第37話『記録庫の扉と遠き叫び』
アステロニア=ゼロの朝は、鉱石の霧が漂うほどに静かだった。だが、静寂の裏では確実に、星の胎動が進行していた。
ゼロスの発見した旧記録──それは、古代銀河連合の記録庫《記憶の残響中枢》の存在を示すものだった。
アステロニアの北東、惑星構造プレートの接合部に位置する山岳帯。地磁気の異常が連なり、ナビスの通常スキャンでは探知困難な領域。
「前文明の中でも中枢級……それも記録保持構造体が現存してるとなると、情報的価値は計り知れませんね」
アスファがそう口にしながら、解析端末の数値を睨んでいた。
ブリーフィングルームには朔夜、リィナ、ゼロス、そして支援班の技術者たちが集められていた。
「問題は、そこへのルートが完全に遮断されていることだ」
朔夜の言葉に、ゼロスが頷く。
「記録庫は“封鎖領域”として管理されていた痕跡があります。外部侵入に対する自動封鎖システムが稼働中。ただ、主権コードによって一部解錠が可能です」
「解錠ってレベルじゃなさそうだけどな……」
リィナが苦笑気味に呟く。
「ともかく、そこに何があるのかを確かめなければ」
朔夜は端末に転送された構造図を見つめた。
階層は少なくとも12層以上。最深部には大型の光中枢ユニットらしき構造が確認されている。
*
探索班はアストラ・ヴェールから派遣された偵察ドローン数機と、朔夜・リィナ・ゼロスを中心とした三人構成で組まれた。
副指揮としてアスファが後方支援に回り、ナビスが上空航路と通信リンクを保つ。
記録庫の入り口は、岩盤をくり抜いたような天然構造に偽装されていた。
「ここが、封印された記録の扉……」
リィナが囁くように呟いた。
朔夜が前へ進み、ゼロスが傍らに立つ。
外殻部の中央、ひび割れたようなプレートに指を添えると、淡い光が走った。
《主権コード認証──確認。部分開錠プロセス開始》
重低音を伴い、石のような壁がゆっくりと開かれていく。内部からは、冷たい空気と共に、ほんの微かな“声”が流れ出た。
「今の、聞こえたか?」
「……はい。確かに、誰かの声でした」
ゼロスが険しい顔で応える。
「これは……記録媒体ではありません。“残響記憶”と呼ばれる、意識情報の疑似音声生成です。古代連合の中でも、最上位記録システムにしか使われていなかった」
その言葉に、朔夜は深く頷いた。
「行こう。ここが次の扉だ」
*
記録庫内部は、まるで凍てついた空間のようだった。
空気は乾燥し、反響は少なく、すべてが“閉ざされた知”のために最適化されていた。
壁面には光の線が走り、記録モジュールが浮遊状態で並列している。
そのひとつに触れると、過去の映像が空中に再生される──かつて、銀河連合が存在した時代の断片。
> 『主権争奪戦 第九次戦域報告』
> 『サーヴァント・ゼロス系列の更新命令ログ』
> 『連合評議会:コード維持に関する最終決議』
そのどれもが、かつて失われたはずの銀河の“過去”だった。
ゼロスが、ある一点に目を止めた。
「これは……我の旧主に関する記録だ」
映像が切り替わる。
ひとりの人物が立つ。装甲服を身にまとい、ゼロスと同じ義体構造を持つ彼は、だが人間味のある目で誰かを見つめていた。
「この人は……」
「我が、最初に仕えた主。コード名」
その名は、朔夜の記憶のどこにもなかった。
だが、ゼロスの声音には明確な感情が宿っていた。
「彼は、戦わないことを選んだ主でした。銀河の秩序を維持するのではなく、変革の端緒を託すことを選んだ。私に、“待て”と命じたのです」
その瞬間、別の記録媒体が震えた。
《主権信号──断片的なデータ回復を検知。反応源:デシマ惑星帯》
「来たか……」
朔夜が振り返り、ナビスからの通信を受け取る。
《新たな主権波動の発生を確認。波長変位より、未登録個体によるアクセスの可能性》
「──つまり、“俺以外”の継承者だ」
ゼロスが静かに頷く。
「そして、その者が敵か味方かは、まだ分かりません」
静かに燃え始める緊張。
記録庫の奥、最深部の光中枢が、その光量をわずかに増していた。
過去が語りかけてくる。
銀河の果てより、次の“声”が、確かに近づいていた。
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《次回座標、設定中……》