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 今日も村は静かに晴れていた。

 穏やかな天気。のどかな街並み。楽しそうな笑い声。今日も平和が約束されていた。

 外からドタドタと可愛らしい足音が迫ってくる。私は読んでいた本に栞を挟み、ベッドの脇にある棚にそっと置いた。ノックもなしにバタンと大きな音が響き、小さな訪問者が息を切らして目を輝かせていた。



「ばあちゃん!今日もお話聞かせて!」


「はいはい、扉が壊れるから静かに開けてね」



 あいさつもしない小さな訪問者の後から、母親が追いかけてきた。


「こら!長になんて口聞くの!申し訳ありません、お騒がせをして」


「いいのよ。子供はうるさいくらいがちょうどいいんだから」



 私がそういうと、母親は何度も頭を下げながら子供に「お行儀良くするのよ」と言い聞かせて静かに扉を閉めていった。口うるさいのがいなくなったと言わんばかりに子供はベッドの横に置いてある椅子にどかりと座り、足をばたつかせた。


「ねぇ、ばあちゃん。今日も話聞きたい」


「いいよ。なんの話がいい?」


 興味があるのかないのか、足を落ち着かせない子供は私に話をせがむ。ここ数日は毎日訪れ、同じように話を聞きにきた。

 母親の用事についてきたのが始まりだった。暇つぶしのつもりで外の世界の話を聞かせてやると、まるで面白いものを見つけたようなキラキラした目をして続きをせがんできた。どうせ自身も暇だからと小分けにして話をしたことが、この子の欲求に火をつけたらしい。おかげで毎日が騒がしくなった。



「また外の村の話聞かせてよ」


「外の話ってもねぇ、私だってそんなに詳しいわけじゃないんだよ」


「でも、ばあちゃんの仲間が作ったんでしょ?みんなで旅したって言ってたじゃん」


「そうだね。昔はみんなで旅をして、各地に村を作ったもんだ」


「そうなんでしょ!?ねぇねぇ、外の聖女ってどんな魔法が使えるの?空飛んだりできる?」


「できる人もいたよ。雨を降らせたり動物と仲良くなったり、いろんな人がいたもんだ」







 はるか昔から、この国には「聖女」という者が存在していた。「聖女」と言っても使える魔法は様々で、人の傷や病気を癒す者もいれば、機構を操り作物の育成や治水に貢献する者もいた。

 元々僅かだが、貴賤関係なく魔法を扱える者が存在していたこの国において「聖女」は特別な存在だった。

 この国の「聖女」の定義とは「自然に死ぬ者」を指す。

 周辺諸国との争いが絶えないこの国において、魔法を扱える者は国のためと前線に送られる者がほとんどだった。おかげで少ない魔法使用者はさらに数を減らした。生き残りを集めて部隊を編成しようとするが、多くは女子供。武力で侵攻する敵軍には力の強い男を起用する国が多く、圧倒的な劣勢だった。

 そんな中、国の重鎮はあることに気づいてしまった。それは、「無傷で生還する者がいる」ことだった。激戦地であっても無傷でいられるのは明らかにおかしいことだ。前線から離れていたのか。あるいは恐怖に負けて隠れていたのか。ある者が徹底的に調べたところ、前線での隊が壊滅状態にも関わらず傷一つなく帰ってくるものが一定数いると結論づけた。それこそが「聖女」の発端であった。

 それからその者は王命により同じ条件の隊員を集めた。そして実験を始めた。

 初めは簡単な傷害を与えることだった。つけた傷が一瞬にして治ると仮定された実験だった。しかし、向けられた刃は肌につくことがなかったという。小型ナイフが通らないと次は騎士が使うような剣が用意された。騎士見習いたちが隊員を囲むと、きっと彼女たちには戦場の光景が蘇ったのだろう。自身を守ろうとする危機能力が暴走したのか、数人の魔力が重なり部屋を壊したと記録されている。

