第27話『星系の主と銀河の渦』
夜が明けた。
だが、星の空はなお不穏だった。
帝国の制宙艦が天頂を旋回し、セラフィエルの“天語機”が低軌道で静止している。宙商族連合の交易艦は遠巻きにその様子を観察し、艦底からは通信ドローンが静かに降下していた。
──三つ巴の睨み合い。
その中心にあるアステロニアの地表には、ようやく静けさが戻っていた。
仮設基地。自立式ドームの気圧バランスが安定し、ナビスの表示には【環境レベル:C++(居住可能)】のステータスが浮かんでいる。
俺は静かに目を開いた。
眠れたというより、まどろみの中で思考の渦をさまよっていたと言ったほうが正確だろう。
“中立交易領主”という立場。
どこにも属さない。だが、それは“孤立”ではない。俺の意思で選び取った“旗印”だ。
……そう、“旗印”だ。
それが、今後、帝国にも神にも対抗するたったひとつの“存在証明”になる。
*
仮設基地の中央、ブリーフィングルーム。
壁面に埋め込まれたホログラフィック・ディスプレイが、周辺の地形と軌道情報を再構築しながら常に更新を続けていた。
俺の隣に立つアスファが、淡々と説明を続ける。
「帝国はすでに周辺宙域に補給ポッドを投入。セラフィエルは“神域宣言”の布告準備を進め、連合は中継ステーションの建設を急いでいます」
「どこも“既成事実化”を狙ってるってわけか」
彼らが仕掛けてくるのは、銃や砲火ではなく、静かなる侵略──“権利”の塗り替え。
この星に本拠地を築いた今、俺が示さねばならないのは、明確な意思表示だった。
「ナビス。星系内に通信衛星を三機投入して。軌道上の監視能力をこちら主導で確保する」
《承認。通信衛星“観測子SH-01〜03”、発射準備中》
「基地の外周にセンサー網を張り、連合のルートには対流通ゲートの構築も。帝国の航路にはビーコン干渉フィールドを仮設で」
俺の指示に、アスファは一礼して即座に動いた。
この星を“守る”とは、こういうことだ。
旗印の下に、誰もが生きられる空間を構築すること。
*
作戦会議の後、ナビスの提示で惑星内部の調査報告が届いた。
かつてこの星に存在した“前文明”の遺構。
調査部隊がその入口を発見したというのだ。
遺構は、磁場の歪みの中心に位置し、地下深く、断層の奥に封じられていた。
その構造は、既知のテクノロジーとは大きく異なり、エネルギーパターンも魔力と量子干渉が複合した異常反応を示している。
──この星は、ただの無人惑星ではない。
何かが“眠っている”。
俺は、調査チームを編成することを決断した。
*
夕刻、仮設基地の格納庫では次世代型の対地探査ドローンの初期試験が行われていた。貨物区画の片隅ではナビスのシルエットユニットが起動しており、朔夜の問いかけに静かに応じていた。
「ナビス、セラフィエルの“神性観測団”って、具体的にはどんな機材と人員構成になる?」
《現時点の観測では、巡礼仕様の軽装フリゲート艦が3隻、神性通信ビーコン、特異点干渉計測器、現地支援用医療ポッドなど》
「見た目は支援、だが中身は……」
《情報収集、布教インプラント配布、認識干渉による集団心理制御の可能性も検出》
「やっぱりな」
朔夜は無言のまま、ドローンのコンソールを見つめた。モニターの向こう、地下に眠る鉱脈と水源、そして高濃度魔力反応──この惑星は資源の宝庫であり、同時に戦略的にも“価値ある地”だった。
(帝国が手を引かないのも当然だ)
(セラフィエルが“神の地”にしたい理由も分かる)
だからこそ、守らなければならない。
俺が、この星の“領主”であるならば──
生きる場所を築く義務がある。
この星に訪れる誰もが、ただの兵器や宗教の道具でなく、
“暮らす”ことができるように。
*
そして夜──
朔夜は仮設司令塔の最上部に登った。
星々が煌めく軌道の果てには、帝国の艦艇、連合の貨物船、セラフィエルの光輪が浮かぶ。
その狭間で、自分の決断が何を意味するかを、ゆっくりと噛み締めていた。
「ナビス、今、銀河におけるこの星の“座標価値”を定量評価してくれ」
《エネルギー指数:B++、希少資源指数:A-、交易可能性:A、信仰浸透性:S》
朔夜は小さく笑った。
「なるほど。神も金も寄ってくる、か」
《それでも、貴方は“中立”で居続けると──》
「当たり前だ。俺は、“選んだ”からな」
星の風が、静かに司令塔を撫でていた。
《ログ:読了ありがとうございます》
感想やブックマークは、物語の“銀河航路”を確定させる大切な観測点です。
あなたの感じたことが、次の物語の推進力になります──ぜひ一言でも届けてください。
また、更新情報や制作の裏話はX(@hiragiyomi)でも発信中です。
フォローしてもらえると、ナビスも喜びます。
《次回座標、設定中……》