第52話『継承の証と星の命脈』
1章.....
《エルグラード・ノード》第六階層──封印区画をさらに下った最深部。空気は凍りつくように冷たく、金属と石の境界が曖昧に溶け合う空間は、まるで別の次元に迷い込んだようだった。
朔夜は重力のわずかな歪みを感じながら、中枢端末の前に立った。ゼロスとナビスが左右に展開し、各制御柱に接続を開始する。
「主権コード、認証開始──アマギ・サクヤ。継承プロトコル、段階コードCへ移行」
静かなナビスの報告と共に、天井から垂れる光条が淡く収束を始める。空間の中心には、未だ眠る超古代兵器が、まるで心臓の鼓動のように周期的な脈動を発していた。
「この中枢が、星の全支配権を司っているのね……」リィナが呟いた。
その瞬間──
《警告:外部干渉波を検出。銀河規格外パルス、信号構造──“神性素構造型”》
ナビスの声に、ゼロスが鋭く反応する。
「……これはまずい。セラフィエル由来の神性波だ。連中がこの兵器に干渉を仕掛けている」
「セラフィエル……やっぱり来たか」
朔夜が眉をひそめ、制御端末に向き直る。その場にいた全員が、空間の圧がわずかに跳ね上がったのを感じた。
《予測進行:このまま干渉が進行すれば、《アトラ・ヴェイム》の独立演算モードが解放され、神性拡張兵器としての自動覚醒が開始される危険性があります》
「つまり……この星そのものが“神の火”で浄化されるってことか」アスファは凍りつくような声で呟いた。
ゼロスが低く言い添える。「《アトラ・ヴェイム》は神ではない。だが、その力を知らぬ者にとっては、間違いなく“神そのもの”に見えるだろうな」
「神と誤解されるには十分な性能か……」
朔夜は目を細め、機体の中枢リングに右手をかざした。彼の内部に流れる主権コードが共振し、周囲の空間にノイズ混じりの光が走る。
「なら、止める。ここで終わらせる」
ナビスが短く応じた。
《認証強制優先モードへ移行。干渉遮断処理、開始します》
銀の光が制御中枢に走り、封印領域の震動が収束していく。それは、星を守る意思──神の名を語る“干渉”に対して、人としての意志をもって抗う最初の一歩だった。
空間が唸った。《アトラ・ヴェイム》の中枢に繋がる制御神経網が、まるで意思を持つかのように蠢き、金色の脈動が封印区画全体を染め上げる。
認証波形の同期は進みつつある──だがその過程に、不協和音のような“異物”が混じっていた。
《警告:セラフィエル干渉波、侵入率14%……17%……21%へ上昇中》
ナビスの冷静な報告が、空気を切り裂く。
「まずい……このままだと、アトラ・ヴェイムが“神格プログラム”の命令系統を受信する」
ゼロスの義眼が、淡く警告の赤を灯す。「一度でもセラフィエルの神性コードに上書きされれば、《アトラ・ヴェイム》は“この惑星の核そのもの”を浄化対象に選別しかねない」
「主権継承プロトコルが、神の名の下に塗り替えられる……」
アスファは拳を握りしめた。天井からは、聖句にも似た干渉音波が降り注ぎ、金属の床に微細な振動を生じさせている。セラフィエルの技術──否、信仰そのものが、惑星の奥底にまで“声”を送り込んでいた。
朔夜は静かに歩み出る。彼の掌には、かつてゼロスによって照合された“主権コード”のデータリングが淡く輝いていた。
「俺が、この惑星の主として選ばれたのなら……ここで示すしかない」
制御端末の中心へ、コードを刻んだ掌をかざす。
眩い閃光。
《認証開始──主権コード照合。コード名義:アマギ・サクヤ──適合率、99.998%──認証継続》
「お願い、成功して……!」
リィナの声が震える。その瞬間──
《セラフィエル干渉波、遮断成功。コード優先権、主権継承者側に復帰》
空間が静寂に包まれた。ただし、それは“戦いの終わり”ではなかった。
《補足:アトラ・ヴェイム、中枢演算装置が独立判断を実行。第二制御領域を開放》
ゼロスが息を呑む。「……あれは、最終指令格納領域。もしも継承者が“適格者でない”と判断されれば……」
「焼かれる、ってことか」
朔夜は、表情を変えなかった。「なら──俺自身を、示すだけだ」