 元々学者気質だったらしいその者は、興奮冷めやらぬ勢いで国王に進言したと言う。「彼女たちを集め隊を作れば、不死の軍団も夢ではない」と。

 後に分かったことだが、「聖女」には毒も病も怪我も効かない体質だった。敵意から身を守る本能なのだろう。本人たちが意図することろとは別に働く力だった。その発見が、私たち「聖女」の不幸の始まりである。










「あらあらあら、「聖女」さま。本日もご機嫌麗しゅう」



 派手な赤のドレスを身に纏う金髪の女性。個人的には悪趣味だと思うが、これでも国の王女であるので逆らわない方が身のためである。


「アリアドネ王女殿下にご挨拶申し上げます」


 形ばかりの礼を執ると、王女は口元にセンスを持ち上げあからさまにこちらを見下した。



「「聖女」さま、あなたはこの国の尊い存在です。どうか頭を下げないでください」



 頭を上げたら殴るくせに。それとも今日は冷水の方かしら。心の中で悪態をついた。

 聖女はその数の少なさから名目上は国に手厚く保護されている。しかし、実際はこうして王族に疎まれ「気晴らし」となる存在に扱われていた。特に、甘やかされて育った自分が1番でないと気が済まない意識の高い方々は、平民風情が場内に足を踏み入れるのを快く思わなかった。



「とんでもありません。王女殿下にお目汚しをさせるわけにはまいりません。どうぞ私のことはお気になさらず」


「あら、申し訳ないわ。でずがそこまでおっしゃるのならご厚意に甘えさせていただきましょう」



 貴女とは争いません。貴女が1番です。そう思わせることがこの王女に対しての最適解だと学んだ。

 頭を下げたままでいると、勝ち誇った声が楽しげに前を通る。高いヒールの音が通り過ぎたのを確認すると、私は頭を上げ振り向くことなく前へと足を進めた。しかし反対にヒールの音が止んだ。



「ねぇ、あなた。この辺りの空気が随分と澱んでいる気がするわ。掃除をしてもらえるかしら」


「かしこまりました」



 王女は私に聞こえるように自身の侍女へ告げた。明らかな悪意を隠さず。それから楽しげな声はヒールの音と共に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 詰まる息を大きく吐きだす。この王宮内で1番「聖女」を嫌っているのはアリアドネ王女である。公然の秘密となっているほど隠さない彼女に、父王は胃を痛めているともっぱらの噂だ。

 そんな彼女が去ったので今度こそ歩き出そうとすると、今度は後ろに控えていた自分の侍女が騒ぎ出した。



「何っっっですか、今の態度は!毎回そうですけど!誰のおかげで何不自由なく過ごせていると思ってるんですか!!」


「もういいじゃない。嵐は過ぎ去ったんだから」


「良くないです!!なんですか!「空気が澱んでる」って!!ここは中庭に面した開けた廊下ですよ!?空気なんて外にいくらでも逃げるじゃないですか!どう考えたって当てつけです!!」



 自分の代わりに怒りを露わにしてくれるのは、王宮にきた時からそばにいてくれる侍女のメイだ。幼い頃に家族を「聖女」に救ってもらったことがあるらしく、ずっと憧れを抱いているそうだ。明るい茶髪の彼女は下位貴族の出自であるが、作法も所作もしっかりしているため私も随分頼りにしている。彼女が怒ってくれることで私はすっかり毒気を抜かれていた。



「あんなのにかまっていたらいくら時間があっても足りないわ。早く着替えたいの」


「そうですね。「聖女」さまはあんな無能王女のために時間を割くなんて勿体無いですもんね」


「随分と変わり身が早いわね」


「それが取り柄ですので」



 ニコニコと笑う彼女からは先ほどまでの怒気は消えていた。こんなふうに切り替えが早ければ、きっと生きるのも少し楽になるだろう。しかし今は鍛錬後で大いに汗をかいた後である。臭うのは本当のことなので早く水浴びをしたかった。

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