第14話『仮面貴族の救助と静かな銀河』
アリヴェス星の夜は、帝都よりはるかに暗い。
都市光の少なさが、空を深く染め上げ、銀河のうねりをはっきりと見せてくれる。
空気は冷たく乾き、艦の外装をなぞる風がかすかに金属を鳴らしていた。
その晩、アストラ・ヴェールの通信端末に一本の救難信号が届いた。
発信源はアリヴェスから小型艇で二時間圏内に位置する小惑星帯。惑星間航行中の小型艦が、海賊らしき存在に襲撃され、SOSを発信したという。
《コマンダー。信号発信元は帝国準貴族“サリディス家”に登録された旅客艇です。乗員は五名、うち一名は爵位保有者の可能性があります》
「帝国の貴族か……。今の俺が動いたら、また政治的に絡まれかねないな」
《ただし、現在アリヴェス管轄区域内に緊急対応可能な軍艦は存在しません。対応しなければ、おそらく彼らは……》
ナビスの声がわずかに沈む。
「……救出に向かう。最短コースで接近し、非武装証明を取った上で収容する。状況によっては最小限の牽制射撃まで」
《了解。救出作戦を“シグナス作戦”として開始します》
*
航行は滑らかだった。
アストラ・ヴェールの機体は、本来であれば戦闘級の宙域対応戦艦──あまりに高性能なため、ナビスの干渉がなければ即座に帝国軍に奪われていただろう。
小惑星帯に入った瞬間、空間に小さなゆらぎが走る。
ナビスが即座に警告を発した。
《空間干渉を検出。重力トラップに類似。発信源は三点。海賊、あるいは民間偽装傭兵団と推定されます》
「奴らの動きは?」
《救難艇に向けて牽引ビームを放っています。貨物搬送の意図あり》
「先に動く」
朔夜は即座に艦を旋回させ、レーザー砲台を三点照準。
射出。
轟音もなく、光が閃き、小惑星を跳ねた爆煙が襲撃艇の一つを飲み込んだ。
他の二機は即座に退避行動に移るが、すでに遅い。
アストラ・ヴェールの動きは惑星国家の常識を超えていた。
「警告。帝国籍旅客艇に対する攻撃を中止し、即座に撤退せよ」
ナビスの拡声メッセージが宙域に響き、襲撃者たちは散り散りに退散していった。
*
救難艇のハッチが開き、乗員が救助された。
リィナの補佐と帝国側の衛生班が対応する中、貴族らしい若い男がゆっくりと姿を現した。
仮面をつけていた。貴族階級に特有の、身元保護のための装飾だった。
「……お助けいただき、感謝の言葉もございません。朔夜・アマギ殿とお見受けする」
穏やかな声。だがその背後には、慎重さと計算がにじんでいた。
「私はセルディオ・サリディス。帝都南方、セフィリア星系準男爵家の次男です」
貴族らしい立ち振る舞い。
そして、その場にいた帝国官吏がざわついた。
このサリディス家、表向きには目立たないが、実は第三貴族連合と深い縁を持つ家門だった。
「このご恩、決して忘れません。……そして、個人的な興味として、後日あなたにお会いしたく存じます」
そう言い残し、彼は仮面を直しながら再び艦内へと戻っていった。
リィナが小声で言った。
「厄介な相手、ですね」
「でも……こういう“恩”は、いずれ道を作ることもある」
救助が完了し、アストラ・ヴェールは静かに元の軌道へ戻っていった。
救助任務の裏側で、また一つ、この銀河に新たな“縁”が生まれていた。
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