第29話『神託の座標』
アステロニアの空は、まだ夜の帳を纏っていた。
だが、基地司令室のホロスクリーンには、星々の沈黙とは裏腹に、異質な脈動が映し出されていた。
その中央──セラフィエル神聖帝国の主宰艦『聖光イシュ・ザアリ』が軌道上に浮かんでいた。
静かに、だが確実に、この惑星を見つめるその姿は、ただの艦艇ではなかった。
「ナビス、精神波の変動は?」
《断続的に発生中。空間振動と重なる形で、低周波の意識干渉を感知。人間の認知領域に届く強度です》
「意図的な……呼びかけか」
朔夜は腕を組み、思考の中に沈み込んだ。
昨日、遺構の中で感じた視線。
あれと同質のものが、今もなお軌道上からこの惑星へと送り込まれている。
この惑星アステロニアは、ただの中継拠点でも、交易拠点でもない。
何かが眠り、そして今、目覚めつつある。
そのときだった。
ナビスが緊急通知を発する。
《警告。基地北部、第3外郭区域にて、重力場の異常収束を検出。発生源、地表。推定反応まで──35秒》
「映像、出せ」
ホログラフが切り替わる。
青白く揺れる空間の中心、そこにひとりの影があった。
黒衣。
顔はフードに覆われ、肌も金属か繊維か判別できぬ仮面で隠されている。
だが、その姿には一切の迷いも動きもない。
まるで、すべてを見ているような静けさだけが漂っていた。
朔夜は一歩前に出る。
「──来たか」
*
警戒態勢が取られる中、接見室の空気は凍てついていた。
朔夜が部屋へ入ると、そこにはすでに黒衣の使者が立っていた。
椅子に座るでもなく、言葉を発するでもなく、ただ一つの動作を繰り返す──
手に持つ小さな封筒を、朔夜に差し出す。
それは、神封文。
セラフィエル帝国において、神官長級以上しか扱えない霊的文書である。
封を開かずとも、中身は脳内へ直接流れ込む精神契約の器だ。
朔夜がそれを受け取ると、次の瞬間、視界の隅に波紋のような干渉が走る。
──天城朔夜。
──星の観測者にして、選定を受けし者。
──この星の鼓動を視た汝に問う。望むか、応じるか、それとも退くか。
脳髄を貫くような重圧。
だがそれは威圧でも恐怖でもなかった。
ただ、静かに選ばせようとする力だった。
朔夜は息を整え、短く呟いた。
「──応じる」
神封文が淡く光を放ち、中央に図形が浮かび上がる。
それは惑星アステロニアではない。
もっと遠く、銀河の外縁部に存在する、未登録の宙域だった。
その中心に刻まれた座標文字列は、こう記されていた。
門
*
一方、セラフィエル主宰艦内部──
金属と光の祈祷殿。
十二名の聖印官たちが円を成し、空間を操るように精神波を編み上げていた。
「観測者が受け取った」
「応答があったか」
「神座、共鳴──起動フェーズに移行」
中央には心臓と呼ばれる巨大な装置。 セラフィエルが神託とする聖なる共鳴を収集・翻訳する神機だ。
浮かぶ波動グラフ。
そこに描かれた名前。
──天城朔夜。
観測者であり、今や啓示の軸と見做された男。
「使徒、選定を」
声が静かに、だが確実に落ちた。
*
基地へ戻った朔夜は、神封文をナビスへ転送する。
「解読、座標特定、全部頼む」
《解析中……文面内部に多層構造あり。魔力反応:B+。銀河古語の変形方言、データベース未登録形式》
「未知宙域だと?」
《はい。銀河座標から外れた領域に、高濃度魔力干渉を検出。過去のいかなる観測記録にも一致しません》
つまり、銀河文明すら把握していない空白地帯に、セラフィエルは朔夜を誘っている。
「何を視せる気だ……」
封筒の図形を再確認する。
それは、無数の星々を貫く一本の筋。
星系間ネットワーク、あるいは次元境界線を模した何か──
「この座標が導く先に、神がいるとでもいうのか」
朔夜の呟きに、ナビスが静かに応じる。
《論理構築不可能。ただし、意図的選定の可能性は高》
なぜ自分が観測者なのか。
なぜこの星に導かれたのか。
その答えが、次の一歩の先にある。
そして、招待はすでに届いている。
──選ぶのは、自分だ。
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《次回座標、設定中……》