第41話 『記録庫の扉と遠き叫び』
アステロニア=ゼロの夜明け前、空は厚い灰色の雲に覆われていた。気温はわずかに上昇し、地表の霧がじわじわと晴れていく中、ナビスの観測センサーは微細な地殻震動と熱源の変動を記録していた。それは星そのものの「目覚め」のように静かに、だが確実に進行していた。
仮設基地のブリーフィングルームでは、朔夜、リィナ、ゼロス、アスファがノード反応の再分析に取り組んでいた。ディスプレイ上には惑星の断面図が投影され、地磁気、エネルギー脈動、主権波形など複数の情報が重なり合って表示されている。
「座標B-9、東方高地帯の断層縁……ここが最も濃い主権波形を放ってる」
ナビスが断続的にログを更新しながら、地形データと照合した推定図を示した。
「断層の影響でドローンの航行が不安定になっています。有人調査が必要です」
「なら、俺が行く。ゼロスも同行を」
ゼロスは静かに頷いた。
「承知した。おそらく、そこには“かつての記憶”が残されているはずです」
*
東方高地帯。
多脚型の耐震車“ランダインMk-III”が断層地帯の起伏を越えて進む。深い裂け目や崩落した岩棚を越えるたびに、補助アームが自動でバランスを取り、ナビスの操縦補正が精密に作動していた。
やがて、霧の奥に古代の遺構が姿を現す。
岩肌に埋もれた巨大な門。その表面には風化しつつも明確に古代銀河連合の紋章が刻まれていた。中央には、円環のように光る構造体──認証装置と思しき機構が、かすかに脈動していた。
「……門か?」
朔夜が手をかざすと、ナビスのインターフェースが反応する。
《個体認証:アマギ・サクヤ──コード一致。扉開放》
地響きのような音と共に、門はゆっくりと開いた。
*
門の奥には、想像を超える構造が広がっていた。壁面には自己修復型の古代素材が使われており、時間の流れをものともしない保存状態を維持していた。
中央ホールには楕円形の装置が据えられ、その周囲に環状の制御端末と補助AIポッドが点在していた。
ナビスが端末の一つとリンクし、認証を進める。
《主権接続ノード・エルグラード:継承者認証中……補助記録体・断片再生開始》
装置の周囲に淡く光の像が立ち上がる。それは数千年前の記録映像──銀河連合の“第七主権者”と、その補佐AIによる最後のやり取りだった。
>「……銀河は崩壊を始めている。分散主権体制は維持限界を超えた」
>「ならば“継承者”を残すべきだ。すべてを終わらせるのではなく、記録し、未来に渡す」
>「ゼロス、君に託す。私の記憶と、判断と、この星のすべてを」
ゼロスは沈黙の中で義眼を光らせ、その言葉を静かに聞いていた。
「……私の旧主の声です。これが、私が目覚めた理由」
朔夜は光の像を見つめたまま、静かに呟いた。
「彼は、信じたんだな。“次がある”って」
「ええ。ゆえに、私も信じる。あなたが、この“次”を担える人間であることを」
*
同時刻、仮設基地ではナビスが新たな異常信号を検出していた。
《断層宙域より微弱な主権パターン波。未解析ノード識別子を含む信号を確認》
アスファがデータを精査し、朔夜に報告する。
「第二のノードが稼働し始めてる可能性がある。外縁の惑星帯──以前から未探査だった領域です」
「……こっちも動き出したか」
星が呼んでいる。記録と意志と記憶のすべてが、次の“継承者”を導こうとしている。
そして朔夜は、その呼び声に静かに応えていた。
《記録更新:アステロニア=ゼロ主権継承段階、第二フェーズへ移行》
《ログ:読了ありがとうございます》
感想やブックマークは、物語の“銀河航路”を確定させる大切な観測点です。
あなたの感じたことが、次の物語の推進力になります──ぜひ一言でも届けてください。
また、更新情報や制作の裏話はX(@hiragiyomi)でも発信中です。
フォローしてもらえると、ナビスも喜びます。
《次回座標、設定中……》