第17話『銀河会議と貴族の眼差し』
式典から数日。
俺の名は、辺境とはいえ“帝国の貴族名簿”に正式に刻まれた。
それだけで、世界は変わった。
帝都からの通信量は増え、外交官を名乗る使者があらゆる星系から接触を求めてきた。
情報局、交易組合、教育研究庁、そして他の貴族家の使い──
そのすべてが、“俺という存在”に触れようとしていた。
だが、俺はまだ旗を掲げていない。
独立貴族、名義だけの男爵。無所属の艦長。
だからこそ──
いま、銀河の大舞台へと踏み出す時が来た。
*
アストラ・ヴェールの艦橋に響くナビスの冷静な声。
《銀河周辺自治星域会議への招待状が届いています。開催地はカレルス連邦都市圏、外交階級向けサミットとして登録済み》
「……銀河会議か。随分と手の早いことだ」
《主目的は“辺境貴族に対する安全保障条約”の調印ですが、実際は派閥ごとの牽制と引き抜き工作が主となります》
「その中で俺がどう動くか……見せ場ってわけだな」
《まさに。あなたは“立ち上がったばかりの旗”です。各勢力が、その向きと影響力を計ろうとしています》
俺は応えず、黙って画面を見つめた。
その視線の先には、銀河の地図と、そこに配置された無数の貴族家門のエンブレムが瞬いている。
*
カレルス都市圏。
帝都と第三貴族連合の中間に位置する、中立的な商業都市惑星。
政治的には中庸、だが経済と情報においては銀河上位に位置する惑星でもある。
その中心、星環に浮かぶ人工島が今回の会議会場だった。
立体構造の建築群が淡い光を放ち、星海を背景に浮かぶその様は、まるで神殿のような威容だった。
俺はリィナと共に、儀礼服をまとって式典フロアに降り立つ。
数十名の貴族と外交官が整列していた。
目を向ける先々で、小さく囁き合う気配が伝わってくる。
「あれが……異星から来た新興男爵」
「正式な血統なしで爵位を? 帝国も変わったものね」
「いえ、“変わらざるを得なかった”のかもしれません」
皮肉、好奇、恐れ、計算。
さまざまな視線が、俺に刺さるように注がれる。
その中に、懐かしい笑みがあった。
「ごきげんよう、アマギ男爵。ようこそ星間の渦へ」
イレーナ・フローヴェル。
深い紺のドレスを身にまとい、いつものように軽やかに歩み寄ってくる。
「今回は私、連合派代表としてこの場にいます。つまり──あなたの“仮の同盟者”として」
「仮って言うな。少なくとも今は、俺の数少ない味方だ」
「ええ、心強いわ。あなたのように“帝国の外から来た力”は、今の銀河に必要なの」
その言葉にこめられた意図を、俺はまだ完全には読み解けていなかった。
だが、この星の貴族たちが“ただの支配者”ではないことだけは、よく分かっていた。
すべてが利害。
すべてが均衡。
この会議も、力なき者にとっては単なる“狩場”にすぎない。
*
会議冒頭。
主催者である中立派評議員・ヴェルハルト卿が登壇した。
白髪に金糸の礼服をまとった老貴族で、その存在感は静かに、しかし圧倒的だった。
「新たに爵位を得た者、新たな星を得た者、そして……この銀河に“波紋”をもたらす者たちよ。我々は今、均衡を求めてこの場に集った」
視線が、正面からこちらへと注がれる。
「アマギ男爵。あなたの選択は、この銀河の未来を変える“楔”となるやもしれません」
全視線が集中する中、俺は一歩、壇上へと進み出た。
その瞬間、静寂は一転し──
銀河が、俺という異物の“方向”を見極めようと息を呑んだ。
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