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第56話『継がされる物の声』

封印カプセルは、静かな光とともにその外殻を解放し始めた。


空間の圧力が微かに変化し、カプセル内から冷却蒸気がゆっくりと放たれていく。ナビスのセンサーには、内部の生命反応が確実に増幅していることが表示されていた。


《生体信号安定化完了。脳波パターン活性化。意識レベル、臨界を超過》


透明な封印窓の向こう、静かに目を開けたのは──白銀の髪を持つ中性的な人物だった。

装甲のような義肢を右腕にまとい、神経接続端子が首元から背中へと繋がれている。目元は一瞬空ろだったが、やがて明確な焦点を持って朔夜たちを見つめ返してきた。


その瞳には、“理性”と“拒絶”が同時に宿っていた。


「名を、問う」


彼──あるいは彼女は、低いが澄んだ声でそう言った。


朔夜が一歩前に出て名乗る。


「アマギ・サクヤ。主権継承コードの保持者だ。君は?」


銀髪の継承者は短く沈黙し──そして、まるで機械的に処理された答えのように口を開いた。


「……ユリオ・セフィラ。登録記録なし。“第二継承個体”として、起動コードのみを残され、放棄された者」


空気が張り詰める。


「放棄……?」


リィナが思わず口にすると、ユリオの目がかすかに細められる。


「継承者とは、選ばれる者だろう? だが私は選ばれなかった。“失格”として閉じ込められた。あなたは……“選ばれた”」


その声音には怒りはなかった。ただ、底知れないほどの静謐と、確かな距離があった。


ゼロスが冷静に補足する。


「彼──ユリオは、銀河連合時代に進められていた《主権継承計画》の別ラインに属していた可能性が高い。だが、政治的理由か、倫理上の問題か……そのまま記録から削除された」


「まさか、そんな……」


リィナが絶句する。


ユリオはゆっくりと立ち上がり、自らの胸元に手を当てた。そこには、微かに光る主権コード痕が刻まれている。だが、その輝きは朔夜のものとは異なり、どこか“途切れている”印象を与えた。


