜は頷き、アストラ・ヴェールの艦首方位をゆっくりと惑星の着陸地点へ向けた。
アステロニアの上空に、まもなく一隻の艦影が滑り込んできた。銀の葉脈を描いた流線型の外殻、そのシルエットはまるで星間を舞う梢のような優美さを湛えていた。
それが、《エルフェリア樹宙同盟》の外交船──《リル=アレティア》であった。
「よし──迎えに出よう。ここからが、俺たちの“銀河との対話”の第一歩だ」
アステロニア=ゼロの迎賓区画──惑星中央の霊脈が交差する、まるで星の記憶が宿るかのような古代の石碑群。その石碑は、太古の言語が刻まれた青白い輝きを放ち、霊脈の流れに応じて微細な脈動を響かせていた。大地に根差すように佇む石柱の合間には、空中に浮遊する浮遊岩が霊的な軌道を描いており、訪れる者を静かに迎え入れる。
その一角に、仮設ながらも精巧な交渉ドームが設けられていた。星の呼吸を妨げぬよう半透明の外殻で包まれたその建物は、周囲の自然と調和するよう設計され、アストラ・ヴェールからの転送機を通じて、朔夜たちはそこへと降り立った。
間もなく、銀葉の紋章を掲げた外交艦《リル=アレティア》が着陸する。
開かれたハッチの向こうから現れたのは、静謐な威厳を纏った女性だった。銀糸を織り込んだ公式装束に、翡翠の額飾り。肩には薄く発光する蔦模様の装置が絡むように配され、呼吸に合わせて淡い緑光を放っている。
彼女こそ、エルフェリア樹宙同盟より派遣された高位連絡官──ティシェリア=ルミエール。
「初めまして、アマギ・サクヤ殿。主権継承を果たした者として、まずは祝意を」
「……こちらこそ、来訪に感謝します。ティシェリア連絡官」
短い挨拶ののち、交渉ドーム内部に設けられた会議卓へと向かう。天井には霊脈の揺らぎを再現したホログラフィーが漂い、壁面にはアステロニアの地層断面が投影されていた。
「銀河連合の旧記録によれば、この星は“無限核接続領域”に指定されていたはず。にもかかわらず、長らく放棄されていた」
ティシェリアの言葉には、問いかけと非難の両方が滲んでいた。
「放棄されていたのは、“記録”だけです。星そのものは……今も生きている」
朔夜の返答に、彼女の目が微かに細められる。
「なるほど。ならば、我々が今立っているこの地に、再び命脈が流れたというわけですね」
「霊脈の再活性は、主権の継承と同時に起こりました。けれど、それは“支配”じゃない。“共鳴”です」
「……共鳴」
ティシェリアはその言葉を噛みしめるように繰り返した。
「ならば、問わせてください。あなたは、この惑星をどう導くつもりですか?」
一瞬、朔夜は息を止めた。
記憶の奥にある問いが、静かに心の表層に浮かび上がる。
あの夜──ただ星を見上げていた、あの日常。
全てを失い、全てを手にしたこの世界。
その中で出会った命の灯火。彼らの声が、笑顔が、今の自分を形作っている。
ただ力を得るためではなく、ただ旗を掲げるためでもなく──
ともに生きる場を、共に築く覚悟を。
朔夜は目を開け、迷いのない声で答えた。 かつての技術的栄華を取り戻すのか、それとも新たな秩序を築くのか?」
それは単なる外交儀礼ではなかった。エルフェリアとしての本音、そして惑星の未来を共に構想する覚悟を計る問いだった。
朔夜は短く目を閉じ、静かに言葉を紡ぐ。
「この星にある技術も、想いも、過去も未来も──すべて“誰かと共に生きるため”のものとして扱いたい。閉じた神ではなく、開かれた意志として」
会議卓の空気が、わずかに震えた。
ティシェリアはその言葉を聞き、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
朔夜はティシェリアの問いかけに対し、一拍の間を置いた。
その瞳には、地球での日々、異世界で出会った仲間たち、そして幾度となく選んできた選択の軌跡が宿っていた。
彼の肩にのしかかるのは、神の名を背負うことではなく、人としての意志を示す責任だった。
「……どうやら、あなたは本当に“神ではない”ようですね。ならば、対等に言葉を交わせることを喜びましょう」
そのとき──
《警告:惑星軌道外縁にて未知艦影を確認。識別コード不明、エネルギー反応急上昇》
ナビスの緊急通信が、朔夜の通信端末から走る。
