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海風になびかれた、ねこと月見酒

作者: いけ蔵

海風になびかれた、ねこと月見酒

いけ蔵


 コーヒーをドリップしているとき、お湯を入れすぎてしまいサーバーから溢れ出してしまった。おいしいコーヒーをまとめて作っておきたい。そんな浅はかな気持ち。

幸せのもとである水を欲張って注いだ。

幸せという名のコーヒーを手に入れるために。

あふれ出たコーヒーは当然あつく掃除が大変であった。雑巾の色がコーヒーミルクのような色に染まる様子を見て、涙が浮いて、こぼれた。これはまさしく1か月の恋愛の縮図なのだろう。


 コンビニでフリーターとして働いている秋斗。おしゃれな言い方をすればウルフヘア。もともとサラサラな髪質の秋斗が行うと、朝のシフト時は少し寝起き感を隠せないスタイルである。かろうじて一つ結びに結べる長さであったが、レイヤーを入れたため、ハーフアップでごまかすのがやっとという感じある。眼鏡に少し伸びたウルフカット。みんなと同じ制服。そんな特徴の無い服装であっても、なじみのおじさんやおばさんには「星合さん」と名前で呼んでもらい、コピー機の使い方を聞かれる。店長がいないときには店長代行業務を行い。週末は学生だけのシフトが多いため、平日固定で朝から入っている三十路の秋斗がちょうど孫と同じぐらいで、常連さんからすると話しかけやすいのだろう。

 長く務める仕事ではないことは自分が一番知っている。新人研修などを任されるときに、少し童顔であるため学生に間違われたことがあったが、実年齢を伝えると「なんでこの仕事をしているの」と世話焼きのおばさまに言われたことがあった。実際コンビニの仕事は好きだ。話したいお客様は空いている時間に来店される。こう見えても「朝から元気だね」と言われるぐらいマニュアル通りの接客をしている。プラスアルファで世間話をしていると勝手にお客様は“いい子”と認定してくれる。一度、以前の仕事で体調を崩してから、とりあえず始められる仕事を選んだ。腰掛のつもりが、男版のお局バイトだ。

 武蔵野線新秋津駅と西武池袋線秋津駅。乗り換えの駅ではあるが、改札を出て8分ほど商店街のような屋根の無い普通の道を歩く。きっと地元の人以外初めて来た人は迷うのだろう。大きな標識が立っている。乗り換えの人が通行する道に、秋斗が務めるコンビニがある。

 学生時代の友人らと違い、結婚というゴールもなければ、授かり婚のようなものは無縁だ。大学を卒業したての時は、年上の男性に憧れて、「目指せ玉の輿」と相談所に登録をし、マッチングパーティにも週末は足を運んだ。

 日頃は男女のカップリングパーティが行われている所が2か月に1度ぐらい、ゲイ向けのパーティを企画している。内容は男女のものとさほど変わらない。唯一違うところは、参加者全員と自己紹介をするところだろうか?当たり前だがストレートの方たちのパーティでは同性同士の挨拶は割愛されている。あとは肌感覚だが、新人の方が司会進行をしている印象を受ける。きっと会社として本気でアテンドしたいのは、会員数も多く成婚時に成婚料を貰えるストレートがメインターゲットで、マイノリティは社員教育の練習台という感じなのだろう。それでも家とコンビニの往復よりは断然刺激がある。同い年から年上の人と会えるのであるから。

 もちろん今までも、パーティに行けばいい思いができた訳ではない。人気の層というのはどのセクシャリティにおいてもあるだろう。ゲイでいえば短髪・黒髪・筋肉質というところだろうか?自分もモテたくて短めの髪にしたことがあるが、短髪にしては長く、何よりも似合っていないという思い出がある。まるで、存在を肯定されていないマネキンのように生身の人間と違い、同じ土俵にも上がれていな気がした。だからこそ、新宿に来る時には必ず他の予定も考えるようにしている。映画を見る。人気のスイーツ店をのぞく。そして今回は北関東のアンテナショップが合同でイベントを行っているということなので、パーティに来る前には少し顔を出し、飲むヨーグルトを呑んでふらふらと時間をつぶしていた。一角にはIターンの募集と書かれた広告が張られ、1次産業の若手が不足していることが感じられた。


