1話 EDEN is a LIE!
よろしくお願いします。
「皆さん、メビウス・ロートリンゲン博士はこうおっしゃいました。揺りかごによって私たちは次なる進化に導かれるのです」
聴こえてくるのは「メビウスの科学」の伝道師の街頭演説だ。荒れ果てた廃墟に声が響く。陶酔と恍惚の含まれた声だ。
メビウスの科学はこの街エデンでは広く信仰を集めている宗教で、人がいくらかは立ち止まって耳を傾けていそうなものである。
だが、誰も足を止めない。サイボーグもミュータントも興味を示さない。
「そう、ここはエデン! 人類の最後の砦で最後の楽園ではありませんか!」
彼女は熱のこもった声で教義を演説している。そう、この街は人類が最後の生き残りをかけた戦場で、楽園なのだ。
かつて存在したこのアーク世界の文明は動物実験という生命への冒涜によって突如幕を下ろした。生物の特徴がかけ合わさったミュータントアニマルや機械と生物が融合したサイボーグアニマルが都市機能を破壊したとされるアポカリプスという事件。それ以来人類は茨に抱かれ生きている。
それでも人類はこの都市で罪深く生き足掻きつづけている。オレことリンゴ・ロックスターはパフォーマンスの準備をしながらそんなことを考えていた。この辺りのことはエデンではマジ常識なんだよな。正直言ってガキでも知ってるから今更演説すんなよってな。
けど、オレは何でこの世界がアークっていうのかとか知らねえんだよ。まあ、名前なんてさして重要じゃねえし。レールギャングってトラムに乗ってるヤツらと揉めなければ生きていけるってことを知ってれば問題なしだな。
ちなみにトラムってのはこの街に昔張り巡らされた線路の上を走る箱のような乗り物だ。
「さーて、いつもながらのオーディエンスはアウェイですか? 峯岸孫サン」
目の前の東方系のサングラスの男は何も答えず腕を組みオレのことをじっと観察していた。
「ま、いいけどよ」
彼とのまともな会話は望めまい。
ただオレが真面目に仕事をしているかを見張るためにいるのだ。
見張られなくてもオレに選択肢なんてないのによ。このエデン内で賢くお利口さんに暮らしてくには、オレみたいな学のねえヤツは広告塔くらいしかねえんだってのに。
けど、ずっと監視してんだよな。アイツみたいなヤツがクズな大人の代表格みたいなものだと思っている。
アドバイスもない。ただ見ているだけ。そのくせ、減点ポイントが書かれたチェックリストに一個でもついていれば報酬を減らしてくるのだ。
オレはこのつまらないオトナから目をそらすと気合いを入れるためにレザージャケットを羽織り直す。鏡で赤く染めた髪を整えて……。
エナジードリンクのレッドエヴォルブ。オレはコイツを宣伝している。
真っ赤な缶に「EVOLVE」の文字のイカしたパッケージだ。
タップを指で開ける。カッコいい開け方を研究中だがなんも思いつかねえんだよな。
オレはぐいっと煽った。スッキリとした味わいが広がっていく。
「おっしゃ!」
オレは飲み干してからパンっと手を叩いた。
「さあさあ、リンゴ・ロックスターさまの刺激的なショーが始まろうってんだぁ。見ていかねっと損だぜぇ」
峯岸孫に言われた通り簡単な口上を述べる。
自重しろオレ。心の中でそう思いながら乾いた声で「カッカ」と笑った。
ちなみに余談だがオレの名前は親父が拾ってきたロックっていう古典音楽のデータから名前をつけたらしい。オレはそんなミュージシャン知らねえんだけどな。
死んだばあちゃんも口よりも行動で示す漢になれと言ってたので遺言を守りたいのだが、峯岸孫がゆるしてくれなさそうだ。オレの能力を過信するわけではないが結構派手な能力だと思う。レッドエヴォルヴを飲むことで発電できる。何で使えるかは不明だが使えるものは使えるって納得している。
ペンを取り出し空中に電撃の筋を描き出すといつもの口上で点数稼ぎをする。
