第40話 『星を継ぐ者たち』
アステロニア=ゼロの朝は、曇天に包まれていた。
薄い霧と粉塵が空を覆い、遠くではヴォルカナイト採掘用ドリルの低音が静かに響いている。
ナビスの予報によれば、気流の乱れは惑星外縁の断層活動に由来するものだった。
朔夜はブリーフィングルームの中央モニターを見つめていた。
《北東12.3km地点、周期的な熱源反応を再確認。呼吸・体温変動を伴う“生体存在”である可能性が90%を超えました》
「……動いたか」
彼はリィナとアスファに目を向けた。
「接触班を出す。最小編成、武装は非殺傷型。だが、万一の場合は撤退を優先。目的は“対話”だ」
リィナが頷く。
「必要であれば、私も同行します」
「任せる。アスファ、補助AIを帯同させて状況ログの自動記録も頼む」
「了解。通信は低周波の方向性ビームで固定します。干渉を最小限に抑えておきます」
*
接触班は、地形偽装型の多脚探査車両で現地に向かった。
地表は乾いた粘土質の岩盤が広がり、低木に似た硬質植物が点在する不毛な地帯だった。
霧が濃く、視界は常に40メートル以下。だが、確かな熱源は存在していた。
やがて、岩棚の下、洞窟のように抉れた地形の奥に、それはいた。
身を寄せるように集まっていた小柄な人影たち。
その肌は灰色がかり、着衣はほとんど布を繋ぎ合わせたようなもので、文明の痕跡はわずかだった。
「……放棄民か?」
リィナが低く呟く。
最前列の人物が、こちらに視線を向けた。
その目には光が宿っていた。恐れと、わずかな希望。
「……おまえたちは、星の上から来たのか」
「私は、天城朔夜の代理だ。あなたたちと話がしたい」
数秒の沈黙の後、老人らしき人物が前に出た。
「話すのは久しい。言葉は……まだ使えると思う」
彼らは“語り部”と名乗った。
この星に、はるか昔に置き去りにされた開拓団の末裔だという。
帝国の植民政策がまだ試験段階だった頃、アステロニア=ゼロは“非公式移住候補地”とされた。
だが、断層活動と魔力異常により定住計画は放棄され、開拓者たちは見捨てられたのだった。
「我らの祖たちは、星と共に眠るように命を繋いだ。けれど、天を飛ぶ艦を見たとき、いつかこの地に誰か戻ってくるのではと──その希望だけは手放さなかった」
リィナは真剣な表情で頷いた。
「あなたたちは、我々の星の“記憶”だ。どうか……この地で共に生きてほしい」
*
一方、朔夜は遺構の最奥にいた。
ゼロスと共に、中央中枢装置の解析に取り組んでいる。
《主権リンク再構築中……データ断片、補完要請……》
古代銀河連合の残滓と思しきコードが、ナビスのインターフェース上に幾重にも流れていく。
「ゼロス、進行状況は?」
「このノードはただの拠点ではない。星系制御中枢として、複数の“惑星単位主権”と接続できるハブだったようだ」
「つまり、ここを制すれば……星系全体の主権を管理できるってことか」
「可能性はある。ただし、主権コードは分散されている。あと二つ、鍵となるノードがこの星系内に存在する」
「座標の特定は?」
「不完全ですが、東側高地帯と、外縁断層宙域にある可能性が高い。どちらも未踏区域です」
「なら……探索班を再編成する必要があるな」
*
その夜。
朔夜は仮設基地の観測塔から、地平線の彼方を見つめていた。
霧の先に広がる夜空の、その奥にはまだ知らぬ領域がある。
内政が動き出した。
資源も回収され、星は確実に“動き始めた”。
そしてこの星に、言葉を持つ人々がいた。
──ならば、この星はもう“ただの土地”ではない。
そこに生きる者がいて、歴史があって、意志がある。
「ナビス。記録に追記しておいてくれ。今日を、この星が“目を覚ました日”として」
《記録完了──星歴3409年、アステロニア=ゼロにおける主権運用・初期基盤形成段階、完了》
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《次回座標、設定中……》