 パーティが始まると、一人の男性に目を奪われた。特にイケメンではない。優しそうな少しふくよかな“お父さん”という感じだろうか。

自分でいうのもなんだが裕福な家庭に育ち私立大学を卒業させてもらった。だからこそ、両親は「同じ町内会のあみちゃんは、メガバンクに務めて今は産休中。どこどこに家を建てるんだって」「となりの神さんとこのお子さんがかわいくて庭で遊んで行ってくれたのよ」と母がつぶやくと、ひと呼吸おく暇もなく「お前は」と父が言うそんな流れがまるで、ありきたりな昼ドラのケンカのきっかけとなるシーンのように、実家に帰るたびに繰り返される。

以前の仕事を辞めて実家に帰るか悩んだ。家賃は浮くかも知れないが、まだ自分の働くという体力と社会性を信じたかった。そして、運命の“スパダリ”に出会うかも知れない。その時に実家住まいでは過干渉な親が邪魔をする可能性がある。そう思いフリーターながらも一人暮らしを続けていた。その答えは本当に良かったと思う。遅い時間のシフトでも文句を言われることも無い。

育った環境のせいにだけはしたくは無いが、父親というよりは“人生とは、経営とは”を常に考え、食事の話のネタにしていたような人である。他の家庭と違うことは、大学生になり初めて気が付いた。友人の話を聞くと「会話をあまりしない」もしくは「芸能ニュース」「会社のグチ」などが多いらしい。幸せな家庭ではあるが、テレビドラマのような晩御飯タイムが実際に存在したことに驚いたし、そして経験してみたいと思うようになった。だからかもしれないが秋斗には少し“ファザコン”要素がある。年上の人に無条件に優しくしてもらえることに夢を見ているのである。

大学時代は危険な思いはしたことは無いが、年上とデートをしていたので、同じゲイ友には「パパ活」や「リアルおやじ狩り」とからかわれたし、恋人候補の人には「あきちゃんが、風俗のお店で働いてたら、俺毎週通っちゃう」と本人は褒めているつもりかもしれないが、あまりいい気分にはならなかった。

 まぁ、その恋は少しの“?”が積み重なり、自然と、数枚散っても気づかれない春先の薄いピンク色の花びらのように、気が付けば新緑の華やかな色合いしか残さない思い出となってしまった。自分でも意図して思い出さない限り気が付かない小さな恋。


 9月になりたての週末に、慶長けいちょう進に、パーティで知り合いマッチングした。青森出身らしいが、青森でも少し珍しい苗字らしい。最初は歴史の年号と同じですねという。よくわからない会話をしてしまったことを覚えている。自分よりも10個年上の彼は少しふくよかで、やせると目元がくっきりとしたイケメンに変身するのだろうということが、容易に想像の付く顔立ちだった。もともとは東京で学校の先生をしていたらしいが、30代後半になり、独身という肩身の狭い思いと、独身だから早出もできるよねという圧力から、社会科見学で訪れた酪農の仕事に興味を抱いたことを思い出し、Iターンの申し込みをしたらしい。そしてありがたいことに、飲むヨーグルトを飲んていた秋斗の事を目で追っていたらしく、求人広告を見ていたことを知っていた。

 今日は新宿には仕事で来ているが、地縁の無いIターンの40代の酪農家はかなり若いらしく、毎回では無いが、東京に日帰り出張に来ると、「たまには、遊んでおいでと」言ってもらえるらしい。仕事終わりに荷物をハイエースに詰め込むと、あとは一緒に来た還暦間近かのおじさんたちが帰り、明朝電車で帰路につくらしい。本人曰く「ありがたいが、場所やタイプの人がいないときは、満喫で朝を待つので結果的に地元と変わらないとの事。今回は新宿だからパーティもあって、そして秋ちゃんに出会えたから。よかったけど」と決して目線を合わせない。進の事をなぜか可愛いと思いながら眺めていた。


 「今回は2組のカップルが成立です」というアナウンスとともにカップルが発表される。一組目に番号は呼ばれなかった。2組目に進と秋斗の番号が呼ばれた。カップルが成立すると成立したカップルは他の一般参加者よりも10分ほど早めに帰路につかされる。その日はすでに遅い時間だったため、ラーメンを食べ、SNSのメッセージ機能を進に教えて、自分の家に帰宅した。ゆったりとした気分を心の奥に感じた。今日初めて会った人ではあるが、自分を一人の星合秋斗として見てくれている。親しい家族のように「同じ30歳なのに、あみちゃんは」とか、「大卒なのに」という比較するということをしてこない人なのだと安らぎを感じた。