「コードは継がれた。だが意志は継がれていない。“器”としての私には、意思決定権が与えられなかった」


ティシェリアが一歩踏み出して問う。


「では今、目覚めた君には……意思があるの?」


「ある。だから私は、問う」


ユリオの目が、朔夜を真正面から射抜く。


「継承とは、“選ばれた証”か? それとも、“忘れ去られた祈り”か?」


沈黙が流れる中、朔夜はゆっくりと、だが確かに頷いた。


「どちらかじゃない。どちらもだ。力と祈り。選び、受け継ぎ、応える。それが継承だと、俺は思ってる」


ユリオの瞳が微かに揺れる。その揺れが、次の問いへと繋がっていく。


「……ならば、問わせてほしい。あなたの継承の先にあるものは、“誰の未来”なのか」


断層宙域の静謐な空気に、確かに一つの“対話”が生まれようとしていた。



断層宙域に浮かぶ円環の遺構内。


ユリオ・セフィラは、自らの歩幅でゆっくりと外縁に立ち、空虚な宙を見下ろしていた。


「この空は、どこまで変わったのだろう。……それとも、何一つ変わっていないのだろうか」


誰に語るでもないその独白に、朔夜は沈黙のまま寄り添った。


封印から目覚めた者。選ばれず、記録からも消され、“器”として生きることさえ許されなかった存在。

その言葉の端々に漂うのは、怒りでも憎しみでもない──ただ、確かな“空白”だった。


「私は長い間、何も考えることを許されなかった。“応答装置”として作られた私に、思想は不要だったから」


ユリオの言葉は静かだが、芯に冷えた鋼を秘めていた。


「それでも、意識は残り続けたのね」


リィナがそっと言葉をかけた。ユリオは一瞬、目を細めた。


「……人間は優しいね。そうやって、名前を呼んでくれる。記録されていない存在に、触れてくれる」


ティシェリアがふっと息を吐いた。


「あなたは“棄てられた”けれど──消えていなかった。それは、この星が……この銀河が、まだ答えを出していないってこと」


そのとき、ユリオの身体に組み込まれた神経接続端子が、かすかに光を放った。ナビスがすぐに反応する。


《警告:微弱な主権信号を検出。反応源はこの空域に残された“記録層”より断続的に発信中》


「何かが……呼びかけている」


ゼロスの義眼が軌道を追跡し、空間のひずみを映し出す。


「これは──“主権継承計画”の補助ノードかもしれない。記録装置、もしくはもう一つの意志の断片」


朔夜が即座に命じた。


「座標を固定、転送。接近する」


アストラ・ヴェールの小型艇が出撃し、朔夜・リィナ・ゼロス・ユリオの四名は、その座標へと向かった。



目指した先にあったのは、惑星サイズにも匹敵する構造体の一部──かつて銀河連合が用いたとされる記録中枢“クリュスタル・アーカイブ”。

その中心部で、応答を返す信号を確認した朔夜たちは、慎重に接近する。


《ここには、“継承されなかった記録”が収められている可能性が高い》

《解析中──内部層から断続的に“主権候補コード”の反応あり》


そして、記録中枢内で彼らが見たものは──かつての“継承候補者”たちの痕跡だった。


ホログラム状に再生された、短命に終わった試行個体たちの記録。彼らは誰も“選ばれなかった”。

そこに、ユリオの名もなき記録があった。


「コード識別“U-07S”。知性基準適合率87.2%。記録:未承認、棄却予定」


朔夜は画面の前で立ち尽くしていた。

ゼロスが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「これが、かつての銀河のやり方だった。“可能性”にかけるのではなく、“確実性”だけを選ぶ……それが継承の条件だった」


リィナが言う。


「でも、それは──」


そこで、ユリオが手を差し伸べ、再生映像を遮断した。


「もういい」


その声は静かで、どこまでも澄んでいた。


「私は今、“あなたたちと話している”。だから、それで十分だ」


ユリオは、朔夜を見つめる。


「アマギ・サクヤ。あなたは選ばれた。その理由は、あなた自身が知らないかもしれない」

「でも、私は見た。あなたの中に、“受け継ぐ者”の姿があった」


そして、彼は初めて、微笑んだ。


「次に問うのは、私の番だ」



《クリュスタル・アーカイブ》の中枢に沈む静寂の中で、ユリオ・セフィラは再び語り出した。


「私は、“選ばれなかった者”として造られ、“継がれなかった記録”の中で眠りについていた。……だが」


彼の胸部に埋め込まれた主権コードの痕が、淡く輝いた。まるで、朔夜の存在に共鳴するように。


「今、私は──自分の意思で立つ」


その言葉に、ティシェリアが一歩前に進み、警戒の視線を緩めないまま問う。


「……あなたの“立つ理由”は、何?」


ユリオは、わずかに瞼を伏せ、そして応えた。


「この宇宙で、“忘れられたもの”に意味があると示したい。自分がただの残滓ではなく、選ばれずとも“歩く”ことができると──その証明のために」


朔夜は、その姿にかつての自分の影を見ていた。

惑星に降り立ったばかりの頃、何者でもなかった“自分”が、それでも選び、進もうとした道。


「いいさ、ユリオ。俺の傍に来い。ここは“選ばれた者のための場所”じゃない。自分で選び取った者の場所だ」


その瞬間──


《警告:断層宙域外縁にて、新たな主権コード波動を感知。識別不能な位相重複反応》


ナビスの報告に、全員の意識が引き戻される。


《照合結果:本宙域における“第三の主権反応”──構造解析不能。座標:断層Ω-117、外縁ブラックリッジ帯にて波動漏洩》


「また……別の継承候補?」


リィナの声に、ゼロスが頷いた。


「可能性は高い。だが、今回は“遺構”ではない。波動の質が、まるで生き物のようだ……」


「呼んでいるんだ。誰かを、あるいは……俺たちを」


朔夜がそう呟いたとき、遠方の虚空に、わずかな“光の脈動”が生まれた。

それは、空間を縫うように拡がり、断層の奥で待ち続けていた“もうひとつの何か”の存在を示していた。


「ナビス、進路を再設定。俺たちの物語は、まだ続いてる」


アストラ・ヴェールが再びその艦体に力を宿す。

そして、ユリオが静かに言った。


「ありがとう、朔夜。……これが、俺の“第一歩”だ」


主権を巡る銀河の旅路は、まだその幕を下ろしていなかった。

記憶と意志と命が交差する空の下で──

“継がれなかった声”が、ようやく届きはじめたのだ。



《ログ:読了ありがとうございます》


感想やブックマークは、物語の“銀河航路”を確定させる大切な観測点です。

あなたの感じたことが、次の物語の推進力になります──ぜひ一言でも届けてください。


また、更新情報や制作の裏話はX(@hiragiyomi)でも発信中です。

フォローしてもらえると、ナビスも喜びます。


《次回座標、設定中……》

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