まばゆい光の柱が、彼を包む。それは試練でも、処刑でもない。惑星そのものが彼に向けて問いかけていた──
「おまえは、この星を託すに値する者か?」
朔夜は、その問いに迷わず答えた。「この旗の下で、すべての命が生きられる場所を作る。それが、俺の意志だ」
そして、封印装置の中心から返ってきた応答は──静かな、承認の光だった。
*
封印区画の中心核が脈動し、朔夜の全身へと震えるような熱を伝えていた。
主権コードの照合は完了した。だが《アトラ・ヴェイム》は、なお沈黙を守っていた。それは、ただの“装置”ではない。
それは──星の意思そのものだった。
ゼロスが、端末越しに低く告げる。「最後のプロトコルが残っている。“起動許可”ではなく、“継承の同意”……これは、所有者としてではなく、守護者としての“資質”を問う試練です」
朔夜は制御台の前に立ち、深く息を吸った。脳裏に去来するのは──地球での日常、星を見上げていた夜。異世界に転移し、《アストラ・ヴェール》と出会った瞬間。リィナ、ゼロス、アスファ、イレーナ……数多の出会い。
この星で出会った命すべてが、今の自分を形作っている。
“誰かのために使う力ではない。誰かと共に在る力として、この手にあるべきだ。”
言葉には出さなかったが、その意志は確かに《アトラ・ヴェイム》に届いた。
機体の外殻がゆっくりと開き、黒金の装甲の下から、淡い蒼の輝きが滲み出す。
そして──
《継承完了。主権制御ノード:アマギ・サクヤに帰属。惑星アステロニア=ゼロ、第二段階管理フェーズへ移行》
ナビスが静かに宣言する。
《記録更新:惑星全域における地表支配層・エネルギー網・通信圏──すべて再配線済み。惑星中枢と“継承者”の同調率、98.9%》
眩い光が朔夜を包み、その背後に──巨大な幻影のような、黒き機体の意志が立ち上がった。
それはあたかも“星の守護者”そのものだった。
*
外部宙域では、アステロニア=ゼロの周囲を旋回していたセラフィエルの観測艦が突如通信妨害を受け、システムの一部がシャットダウンする。
《観測艦第七小隊、コード干渉により交信不可。聖制通信回路に異常ノイズ発生》
「……まさか、既に完全な主権制御が行使されているというのか」
艦内の神官らが戸惑うなか、ただ一人、ルフェリウスが静かに目を閉じる。
「神が望んだのではない。意志が、それを選んだのだ」
彼の唇がかすかに動く。「星が、“彼”を選んだか──ならば、我々もまた、試されているのかもしれないな」
*
《エルグラード・ノード》最上層。
地表に戻った朔夜たちを迎えたのは、かつての放棄民たち──いや、今は“共に生きる星の民”と呼ぶべき者たちの視線だった。
年老いた女が再び口を開く。
「……おぬしは、炎を滅ぼさなかった。風を吹かせ、命を通わせた」
彼女は朔夜に歩み寄り、両手を重ねた。
「我らは、おぬしの下に在ろう。我らが血と、我らが記憶と、我らが未来と共に」
朔夜は、ただ静かに頷いた。
*
その夜、星空は静かだった。
アストラ・ヴェールの艦橋で、朔夜は一人、宇宙の海を見つめていた。
手には、主権認証のデバイス。そこに、新たなフラグが灯っていた。
《外縁星域にて、“主権候補コード”を持つ反応、微弱ながら検出》
ナビスが告げる。
《おそらくは、別の継承者。銀河にはまだ、数多の“鍵”が散らばっています》
朔夜は、深く頷いた。
「その先にあるものを、俺たちは選び続けなきゃならない」
星を越え、心を越えて──
新たな継承の旅が、静かに始まろうとしていた。
1章はこれにて終わりです
5/1からは新章スタートします!
速足な投稿でしたが無事投稿できてうれしいです
2章も引き続きよろしくお願いします
《ログ:読了ありがとうございます》
感想やブックマークは、物語の“銀河航路”を確定させる大切な観測点です。
あなたの感じたことが、次の物語の推進力になります──ぜひ一言でも届けてください。
また、更新情報や制作の裏話はX(@hiragiyomi)でも発信中です。
フォローしてもらえると、ナビスも喜びます。
《次回座標、設定中……》