水曜日と木曜日はほぼ17時にはバイトは終わる。自宅までの道のりは5分ほどである。秋斗はそこまで大食いではない為、コンビニの廃棄を少しもらうだけで、食費の8割を浮かせていると言っても過言ではない。店長も新商品の廃棄が出ると、一番シフトも長く入り、常連のおばさんに感想を伝えている秋斗に優先的に廃棄を渡している。同じ時間帯のスタッフもその様子を見ているが、一切嫉妬されたことは無い。むしろ貰ったら、売り上げ向上のための声掛けを頑張らなければいけないと誤解しているらしい。「普通の声であいさつ兼防犯のために喋っていればいいんだよ」と当時高校生のスタッフに伝え、新商品の廃棄肉まんを半分渡したが、食べてもらうことは出来なかった。

ずば抜けた接客スキルがあるわけではないが、そんな風に勤務していると、バイトの中でも浮く。学生バイトの仲間には受け入れてもらえないし、社員グループでもない。そして夜勤の同じフリーターの人たちとも違う。夜勤の人のように時給がいいから、バンドマンをしながらも稼げるからという20代ともまた違う。希薄な人間関係には慣れてはいるが、2人シフトであっても寂しい思いをするのは、お局フリーターの定めなのかも知れない。

秋斗は今までの恋愛と違い、水曜日と木曜日に、進とテレビ電話をする。こんなことは初めての経験である。今までは対面で会い、会う回数イコール体を重ねる回数とほぼ一致していた。決して“それ”を否定しているわけではない。しかし、自分が過去に関係のあった人が、2歳年下の新しい彼氏と付き合うために、自分との関係を清算していたことをSNSで知ったときは悲しく涙が出た。決して嗚咽するわけでもなく、そっと雨の降り始めのようなしずくであった気がする。


進とはゆっくり慎重に関係性を進めていきたいと考えていた。テレビ電話と週末のどちらか1日、主に土曜日が多かった印象があるが、自宅から、南流山駅で乗り換え、守谷駅に向かむ。1時間半ほどの時間。家をだいたい6時ごろにでる。

南流山駅で乗り換える時に、到着予定時刻をメッセージする。そうすると、ショッピングモール守谷の駐車場内に車を駐車して、彼が待っていてくれる。もちろん仕事がひと段落しないときなどは、自販機で飲み物を買い、駅改札内の寒くないところで時間をつぶしている。秋斗の父親はプライベートの携帯電話を作業着に入れて仕事をしている従業員を過度に嫌っていた。勤務時間内に不必要なものを持ち歩くな、社内携帯を持てと食事の際のグチでよく聞いていた。そのため、進が務めている職場ではそんなことが許されているのかと心配になってしまったが、そんなことは人で不足の場所では一切と言っていいほど、議論にも上がらないらしい。もちろん進の耳に届いていない可能性もあるが。

守谷駅前もしくは、ショッピングモール守谷の駐車場で進の運転する車に乗る。そして、進の家で、愛猫とともに進の昼休憩が訪れるのを待つ。出会って2週間ぐらいはたっているのだが、二人は手を重ねたことはあるが、手を握ったことも無かった。三十路と四十路。手も握っていないのは珍しいのではと不安になってしまうほどであった。今、気になることは2点。いくら休憩時間とは言え送迎に30分はかかること。そして、二人の進展のスピードは慎重を通り越してゆっくりなのではと、ただ、自分の逃げの姿勢もしっかり露呈してしまった。

30代後半に学校教員を退職したと言っていた為、勤務して5年目ほどだろうか?テレビ電話という2人きりではあるが、Wi-Fiがと切れれば、終わってしまう。そんな異空間の中、質問をした。答えは星合秋斗の価値観を超えていた。

移住してすぐに、結婚はという質問が後を絶たず。素直に、進は自分のセクシャリティをお酒の力を借りて吐露したらしい。そして、結婚式の際には仲人親になってくださいと、間借りしながら酪農を学ばせていただいているご家族らに言ったらしい。言ってしまったと言う方が正しい気もしたが、そこが男らしいなとも感じた。

テレビ電話では、「仲人親なんて言葉最近の30歳は知らないよ(笑)」

なんて言葉を伝えながら、「じゃぁ、なんで秋ちゃんしっているの(笑)」と言われながら過ごした。Wi-Fiが繋げてくれる異空間だから素直に聞けたのかなという“?”、そして意外とちゃっかりしている人なのかなという“?”を感じた気がした。


 進が間借りしている家だが、間借りと聞くと居候のようなものを想像していたが、大家さんの敷地内にある借家に住んでいた。古めな一軒家。家賃は「誰も住まないとくたびれる一方だから」「酪農の仕事を続けてくれればいい」という条件で無料ならしい。