「進化を促すのレッドエヴォルヴを飲んだらバイブス上がる。更に言うとオレさまは最強だ。なんてったってどこにでも雷光を描き出せるんだからな」
峯岸は表情を変えず無愛想にこちらを見ている。客は誰も立ち止まらない。皆無関心に通り過ぎていくだけだ。
「おい、どうだ?お兄さんレッドエヴォルヴ飲みたくなんねえか?」
オレは通行人に声をかけたが、掌を向けられて拒絶の意思表示が返ってくるだけだった。
ただ目の前をトラムがゆっくりと通り過ぎようとしている。
「ハイ、君はクビね。ウチは客の集められない広告塔はいらないから」
破銭を投げつけて去って行く。それは解雇宣告だった。この街には生活に困っている浮浪児やら非行少年やらはいっぱいいるのだ。オレの替わりにソイツらをストリートに立たせて芸をさせるのだろう。
こういう時、大人ってのは本当に卑怯だと思う。レッドエヴォルヴが……カイシャ勤めがそんなエラいのかよ。コッチにも生活がかかっているというのに、いらなくなったらポイだなんて……。
飛んで来た破銭を浴びながらオレはギリリと拳を握りしめた。
「ああ、イライラすんなぁ!」
ふざけんじゃねえ。だが、本人に殴りかかるわけにもいかない。何せ、レッドエヴォルブ社はブチギレて社員にけがを負わせた子どもを人体実験の材料にする。
政治機能が麻痺してしまっているこの町で企業を自称するヤツら——カルテルが運営する裁判所。法廷に立たされるとその場で罪に値段が付けられる。
罰金いくら。
人々のお互いの信頼の吹っ飛んでしまったエデンのことである。大体の場合即日の支払いを求められる。当然、オレみたいなストリートの子どもには払えない。そうして、人体実験の素材としてどこかの実験施設に送られることになるのだ。
誰がエデンなんて横暴な名前をつけたかオレは知らないけれど、この街は全然楽園じゃないと思う。鬱屈した世界。進化の歩みを止めてしまった世界。
「クソッタレだ、クソ野郎だ! なんで世界にゃこんなしみったれた街しか残ってねぇのよ!?」
その中で人間は進化を求めて足掻き続けている。そんなのは歴史上の奇跡でしかない。労働基準法だの、人権だのをこの街は知らない。
鬱屈とした街。そこから解放されたいと人々の誰もがそう思っている。だが、そんなのは21世紀前半にあった歴史上の奇跡でしかないだろ?
労働基準法だの、人権だのをこの街は知らない。
オレも進化してぇ。こんなクソみたいな世界を超越してやりてえんだ。
新連載です!
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をしたうえで、本作を読み進めていただけると幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします!
Eden is A lie!(リンゴ・ロックスターキャラクターソング歌詞)
稲妻が交差する
閃光が暴れ狂うけど
進化がオレを求めてる
先に進めと急かしている
どうだい!?巻き込まれてしまうのかい?
そうだよ!退廃だよ!
撃ち落とせ!撃ち落とせ!
Eden is a lie, Eden is a lie, Eden is a lie to the people.
渦巻く欲望と飢えの狭間に
Eden is a lie, Eden is a lie, Eden is a lie to the people.
オレの声が聞こえるかい?
雷が走り出し
憂鬱燃え上がる午後
進化がオレを変えていく
世界を変えろ叫んでる
そうかい。巻き上げて進むのかい。
なんだい。退廃かよ。
撃ち落とせ!撃ち落とせ!
Eden is a lie, Eden is a lie, Eden is a lie to the people.
渦巻く欲望と飢えの狭間に
Eden is a lie, Eden is a lie, Eden is a lie to the people.
オレの声が聞こえるかい?