第十三話 最後の覚悟
こちらへ駆けてくる《ムルムル》を見て2体の悪魔は嘆いた。それは嘆きと怒り、そして後悔が混じった嘆きだった。この3体の悪魔の中で最も純粋な戦闘ができたのは《ムルムル》だけだった。だが、他の2体が戦闘ができないと言うわけではない。能力が戦闘向きではないとは言え、悪魔なのだ。先の《ダンタリオン》が見せた様に戦えるのだ。《アンドロマリウス》は蔵を開いた。それはこれまで彼が盗んで来たたくさんの宝物が納められている蔵。そこには数多の武器が貯蔵されている。悪魔がその中から取り出したのは2本一対の曲刀。銘は【イガリマ】と【シュルシャガナ】。これは本来、神が持つ神剣の類いであるが、ここにあるのはその複製。本来の実力の10分の1すらも発揮できない贋作。それでも名剣であることには変わりない。その横では《ヴォラク》が空から蛇を呼び出した。その蛇はただの蛇ではなかった。頭だけでも校舎3階分の大きさがあり、体は雲を跨いでいる。
「橙花先輩・・・私があっちの悪魔を狙います。だから・・・」
「あぁ、承知した、私とコイツであっちの蛇を叩こう」
互いに同時に頷き、駆け出した。アンナは《アンドロマリウス》へ、橙花と《ムルムル》は大蛇と《ヴォラク》へ。それぞれ互いに衝突する。舞いの様に流れる2本の曲刀。それらを全て避けていく。未来が先読みできるアンナが有利であった。旗で捌き、流し、弾く。《アンドロマリウス》は焦ってさらに攻撃速度を上げていく。右、下、上、斜め右、左下。攻撃はさらに勢いを増していく。だが、終わりは突然訪れる。曲刀が2本同時に振り下ろされ、旗とぶつかり合う。力技で押されていくが旗が少し傾いた。重心が傾き、曲刀が滑る。悪魔は前のめりに倒れ、その体は旗によって貫かれた。口から血を吐き、2本の曲刀が手から離れる。そのまま悪魔は塵と化した。
時はやや戻ってまだアンナが《アンドロマリウス》と打ち合っている時。右手の剣で《ヴォラク》と打ち合っていた橙花は大蛇にも注意を払っていた。魅了されている《ムルムル》が相手とはいえ、なかなか倒れそうにない。
「クソっ!僕は戦うのが得意じゃないってのになんでこんな目に・・・・・・待てよ?何も僕が戦う必要は・・・」
何か呟いた悪魔は右手を蛇へ翳した。その手にはやはり紋様が刻まれており、光りを帯びていた。何をするかよくわからないが危険である事には変わりはないことを察知した橙花はその首を貫いた。だが、橙花は違和感を覚えていた。
「お前・・・自分から死にに行ったな?何故だ?」
剣で貫かれていながらも口を動かす。それは声にならない声であったが何故か良く聞き取ることができた。
「アハ・・・アハハハハハハ!!!!!これでもうお前達の負けだよ!僕の持つ全ての魔力を蛇へ渡した!これでアイツは最強になったんだ!アハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
そう叫びながら塵となって消えていく。それと同時にさらに巨大化した蛇が《ムルムル》に牙を突き立てた。痛みによって正気に戻った悪魔も、大蛇の牙に貫かれては何もできない。ただ絶叫したまま塵となった。
「橙花先輩!一旦何が・・・」
「まずいぞアンナ君。アイツ、自分の命と引き換えに蛇を強化して逝った!戌亥君!この蛇に覚えはないかい?!」
橙花の問いを聞いた戌亥は急いで脳内の中から記憶を取り出そうとしている。それでも蛇は出てこなかった。少ない心あたりもあるが、それはこの蛇とは違っている。
「すみません!少なくとも俺の知ってる知識にはないです!」
戌亥の答えを聞いている暇もなく、蛇は襲いかかる。鎌首をもたげ、大きく口を開いた。