 直接は会ったことは無いが、秋斗の事を迎えに行くために、中抜けしていることももちろん知っているし、あわよくば、秋斗にも一緒に住んでもらえば、進が東京や青森に帰ることが無いからいいぐらいに思っているらしい。

 話を聞きながら、進はカミングアウトをして、仲人親を決め、秋斗の事を話し、そして関係性も伝えている。1週間に一度、ドアtoドアで2時間かけてきている人がいると聞いて、真剣に交際をしているのだということがバレていて、そして外堀を埋められている気持ちになった。

少しの“?”を感じた。もしかしたら、家にお邪魔しているときに酪農家の皆さんにあってしまうかも知れない。恋人ではなく大切な人という表現だから大丈夫と言われたが、本当に大丈夫なのだろうか。でもここまで考えてくれた人は初めてだった。今までと違う恋愛だからこそ、戸惑っているのかも知れない。躊躇してしまうのかも知れないと言い聞かせるように笑顔を作っていた。


そんな“?”を感じながらも、週に1度は会いに通っていたのは、今までの相手とは違いとても将来を考えてくれているからだろう。今日はお互いに1日休みの日。

進が車を出してくれるということで、遠出をすることになった。お互いにデートというものをあまり経験したことがない。だからこそ、行きたい場所が思い浮かばず。自然とガイドブックに載っていた、高速道路を使い1時間ほどで付くと書かれていた。水族館に行くことにした。当日はかなりワクワクしたことを鮮明に覚えている。進に出会ってから、新秋津から守谷までの交通費と、お菓子の手土産代は支払ったが、食事代をはじめとしたデートにかかる費用を全額払って貰っていた。今までは年上と付き合っても半額もしくは、実際に自分が食べた費用よりも多めの金額を伝票に挟み、会計時には“ご馳走様でした”とつぶやいていた。

実際にご馳走になったわけではないが、年上をたてることは大切だと思っていたし、そのように言い聞かされていた。特に自分よりも稼いでいる人なのであれば、尚の事気にしなければいけないと思っていた。

8時前位に守谷駅前のコンビニの駐車場で待ち合わせをして、飲み物やお菓子を買い遠足の準備のようなことをして、お手洗いを借りる。少しでも“かわいい”と思ってもらいたいから、鏡でどこを直すわけでもないが、確認をする。あの時にパーティに参加していなければ会うことが無かったと考えると自然と嬉しさの笑みが出てくる。

車内では特に会話は無かった。違う飲み物やお菓子類を買っていたので、自然とシェアをする。そんな小一時間がとても嬉しかった。

カーナビを見ると9時前には水族館についてしまうことになっていた。開園と同時にイルカショーなどに向かうのであれば別だが、ゆっくりと水族館の中を散策できればと考えていた、進と秋斗には少し早い到着のような気がしていた。そのため、最寄りのインターを降りた後に、地元の人に有名な観光地に行こうと誘われた。今は秋口のため関係ないのだが、その日陰橋というところは時期になるとアジサイがきれいに咲くらしい。

「来年のデートの下見をしようよ」そんな優しいセリフに心が揺れる。

自分が同級生と比べられて不快だったように、相手を自分の過去の恋人と比較するのはよくないことはわかっている。でも、うれしすぎて心の中で「今までの人となんでこんなにも違うのだろう」とつぶやいてしまう。体も重ねていない。手も繋いでいない。

愛猫のハチワレ君を初めて撫でさせてもらった時。「ぱぱも、まだ撫でてもらってないのにずるいな」とつぶやいていた優しい人。きっとこういうのが運命なんだなと感じた。

季節外れの茶色い木を眺めながら考えていた。

「緑のアジサイの花言葉知ってる?」

「しらないよ」

「ひたむきな愛っていうんだよ。全部が緑じゃないから、何とも言えないけど、緑のアジサイが咲いたらこの言葉をまた贈るから」と照れた表情で伝えてもらえた。恥ずかしくなり

「その前に水族館行こうか」と車に向かう。日陰橋という名前であるが、見る目線が変わると、観光地の“恋人なんちゃら”とうたわれているものよりも、何倍もロマンチックに感じる。三十路を迎えたからこそ、こんなにも感受性が豊かになったのだろうか?

