第26話『神性の侵攻と自由の契約』
アステロニアの空が、黄金に染まった。
帝国の艦艇が築いた警戒網をあざ笑うかのように、神殿を模した巨大艦──セラフィエル聖制帝国の“天語機”が、静かに降下してくる。
動力波が空気を圧縮し、熱が発生しないはずの高度でも、皮膚がじりじりと焼ける感覚に包まれる。
その圧は、“艦”ではなく“信仰”の存在感だった。
──神の顕現。
「ナビス、セラフィエル艦の武装状態は?」
《主砲・副砲ともに非稼働。聖域拡張フィールドを展開中。強制干渉ではなく、“空間の書き換え”が目的のようです》
俺は一歩前に出た。
雲が割れ、光の柱が地上へと貫かれる。その中心から、3人の人物が降り立った。
最前に立つのは、純白の法衣をまとった長身の青年。
中性的な顔立ちに金の瞳、薄く微笑みを浮かべるその姿は、美しさよりも“無垢”という言葉が似合う。
「我が名はルフェリウス・メイル・セラフィエル──この銀河において、神の声を代弁する者である」
その視線が、まっすぐに俺を射抜いた。
「天城朔夜。貴殿は“神の器”であり、アステロニアは聖性の地として認定された。我らは貴殿の保護を行使する」
「……保護、ね」
リィナが俺の隣で言う。
「神託に基づいて帝国領へ侵入することを、セラフィエルは外交的に正当化できると?」
ルフェリウスは視線すら動かさず、答えた。
「この星は、すでに神のもの。人の法など通じぬ」
まるで決まりきった祈りの詠唱のように、迷いがない。
「あなたたちの神は、俺の“意志”をどう扱うつもりだ」
「神の器に意志は不要。ただ、神の声を伝え、神の力を導くための“通路”であればよい」
俺は唇を噛んだ。
そのとき、
「──話が通じているようで、まったく通じていませんね」
トレイス・ヴァッカの姿が背後から現れた。彼の態度はいつも通り優雅だが、その声には微かな鋼が含まれていた。
「私は宙商族連合“星廻りの道”、外交交渉代表として、天城朔夜氏への干渉に抗議します」
「商人風情が神の計画に口を出すな」
ルフェリウスの声が淡く冷たい。
「“神の器”は我らの導きに従うべきであり、その周囲で踊る者はすべて“外敵”と見なす」
「なるほど。ならば私たちは、“外敵”であるという立場を明確にしましょう」
トレイスが懐から、金属の契約符を取り出す。
「朔夜氏。これは“中立交易領主”契約の証書です。銀河商業法第21条により、あなたの星系は中立圏として登録される──」
「それを使えば、帝国にも宗教にも属さずに済む。だが、それは同時に“味方”も失うことになる」
リィナがぽつりと呟く。
俺は──沈黙の中でその金属符を見つめた。
そして、決めた。
「俺は誰の器にもならない。俺は“俺自身”として、この星を守る」
俺は契約符を受け取り、ナビスが即座に認証を走らせた。
《確認:中立交易領主“天城朔夜”の仮登録を完了。帝国・連合・セラフィエルに通知信号送信》
ルフェリウスの目が静かに細められる。
「……ならば、神は貴殿を“試練”にかけるだろう」
「試練でも、戦争でも、上等だ。俺は俺の旗の下で、生きる」
その言葉を最後に、神官兵たちは光の柱とともに再上昇していった。
空には、帝国の艦、セラフィエルの天語機、連合の艦が三方向に睨み合っていた。
けれど、その中心にあるこの星だけは、
俺の意志で、動き出した。
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