「何だと……?」
リィナが即座に連絡を展開し、ゼロスがセンサー解析へと走る。
「エネルギー反応波形……見覚えがある。これは、“あの連中”だ」
ティシェリアも立ち上がった。
「まさか、私たちの接触に合わせて……?」
朔夜はすぐさま通信を開き、アストラ・ヴェールの管制へと指示を出す。
「ティシェリア連絡官、申し訳ないが──交渉は一時中断だ。あれは……話し合いでは済まない存在かもしれない」
警報の余韻がまだ消えぬまま、アストラ・ヴェールの上空──アステロニア=ゼロの外縁衛星軌道に、漆黒の影が出現した。
それは、静かに宙に漂いながらも、重力の均衡を無視するかのような存在感を放っていた。艦影は不規則にゆらぎ、観測データすら確定できないほど不安定な構造をしていた。
《艦種不明。エネルギー構成:既知の魔力構造、及び物理法則と一致せず。》
ナビスの報告に、ゼロスが声を潜める。
「これは……神性干渉型の“領域艦”……」
「セラフィエルのものか?」
朔夜の問いに、ゼロスは一拍の沈黙を置いて頷いた。
「構造波形は一致していない。ただ……“近い”ものを感じる。セラフィエルとは別系統、だが似た方向性を持つ“存在”だ」
ティシェリアが鋭く言葉を挟んだ。
「まさか……神話に語られる“模倣された神性兵器”?」
その言葉に、艦橋内の空気が一気に張り詰めた。
──“神に届かんとした者たちの技術が、神性の理を真似ようとした時、彼らの創ったものは神にも魔にもなれず、ただ世界の縁に棲まう異形となった”──
古代樹語の断片が、朔夜の記憶に浮かぶ。
未知の艦影から、通信らしき波動が放たれた。が、それは言語でも、音でもなく、精神を直接叩く“圧”のような感覚だった。
「……これは、警告じゃない。誇示だ。『ここにいる』と“知らしめる”意志」
リィナが顔をこわばらせた。
「つまり、“おまえたちの動向はすべて見ている”ってこと……」
《主砲起動確認。高密度収束型、全方位索敵型エネルギー兵器。照準未確定》
ナビスの警告が重なる。
次の瞬間、未知艦の艦体下部から、網のように広がる光線が走った。地表に直接攻撃する意図はないようだったが、それは明確な“力の行使”であり、無言の恫喝だった。
「アストラ・ヴェールを出す。全兵装待機。……これは、戦闘ではなく“拒絶”の意志表示だ」
朔夜の決断に、ゼロスが頷いた。
「こちらが引けば、介入を許すことになる」
朔夜の声が、静かに艦橋に響く。
「旗を掲げると決めた以上……惑星も、来訪者も、俺の責任だ」
アストラ・ヴェールが主砲を展開し、艦体の各セクションが戦闘配列へと変形する。その動きは、対話の終了を意味していた。
だが──そのとき。
銀の光が、軌道の彼方から割って入った。
突然の閃光に、朔夜の目が細められる。
その視線の先に現れた艦影──それは威嚇のためのものではなかった。
「これは……!」
新たな艦影。だがそれは攻撃ではなく、明らかに防衛介入だった。
ティシェリアが目を見開く。
「あれは、《シルヴィア=ヴァルナ》。エルフェリア本国からの特使艦……!」
通信が開かれた。荘厳な衣を纏う老練の女性が映し出される。
『アマギ・サクヤ殿、我らエルフェリアは貴殿の“意志”を見届けた。ゆえに、この星に対する干渉を“共に拒む”ことをここに宣言する』
朔夜は一瞬だけ驚き、そして力強く頷いた。
「……ありがとう。ティシェリアの言葉が、届いたんだな」
「我らは、共に立つ。そう言ったでしょう?」
交渉の始まりが、すでに“信頼”という名の根を張り始めていたのだ。
──こうして、アステロニア=ゼロは初めて“盟友”を得た。
それは、星を守る盾となり、銀河に向けて立つ新たな旗印となる。
*
その夜、交渉ドームには、再び穏やかな空気が流れていた。
「では、改めて……我らが“盟約”を交わす時ですね」
ティシェリアが差し出した手を、朔夜はしっかりと握り返した。
交わされたその手には、これまでの葛藤と、これからの希望が宿っていた。
朔夜の瞳は揺らがず、静かに言葉を紡ぐ。
「共に歩もう。未来を、信じる者同士として」
窓の外、アステロニアの空に、銀の光が静かに流れていた──。
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