助手席のドアを開けてもらった。コンビニの駐車場ではできなかったのだろうか?照れた表情がまたかわいいと10個年上の彼氏に想いを寄せる。


「今日はハチワレ君、お留守番寂しくないの?」

「大家さんに鍵渡してあるから。ごはんとかは大丈夫。もしかしたら寂しくしているかも知れない」

そんな、会話をしながら、日陰橋を後にする。田舎という性質なのか、水族館の駐車場が広いなと感じた。都会なら立体駐車場になっているだろうな。海風にあたりながら、そんなことを考えていた。

9月中旬の海風は思いのほか強く、髪を強くなびかせた。短髪の進の髪はなびくことは無かった。眼鏡の上から耳にかけた髪が覆いかぶさる。入場口に着くまで7分ぐらい歩い

ただろうか。

「寒っ」と言いながら歩く。

館内に入ると周りは家族ずれと、カップル。そして唯一男性同士の二人組を見つけたが、会話の内容を聞いていると「この淡水魚は…」「でもこの色は…」などと絶対に海洋生物系の学生さんか、もしくは院で研究している人だろう。年齢は自分と同じぐらいだが、一つの事をずっと継続して頑張っている人たちをすごいなと思う。自分は大学4年間同じことを学んだ。それ以上継続したことは何もない。高校も普通の成績で卒業して、生活には支障は無いが“職務経歴書”に記載することなんて、ハローワークのテンプレ通りの事しか書くことができない。慶長進のように学校教員を続けて、酪農の仕事を志すなどの気持ちもない。学生のうちに好きなことを見つけて、同じ仕事を継続して行っている大学の友人たちを羨ましいという気持ちで眺めていた20代。そして、もはや彼らは友人ではあるが、同じ土俵には立っていない。

この水族館のらっこや魚たちのように、きらきらとした姿で、ガラス越しで眺めるものなのだと感じた。こんな自分が、進と人生を伴に過ごすことができるのだろうか?と本気で考えながら、ガラスに映った年上の彼を見つめている。


今晩は水戸駅に送ってもらうことになっていた為、水族館の後に、少し海岸近くを散歩した。ずば抜けてきれいな波辺ではない。だからこそ、人も少ない。21時には水戸駅に送って貰う予定である。混んでいなければ30分ほどで付くらしいが、あまり普段来ない場所であるし、田舎は車社会であるため、渋滞してもいいように20時にはここを出発しようという話になった。月がきれいにそして少し怖いぐらいに輝いている。

どこで習ったか忘れてしまったが、月は自分では輝いてはいないらしい。太陽の光を受けて輝いているように見えるらしい。きれいな黄色ではなく、オレンジに近いような光を眺めながら二人で見つめあった。スニーカーでも浜辺は少し歩きづらい。普段からスニーカーの立ち仕事とはいえ、コンビニのフラットな床と、入口の2段ほどの階段とまで言えない段差しか、最近は動いていない、自分にはかなり不安定な歩行となり、クスッという笑みが聞こえ、自分の口からも少し笑いが出てしまった。

この人の前なら素の自分で生きていけるのかな?そんなことを考えていた。今日はハチワレ君に会うことができなかったから、次回は会いたいなという思いを抱きながら、駅まで送って貰う。

帰路の電車内で、本当に今日は夢見心地だったなと心がほっこりとする。

砂浜から駐車場に戻った後、少し車に寄りかかり話をした。先日進の家に遊びに行ったときに、すれ違った軽トラック。初老の男性が運転していたらしいが、自分は全く覚えていない。その運転手が進の大家でもあり、間借りをしている酪農家の方だったそうだ。正直軽トラックそのものを覚えてもいない。そして、運転していた人の顔なんて尚の事。

だが、相手からしてみると違う。助手席に乗っていた秋斗の事をしっかりと見ていたらしい。「少し長めの髪の眼鏡の子を乗せていた」と、奥さんと酪農仲間にも話していたらしい。

奥さんは「本当に恋人かわからないし、それに親戚だったらどうするの」と話す夫を止める言葉を口にはしていたが、顔には“興味津々”という言葉がにじみ出ていたらしい。

「芸能人だと誰に似ている? 年はやっぱり年下? 背は高かったの?」

言いふらすなと止める言葉をつぶやきながらも、質問はして場を盛り上げていた。最も仮に親戚だとしても、誰に似ていて、年恰好を聞いているのだから、恋人と断定して聞いた訳ではないと言い張れるようなしつもんだったらしい。

その言葉を聞いて、「いくらカミングアウトしているとは言え、大丈夫だった?」と心配の言葉が自然と出た。

「“俺の大切な人“と答えておいたよ」と話をしてくれた。

30歳のゲイであったとしても付き合ったことはある。しかしながら、自分のいわば職場関係の人に紹介などはしてもらった事も無かった。だからこそ、恋人を表すような“大切な人”という表現がとても心地よかった。水族館の駐車場の時のように、海風が秋斗の髪をなびかせ顔を隠すが、唇と同じ色になっているであろう、耳たぶや頬を隠せて丁度いいなと思うぐらいであった。

