第25話『銀河商人の取引条件』
アステロニア=ゼロの軌道上、異質な艦影が現れた。
その外殻は、まるで流星を模したかのように曲線と宝石を散りばめた意匠で覆われている。随伴機たちは幾何学的な軌道を描きながら周回し、光のリボンを空間に刻む。
その全てが、帝国やセラフィエルとは異なる美学を物語っていた。
《確認:艦名《バサリオ=ラメッタ》。宙商族連合“星廻りの道”所属。代表交渉人、トレイス・ヴァッカより通信要請》
ナビスの冷静な報告に、俺は目を細めた。
「ついに来たか……第三勢力」
*
着陸地点はアステロニアの北側クレーター跡。
帝国使節団が設けた仮設交渉所に、リィナ、アスファ、ナビスと共に向かう。
そこに立っていたのは、一人の男──
黒と銀を基調とした細身のスーツ。切れ長の金の瞳と、整った顔立ち。
手には羽根ペン型の情報端末。全てが“計算された非帝国風”。
「天城朔夜殿、お目にかかれて光栄です」
彼は優雅に一礼した。
「私は宙商族連合“星廻りの道”より参上した交渉代表、トレイス・ヴァッカ。あなたに提案があります」
「どんな提案だ?」
「あなたが統治予定のアステロニア=ゼロ──その遺構に関して、“相互利益に基づいた技術共有契約”を結びたい」
俺は警戒を隠さずに問う。
「その言葉の裏に何がある?」
彼は小さく笑い、後ろの随行者に目配せした。
現れたのは黒髪の女性。手のひらに浮かび上がるのは、淡く輝く文字列──《レクタ=エル》の断片だ。
「……原初言語か」
「あなた方も、それを?」
「そう。我々は銀河各地の遺構と接触し、原初言語とその応用技術を“中立的価値”として蓄積しています」
「では、なぜ今ここに?」
彼は一歩前に出た。
「この星に、“覚醒の兆候”があったからです。そして、あなたがその鍵を持つ人物だとわかったから──」
ナビスが割って入る。
《注意:連合艦の副コンテナから高周波パルス反応検知。おそらく自動解析機材。偵察以上の準備》
リィナが鋭く睨む。
「交渉とは名ばかりかもしれないわね」
トレイスは両手を挙げた。
「疑われても仕方ない……だが、我々は帝国でもセラフィエルでもない。あくまで“商い”でこの銀河を渡ってきた者です」
「ならば、俺にとってどんな利がある?」
「我々が提供できるのは、情報、資源、そして銀河における“影響力の盾”です」
「盾?」
「帝国が君を囲い、セラフィエルが君を神聖視するなら──我々は君に“取引者”としての中立を与える」
その言葉に、一瞬だけ空気が変わった。
アスファがぽつりと呟く。
「なるほどな……“帝国に飼われず、神にもならず”、けれど銀河で孤立しない第三の選択肢。商人らしい見事な提案だ」
俺はゆっくりと息を吐く。
「だが……俺はまだ、アステロニアを“手に入れた”わけじゃない」
「ええ、だからこそご提案するのです。我々は、あなたがその地を“得る”までの間、経済・情報・物流の支援を行う」
「対価は?」
「原初言語技術の進展と共有。それに、“信頼”です」
信頼──もっとも不確かで、もっとも高価なもの。
ナビスが静かに補足する。
《提案の信憑性は60%。が、セラフィエル勢力の急接近により、第三選択肢の存在は価値を持ち得ます》
*
帝国使節団の仮設基地に戻った俺たちは、セルジュ書記官と再度面会する。
「──交渉に応じたのですか」
「話は聞いた。だが、取引はまだしていない」
セルジュは一瞬黙り、それから口を開く。
「帝国は、あなたの“選択”を見ている。……そして、それを評価する」
「評価……というより、査定か」
「お好きなように」
その言葉を残して、彼は去っていった。
その背中に、リィナが低く呟く。
「……彼、私たちが思っている以上に“計算してる”わね」
「誰もが、動いてる。俺も、止まってはいられない」
そのとき。
《警告:上層大気に“神格パルス”波形確認。セラフィエル聖制帝国所属艦、降下開始》
ナビスの声が、すべての空気を凍らせた。
空の彼方から、雲が割れる。
そこに現れたのは、黄金の十字紋章を掲げた異形の艦。
それはただの戦艦ではなかった。
祈りとともに降りる神の“神輿”──
セラフィエルの〈天語機〉が、アステロニアへと降臨したのだった。
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