第2話『墜ちた惑星と初交戦』
本日2話目です
戦闘が終わっても、手足の震えは止まらなかった。
アストラ・ヴェールの中は静まり返っていたが、外では何やら騒ぎになっているようだ。センサーに映し出された数十の赤点が、その全てが武装勢力であることを示していた。
少し遅れてやって来た地上部隊が、俺の乗る機体を取り囲み始めている。パネルには「魔導歩兵」「拘束部隊」「分析班」などと自動でラベル付けされており、完全に捕獲前提の動きだ。
《外部からの接触反応あり。武装は解除されていますが、複数の魔力反応を感知》
「降伏するしかないよな……」
俺は正直、まだこの状況を飲み込めていない。
だけど、これ以上余計なことをして相手を刺激するのもまずい。ナビスに言って、艦の出入口を開かせた。
タラップが展開され、冷たい外気が入り込むと同時に、鋭い叫び声が響く。
「武器を下ろせ! 中の人間を確保する!」
魔導甲冑をまとった兵士たちが銃のような武器を構えて取り囲む。俺は両手を挙げ、ゆっくりとタラップを降りた。
まるで映画のワンシーンのようだったが、緊張で喉が渇くリアルな感覚が、それが現実だと突きつけてきた。
「お前がこの艦の操縦者か」
「え、えっと……そう、だけど」
「その技術、どこで学んだ。帝国製の機体ではない。見たこともない構造だ」
「それは俺が一番聞きたいんだけど……」
俺の返答に、兵士たちはざわつく。けれど、何かを言う前に、俺はそのまま拘束され、連行されることになった。
*
連れてこられたのは、男爵家の本拠地と思われる要塞都市の一角。
無機質な金属と石材でできた建物の中、監視カメラのような魔力球が天井でゆっくり回転している。
俺は手枷を外され、一つの部屋に押し込まれた。
そこは、審問室というよりも詰所に近い印象の小部屋だった。壁には装飾もなく、ただ冷たく機能的で、居心地が良いとは言えない。
しばらくすると、一人の男が現れた。背筋を伸ばした軍服姿の中年男。鋭い目をしていて、無駄な言葉を使わないタイプに見える。
「名を名乗れ」
「……天城朔夜。所属は……日本の大学」
「日本? 帝国の星図にはない名だ。惑星名か?」
「地球って星の国……いや、もうその説明通じないかもな」
男はしばらく黙ったあと、端末を操作して部屋の壁にあるモニターを起動した。
そこに映し出されたのは、俺の艦の内部記録データだった。
《本艦は“アストラ・ヴェール”。登録情報:不明。製造国:不明。操縦者:天城朔夜。資格:なし。強制的に操縦権を割り当てました》
「……なんだこの機体は。本当に帝国製じゃないのか」
《確認しましたが、帝国技術体系には該当しません。おそらく、現存のいかなる星間文明にも一致しない構造です》
男は目を細めた。驚きというより、やはりそうかという反応。
「では、なぜそのような機体が我々の領域に現れた?」
《さあ。わたくしにもわかりかねますが、彼が乗っていたので、とりあえず動きました》
「“とりあえず”? 技術兵器がそんなことでいいのか?」
《本艦はシステム上の“人格判断”機能を搭載しており、搭乗者の意志と記録に応じて自己起動します。なお、この判断基準は……私にも説明できません》
「つまり──貴様が、この艦の動力と“条件”を満たしたというわけか」
男の視線が鋭くなる。その瞳には、単なる尋問以上の何かが宿っていた。警戒か、好奇か、あるいは──畏怖か。
俺はただ、困惑するばかりだった。
「待ってくれ、俺自身が何でここにいるのかも、まるで分かってないんだ」
「その言い訳が通用すると思っているのか。帝国軍の眼前に未登録艦で現れたという事実は、たとえ事故であっても無視できん」
男は腕を組んで俺を見下ろすように立ち、深く吐息を吐いた。
「……この件、男爵家当主に報告する。貴様の扱いは、令嬢殿に委ねる」
「令嬢?」
俺が聞き返す間もなく、男は何も答えずに部屋を後にした。
俺は一人、無機質な部屋に取り残される。
*
静かになった部屋で、俺はようやく“実感”を得始めていた。
ここは本当に、ゲームの中でも夢の中でもない。
異世界か、あるいは宇宙のどこか。確かなのは、俺が元いた地球とは全く異なる文明体系の場所だということ。
「ナビス。お前、本当に……俺の艦か?」
《コマンダー、あなたがいなければ本艦は起動しません。お忘れですか? あなたが私をカスタムしたんですよ》
「ゲームで、な」
《記録上では、ここは“現実”です。あなたの脳波、筋力反応、生命情報、すべてがリアルタイムで取得されています。仮想空間では説明がつきません》
ナビスの声は、どこか他人事のようでいて、でも確実に“俺の知っているナビス”だった。
この違和感こそが、逆に“現実”であることの証明のように感じられた。
ドアの外では、兵士たちが何やら交代しているような気配がある。
きっと、次に来るのが“その令嬢”という人なんだろう。
正体も、ここがどこなのかも分からないまま、俺はただ、静かに椅子に座り続けていた。
でも──ひとつだけ、確かなことがある。
俺は、自分が作った“艦”と一緒に、この世界に現れてしまった。
その艦は、この世界の常識を超えている。
つまり──俺の存在も、もう常識の外側にあるってことだ。
お読みいただきありがとうございました!
第2話では、主人公と帝国側の初めての“対面”が描かれました。
まだ何も分からない状態のまま、次回はいよいよ男爵家の“令嬢”が登場します。