衝撃の言葉が耳に届く、「今度遊びに来てくれた時に、みんなでご飯食べようよ。早めの晩御飯になると思うけど、ハチワレと待っていて。お寿司の出前でもとろうよ」

みんなというのは、酪農家の大家さん夫婦は確定だと思うが、酪農家仲間も含まれるのかなと“ドキドキ”しながら質問をしようとした。

まごまごと質問を出し渋っていた為、畳みかけるように話しかけられた。

「これは男女でいうところのプロポーズだね。一緒に住もうよ」

「新婚旅行は、昔学生時代に憧れたオーストリアでオペラとか聞きたい。秋ちゃんの好きな甘いものもいっぱいあると思うよ。これから沢山ケンカもするけど、ずっと一緒にいるって決めたから」

肌寒い中ではあるが、火照った顔にはちょうどいい海風が耳に届く。

駅に向かう車内、秋斗は進の左手を眺め、そしてカーナビの“目的地までの所要時間”を眺めることを繰り返し、進の顔を眺めることは出来なかった。

嬉し恥ずかしいという気持ちなのだろう、風がなびくことの無い空間では、少し勇気がいる。早くついてほしい気持ち。そしてまだ一緒にいたい気持ち。なんで好きな人に好きと言われて“?”が浮かんだかはわからないが、このまま進むことに後ろ髪をひかれる思いもあった。男女の結婚においてもマリッジブルーという言葉があるし、いくらフリーターとは言え、遊びにしか来たことしかない場所で暮らしていくことにはとても勇気が必要だ。家はあるから必要な家具だけ持っておいでと言われても、必要なのは家具よりも仕事である。

秋斗はふっと気づかされた。この人の金銭感覚とお酒の量が不安なんだ。

「今日は恥ずかしかったけど、沢山うれしい言葉をかけてくれてありがとう。帰りも気を付けて運転してね」と声をかけ別れた。

 秋斗は日暮里へ向かう電車内で、カミングアウトしている大学時代の友人のしおりにメッセージを送った。しおりは既に結婚をしている。そして数少ない秋斗の友人である。初めてプロポーズの言葉を貰ったことを伝えると、21時は過ぎてはいたが、土曜日だったためか、すぐに返信が来た。「星合くんにも春が来たね。お月見でプロポーズとか感動」と言って貰えた。

 自分なんかという言葉を、脳内でよく呟くことの多かった秋斗にとっては本当にうれしいことだが、なぜかまた“?”が頭に浮かぶ。その気持ちをメッセージにのせる。

「プロポーズされるのはうれしいけど、なんかスピードが早くてついていけていない自分がいる、しおりちゃんは結婚しているじゃん?結婚前に聞いていたほうがいいこと、確認しておいた方がいいこと教えて」と入力して“紙飛行機”ボタンを押した。今までの中で一番重たいボタンに感じた。決して、物理的に重いわけではない、しかしこのスピードをもし止めるような答えが来たらどうしようかと思うぐらいだった。

 そして、同時に景子にもメッセージをコピペしておくる。普段クールな景子からすぐに返事が来ることに驚いた。しおり以上に驚いていて。

「グループトーク作った。ここでみんなで話すよ」ということになった。ふたりとも親友であることには変わりは無いが、家庭重視で体力のあるうちに出産を考え20代後半で出産を経験したしおり、出産も考えているが仕事も重要。子供は出来たら生むという考えの景子。どちらの意見が正しいとか正しくないとかではなく、三十路のゲイと違って選べることが羨ましいと思いながら過ごしていた。

 今は自分の未来を考えなくちゃ、昔羨ましいなと思いながら眺めていた、彼女たちの人生選択の話、お互いに相談しあった中だったことは一度忘れよう。そう心に決めた。

 意外としおりの方が冷静にことを進めた。

1,現在の年収

2,借金の有無

3,貯金額

4,親御さんご家族はどう考えているのか

5,ふくよかな体型ということは、お酒などの趣向品について

「まずはこれで納得のいく答えか、妥協できる回答なら、食事会に参加する。これでどう。秋ちゃんさ、私と景子も食事会参加していいかな?」

「秋ちゃんは親御さんに話せないんだから、一人で行動しちゃだめだよ。こういう時に友達を使ってね」と頭に浮かんでは消えを繰り返していた“?”を見透かされたようにメッセージが届いた。

 酪農家の朝は早い。だからこそ、あえて10時ごろに昨晩のお礼と、女友達と相談して、引っ越しを伴うこと、そして仕事を変えなければいけないこと、10歳という年の差があるからこそ、お酒の事も教えてほしい。と前置きの文を記入して、

しおり大先生の質問事項を伝える、1年収、2借金の有無、3貯金額、4ご家族との関係性、5飲酒を控えていただくことができるか?

