第5話『帝国と辺境の現実』
アストラ・ヴェールの調査がひと段落し、俺はしばしリィナの案内で、要塞都市の内部を見学する許可を得た。
もちろん“視察”という名目で、監視は付きまとう。
それでも、ようやく見えた。
この世界の人々の“暮らし”が。
魔力水路が走る通り。空に浮かぶ魔導灯。地上では動物型の搬送機が吠えながら資材を運び、空では魔力飛行艇が滑空していた。
技術は明らかに高度だが、どこか懐かしさを覚える街並みだった。
蒸気と魔力が混じったような匂いのするこの空気も、だ。
「ここが市民区画です。居住・商業・学術が混在しています」
リィナの声は淡々としていたが、どこか誇りが混じっていた。
「帝国の辺境領でこれだけの水準なのか」
「はい、もっとも……ここは“維持されている方”ですね」
ふと彼女の目が陰る。
「……ほとんどの辺境は、もっと荒れています。資源の奪い合い、魔力の汚染、そして小規模な戦闘が絶えません」
それは、学術書で読んだような、どこか遠い国の話に聞こえた。
でも今は、足元の地面がそう語っている。
「この星……アリヴェスも例外じゃありません」
少し先の広場では、軍人と見られる若者たちが訓練をしていた。木剣での立ち回り、魔力球の投擲、そして叫ぶような掛け声。
その横を、まだ小さな子どもたちが列をなして通り過ぎる。
皆、静かだ。
明るさも、無邪気さも、ない。
「戦争が……あるのか」
「あります。星系間の衝突、領土紛争、そして魔力資源の奪い合い。
帝国は広大ですが、完全に統治しきれてはいません。むしろ、権力は“貴族”たちのものです」
リィナは立ち止まって空を見上げる。
「この世界に生きる者は、皆、何かと戦っています」
彼女の言葉が、胸に残った。
*
案内の途中、リィナは一件の施設に立ち寄った。
帝国の調査局支部──要するに、科学者や技術者が集まる研究機関らしい。
その一室に通された俺は、数人の研究員たちに囲まれる形になった。
「これが……“異星由来の存在”か」
「構造は人間と一致する。だが脳波パターンが……」
「これは観測史上初の──」
リィナが手を上げて静止を促す。
「質問は一つずつにしてください。彼は“囚人”ではなく、協力者です」
その言葉がありがたかった。
結局、簡単な質問と身体スキャンだけでその場は終わったが──
途中、研究者の一人がぽつりと呟いた。
「この艦と彼が接続されているなら……下手をすれば、帝国の戦略構造すら揺らぎます」
その言葉は静かに、しかし確実に、部屋の空気を変えた。
俺は無意識に拳を握っていた。
*
日が暮れる頃、再び艦へと戻った。
リィナと肩を並べて歩いていた俺は、ふと、聞かずにはいられなかった。
「なあ……俺って、このままこの世界でどうなるんだ?」
リィナはしばらく黙っていたが、やがて小さく答えた。
「……それを決めるのは、あなた自身です。
でも、ひとつ言えるのは……あなたは既に、“知られて”しまいました」
「知られて……?」
「本日、帝都への第一報が発信されました。あなたとアストラ・ヴェールの存在は、すでに“記録”に残っています」
「じゃあ……もう、戻れないんだな」
「ええ。そして、おそらく──近く、誰かがあなたを“迎えに”来るでしょう」
それが、どういう意味を持つのか。
今の俺には、まだ分からない。
ただ、この世界の“中心”が、確実にこちらを向き始めた。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!
本日は一気に5話分の更新となりましたが、今後も定期的に続きを公開していく予定です。
朔夜の運命はこれから大きく動き出します──次回の更新もぜひお楽しみに!