第9話『記憶の狭間で視線が交わるとき』
翌日。
騎士試練の記録映像が帝都へ送信されたことで、朔夜の“存在”は本格的に帝国中枢に共有されることとなった。
その影響か、アリヴェスの空気が一気に張り詰める。
警備強化。通達の増加。物資搬入の見直し──すべては一人の異星者と一隻の艦のために。
「朔夜さん、帝都からの視察が予定より前倒しになるかもしれません」
リィナは、いつにも増して書類と魔力報告端末に追われていた。
その手は器用に動いていたが、指先は微かに震えていた。
「そんなにやばい?」
「ええ。貴族会議が“戦略的価値を持つ個体”という言い回しを使い始めた時点で……もう、単なる観測対象ではないんです」
まるで、生物兵器のような扱い。
俺は言葉を失いながらも、その現実を否応なく飲み込まされる。
だが、俺はその前に確かめなければならないことがあった。
*
アストラ・ヴェールの中枢制御室。
ナビスに命じ、前日の試験場での録画映像を再生する。
──映っていた。
訓練場、第三試験時。
格納席の陰、わずかな隙間。
少女。
やはりあの目は“偶然”じゃなかった。
《該当人物の顔面解析完了。記録照合結果:該当なし。
ただし、あなたの脳内記憶領域において、以下の異常反応が検出されています》
「異常反応……まだ言うか」
《はい。先ほども報告した通り、彼女を見るたびに記憶領域“第4区”が僅かに活性化します。
これは通常、強い感情刺激によるものと考えられます》
「つまり……俺は、彼女を“忘れてる”ってことか?」
《あるいは、“忘れさせられている”可能性もあります》
その言葉に、背筋が冷えた。
誰が、なぜ、そんなことを──?
そもそも、そんな芸当が可能なのか。
ナビスによれば、魔力干渉による記憶封印は理論上可能だという。
特定の記憶領域を対象に、魔力結晶を通じて“感情と連動した封鎖”を行う。
つまり、その記憶に対して強い感情を抱いた瞬間だけ、封印が揺らぐ。
あの少女──ユリシア。
彼女を見た瞬間に心が動いたからこそ、封印がきしんだ。
何がそこに隠されているのか。
*
その夜。
再び都市に出た。
目的はひとつ。あの少女を探すためだ。
艦のセンサーでは感知できなかった彼女の熱源。
つまり、ナビスでも追跡できない特殊な遮蔽手段を持っている。
ただの市民とは思えなかった。
灯りが少なくなった旧市街へ。
石畳の路地裏を進む。
ひと気はないが、監視兵もいない。
帝国の統治が行き届いていない“裏通り”。
やがて、瓦礫に囲まれた広場へ出た。
そこはかつて、旧魔導研究所があった場所だという。
今では立入禁止区域に指定されている。
──そこに、気配。
気づけば、彼女は目の前に立っていた。
フードを深く被り、だが顔は見せている。
昨日と同じ──いや、もっと強く、まっすぐに、俺を見ていた。
「天城朔夜」
その声は、どこか懐かしかった。
その響きに、心がかすかに震える。
「……俺の名前を、知ってるのか?」
「もちろん。あなたは……“呼ばれた”人間だから」
少女の目が、わずかに揺れた。
だがその声音は、確信に満ちていた。
「覚えてないんですね。私のこと」
「……すまない。どうしても、思い出せない」
「大丈夫。今はまだ、その時じゃない。でも……もうすぐです」
風が吹く。
ユリシアと名乗った少女のフードが揺れ、白銀の髪が覗く。
その色に、見覚えがあった。
「……君は、誰なんだ?」
その問いに、彼女は少しだけ沈黙し、答えた。
「私は“ユリシア”。
あなたと同じ──いや、もっと深く、あなたに関わる存在」
その言葉が何を意味するのか、すぐには理解できなかった。
だが、ユリシア──彼女の名を聞いた瞬間、
俺の中で何かが、ゆっくりと動き始めるのを感じた。
記憶の底に眠っていた“何か”が、目を覚まそうとしている。
感覚、映像、名前、想い。
それは、渦のように重なり合いながら、まだ“核心”に届かない。
だが、確かに言える。
──やはり、彼女は“再会”だったのだ。
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