お酒の飲みすぎにより、尿管結石になったことがある進にとっては胸が痛い質問であることは重々承知だ。しかし、「お互いが幸せになる準備をしているからこそ、どちらかが不健康なのは辛い。」と伝えたかった。でも最後の文は送るのに勇気が必要だった。自分自身が甘党で、コンビニの廃棄スイーツの元の量が少ないとはいえ1日に2個ぐらい(事実上全部の廃棄)を食べつくし、おいしいものは夜勤中のナースさんや、常連のおばちゃんと、廃盤になったスイーツの後釜を探しているおじいさんに、的確に進め購買してもらい、ナースさんから、「夜勤休憩時間に星合さんにあうと体重が増える」と冗談を言われるぐらいのレベルである。どんなにBMIが正常値でも、もし自分が甘いものを食べちゃダメと言われたらショックを受けるだろうか。そんなことを考えると、悲しくて、健康のためにという言葉を添えることができなかった。


17時の退勤時にスマホを確認する。進からの返信が来ていた。

「朝からなんて不快なメッセージなんだ。お酒をやめろというなら別れる。年収は370万。借金はなし、家族には報告するつもりはない。貯金額は60万」心の中で進を怒らせてしまった罪悪感よりも、600万円の間違いなのではと思ってしまった。Iターンで移住したため返済不要の補助金が出ること。そして家賃は無料。昨晩物件検索サイトで似た条件の一軒家を検索したところ、10万円ほどかかることがわかった。車などにメンテナンス費もかかると思うが、それにしても少ないなという印象を受け、自分の貯金通帳の残高よりも少ない数字であることを痛感した。

メッセージはコピペして、グループメッセージで共有した。

「この男はやめておいた方がいいよ。」しおりが普段と違いすぱっと切る。

意外と景子は「秋斗も健康のためって単語を抜かしたんだから落ち度はあるよ。もう少し話し合いなよ」とやさしく自分の非を責めてくれた。

なんせ人の恋愛ばかりアテンドしてきた。自分の事になると毛頭ダメである。


いつもならすぐに返信をくれるが、既読の付いた“ごめんねスタンプ”に返信が来ることは無かった。2人に相談して初めて気が付いた。頭に浮かんだ“?”はアラートだったんだ。そんなアラートを無視して、今自分は傷つき。でもハチワレ君にはもう一度会いたいなど,馬鹿げたことをグループトークでつぶやき。今晩「グループテレビ電話するよ」「景子遅れてもいいから参加ね。星合くんは強制参加ね」と言われてしまう。

いつものイメージとは違いしおりと景子が本当はスマホを入れ替えて持っているのでは疑ってしまうほどであった。

女性らしいゆったりとした声に包まれて、恋愛の結果を報告した。既読無視というものが一番の罪であろう。「音信不通の人とどうやってケンカするんだか」「相手の家に住んでからじゃ大変だったから今気が付けてよかったよ」と慰めてもらった。

忙しいであろう平日の夜に話をしてくれる友人らに感謝をしつつ、どこかで胸に届かないのはなぜだろう。自然と涙が出てきた。「でも、結婚とか一緒に住むことを考えてくれる人初めてだったんだ。慶長さんとは縁が無かったけど、初めて、体を重ねないお付き合いをしたんだ。三十路過ぎて言うことじゃないのはわかっているけど、守谷っていう茨城に通うのが毎週楽しかったんだ」と守谷の単語に差し掛かったあたりから、自然とぬくい水が頬を伝った。

「年の差もある相手の健康を心配して、逆切れされていても好きなの」景子がつぶやく。「叩かれた訳じゃないし、デートの時のお金全部出してくれるぐらい優しい人だから、逆切れじゃないもん」とまるで子供のような言い訳をしてしまった。

「そんだけ一人の人を好きになったのは素敵だけど、自分の幸せにつながらないよ。そして今までどんな人と付き合ってきたのよ。百歩譲って割り勘はともかく、ねぇ景子?」

「…なんか言いたいことある」

「今日はもうないです。週末に会いに行くこともしない。だって連絡ないんだもん。でも酪農家の方たちにはお詫びの菓子折りを持っていたほうがいいかな?食事の準備されていたら大変だし」

