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第57話『忘却と継承の交点』

 アステロニア=ゼロの中枢制御塔。その一室で、ナビスの報告が静かに空間に響いた。


《異常波動、継続検出中。座標は星系外縁の重力断層帯、識別ラベル:Ω-117。波形特性──主権コード構造との類似率67.3%》


「主権コード……? 新しいやつか?」


 朔夜はホログラムに映し出された星域マップを睨んだ。断層Ω-117は銀河地質史においても未解明の宙域。定期航路すら確立されていない“不定界”だ。


「不安定な干渉波……断層の揺らぎに呼応するような、断続的な反応……」


 リィナが腕を組み、低く唸る。


「まるで、呼びかけてるみたいだね」


 ゼロスが補助回路に指を添え、応答信号を慎重に撚る。


「単なるノイズではない。“意志”がある。しかも──これは……記録されていない。データベースにない主権コード特性」


 朔夜はすぐに決断した。


「アストラ・ヴェールを出す。俺たちで確認する」


「断層の中で何が待っているか……分からないわよ」


「それでも、行く」


 その声に、誰も反論しなかった。



 数時間後。アストラ・ヴェールは断層Ω-117への航行軌道に乗っていた。


 その艦内──第2観測室の前方パネルを見つめるユリオ・グラナドは、胸の奥でざわめく何かを感じていた。


(……この波動、知っている? いや、違う……でも、懐かしい……?)


 彼の視線が、スクリーンに映る光の残滓に重なる。


 それは言葉にできない何か。名前を与えられなかった声。記録にならなかった記憶──未知なる“交点”が、静かに姿を現そうとしていた。



 アストラ・ヴェールが断層Ω-117に突入した瞬間、艦内の重力制御にわずかな乱れが走った。外壁に沿って走る青白い波紋──それは通常空間と異なる「断層宙域」の境界面特有の揺らぎだった。


《航行安定化処理を継続中。断層深度は想定より23%上昇──中心に引き込まれるような引力特性を持っています》


 ナビスの報告が淡々と響く中、観測パネルに映し出されたのは、断層中央で脈動する“構造物”だった。


 それは、巨大な金属の環。崩壊しかけた円環状の構造体が、まるで宇宙に忘れ去られた「門」のように浮かんでいた。


「……あれは?」


 朔夜が息を飲む。


 環の内側には、淡く揺らめく空間のひずみがあり、その中心には小さな艦──いや、“船”と呼ぶべき古式の構造物が、静かに浮かんでいた。


《構造分析──識別不能な技術体系。外殻素材にジィロ反応微弱有り。搭載波長、主権コード類似反応──70%以上の一致》


「主権コードの残滓が……“あの船”に?」


 艦が近づいたそのとき、不意に通信チャンネルが開かれた。


 だがそれは言葉ではなかった。映像でもなかった。


──記憶だった。


 断続的に流れ込む断片。誰かの視点。誰かの手。誰かの喪失。そして、誰かの“継承”。


 まるで“記録されなかった歴史”が、精神に直接流れ込んでくるかのようだった。


「これは……」


 リィナが呻く。ゼロスですら、眉間に皺を寄せていた。


 そしてその瞬間、朔夜の瞳の奥に“像”が立ち上がる。


 それは──かつてこの銀河で生き、誰にも継がれずに終わった一つの“継承者”の姿だった。


 全員が言葉を失った中、ユリオがぽつりと呟く。


「……彼は、失われた“前の継承者”……」


 その声には、過去を見てきた者のような確信と、どこか遠くを見つめる憂いが込められていた。

 朔夜は一瞬、目を伏せる。そして静かに言葉を継いだ。


 朔夜はほんのわずかに目を閉じた。思い返すのは、かつて自身が選ばれた瞬間──それが望んだものかさえ分からず、ただ運命に巻き込まれた自分。だが、この銀河で数多の人と出会い、守るべきものを見つけ、ようやく手にした確信があった。


「……誰にも名を呼ばれなかった。でも、あの記憶には――あの意志には、確かに“継がせたい”という思いがあった」


 彼らの前に現れたのは、名も持たず、記録もされず、だが確かに存在した“誰か”。


 そして、その“存在”が──朔夜に呼びかけていた。



 精神に流れ込む記憶の奔流──それは、断片的ながらも確かに一つの“意志”を持っていた。


 言葉ではない、だが確かに伝わる問いかけ。


「おまえは、なぜ継ぐのか?」


 過去に継承の資格を持ちながら、銀河の混迷と共に歴史から消えた“彼”が残した記憶は、自己犠牲と絶望、そして再起への願いに満ちていた。


 ナビスが静かに報告する。


《精神干渉の正体を確認──記録されなかった主権継承個体、“アル=シエル”。銀河連合崩壊直前、最終ノードの一つを守り、消失》


 ゼロスが続ける。


「その名は……俺の中枢データにもなかった。だが、確かに“残っていた”んだ。存在の痕跡が、記憶ではなく、意志の形で」


「問われてるんだ、俺がこの“主権”を何のために使うのかを」


 朔夜はゆっくりと前へ出た。


 アストラ・ヴェールのコアシートが開き、主権コードの共振が始まる。周囲の光が収束し、艦全体が静かに“記憶の残響”を受信していた。


 そして──


「……俺は、力が欲しかったんじゃない。

 ずっと自分が“異物”だと思っていた。星を見ていたあの夜も、この銀河に来た最初の日も、自分に何ができるか分からなかった。

 でも今なら分かる。必要だったのは、この星に、生きる未来を作る力だった」


「それはきっと、お前が守ろうとしたものと同じだ」


 その瞬間、空間に残っていた記憶波が──静かに“応答”した。


 光が一点に集まり、断層の中心にあった“古の船”が、静かに崩壊していく。だがそれは、消滅ではなかった。


 魂の残響が──今、次なる継承へと“受け渡された”のだ。


《記録追加:失われた継承者“アル=シエル”の意志、主権連結網の補完構造体として統合完了》


《記録更新:主権コード・拡張記録層接続 レベルDへ上昇》


 リィナが、静かに朔夜を見つめる。


「あなたの“継承”は、ただ与えられたものじゃない……誰かが、命をかけて渡した意志そのものなのね」


 朔夜は頷いた。


「なら、俺が返すべき答えは一つだ。次に、この力を必要とする誰かが現れたとき、同じように、託せる未来を作る」


 虚空の裂け目が閉じ、断層宙域は静けさを取り戻した。


 だが、朔夜たちの旅路は、今まさに新たな局面を迎えようとしていた。



《ログ:読了ありがとうございます》


感想やブックマークは、物語の“銀河航路”を確定させる大切な観測点です。

あなたの感じたことが、次の物語の推進力になります──ぜひ一言でも届けてください。


また、更新情報や制作の裏話はX(@hiragiyomi)でも発信中です。

フォローしてもらえると、ナビスも喜びます。


《次回座標、設定中……》

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