「いらねーよ」「バーカ」二人の声がハモる。


「景子、週末は私の家にお昼ごろから集合ね。星合くんの根性叩きなおしてやる。彼氏に叩かれないのなんて当たり前だから。子供は旦那と一緒に近くのショッピングセンターからの実家にというスケジュールにすれば安心。」


もちろん秋斗の答えなんか二人とも聞いていない。


 秋斗は1Kの家で一人暮らしをしている。バストイレ別。押し入れもある。そして古めの物件だからこそ、キッチンスペースも築浅物件と比べると広い。欠点としては換気扇の付近や玄関ドアに隙間があり、文字通りの隙間風により、キッチンと居室の間仕切りの扉を風の強い日は叩くのである。駅徒歩圏内、公益費用込みで5万円なのだから値段通りの住まいであるが、自分が自由に入れる空間であり、とても落ち着いていた。

 あの人とであって唯一共通点があったのは家だろう。少し隙間風が来るところ、雨戸の建付けが悪い所。そんなところさえも似ていて嬉しいと思ったのは紛れもない事実だ。きっと今頃、僕の陰口を酒の肴にしているか、もしくは一人と一匹で月見酒でもしているのではないかと思っている。節酒を考えると日本酒なら1合ぐらいにとどめてもらいたいものだ。


 週末しおりの家に訪れた。手には値引きシールを張ったスイーツを二袋分抱えて。

「星合くんったら女子よりも女子。私は酒を買ったよ」

「あたしはワインとあたり目」秋斗の後ろから景子が話す。

「どんな組み合わせよ、チーズじゃないの」

リビングに通されて、失恋話に花を咲かせる。ロマンチックな男だ。ギザだ。外堀から埋められてたね。(笑)と各々慶長の悪口をいう。きっと秋斗の為だ。

嬉しくて、口元が緩むと同時に、鼻腔から入ってくる空気に少しの冷たさを感じた。そして、空気を鼻で吸った状態をキープしながら、

「今回さ、本当に同棲してからじゃなくて、よかった。実はさ相手からプロポーズを受ける前から、この人が運命の人なんだだからこそ、時折頭に“?”が浮かぶんだなんて考えて、近くのコンビニや未経験可のバイトを探したりしていたんだ。でも、既読無視は無いよね。

貯金60万円じゃ、オーストリアへの新婚旅行も、酪農家の田舎式の結婚式意外と安いんだ!と言っていたけど、足りないよね。(笑)」

「…」

「でもさ、不思議と、彼と笑いながら、貯金していたらハネムーンじゃなくてフルムーンになっちゃったねとか言いたかったな」

「フルムーンって何?」

「もうなくなっちゃけど、JRが熟年夫婦を対象としてグリーン車乗り放題のチケットがあったんだけど、そこから子育てとかが落ち着いた熟年夫婦が旅行することがフルムーンっていうらしい」

「秋斗どこまで、頭の中お花畑なの」いつもの口調に戻った景子にアドバイスを受ける。


10月のハロウィンの準備に幼稚園は忙しいのか、冷蔵庫の扉には、工作材料の準備のお願いというプリントが張られている。

3人とも自分で選んで今の幸せがある。秋斗もまた、自分目線で見たら非正規雇用、もしかしたら男に騙されたゲイかもしれないが、家庭に入った女友達からは自由にできる。子供や義理の親の目線を気にしなくてよい。など違う幸せをしっかりと握りしめている。

一人の人の事を約1か月でここまで好きになれたこと、新しいデートを体験できたこと、手を重ねるだけであったけど、初めて尽くしで”?”というアラートに気が付かないふりをしてしまったが、今となっては二人がいい思い出に変えてくれた。


 人間というのは強がりな生き物だ、一度はすっきりしたはずなのに、思い出を消すことができずスマホに残っている。コーヒーをドリップしているとき、お湯を入れすぎてしまいサーバーから溢れ出してしまった。おいしいコーヒーをまとめて作っておきたい。そんな浅はかな気持ち。

幸せのもとである水を欲張って注いだ。

__電車に揺られて通い詰めた。

幸せという名のコーヒーを手に入れるために。

__同棲して何気ない日常を過ごしたかった。

あふれ出たコーヒーは当然あつく掃除が大変であった。

__既読無視の理由を探し疲れた。

雑巾の色がコーヒーミルクのような色に染まる様子を見て、涙が浮いて、こぼれた。

__友人らの力を借りてこぼれた感情を掃除してもらった。

__早く幸せを掴みたいと思う気持ちは空回りしてしまった。

これはまさしく1か月の恋愛の縮図なのだろう。


12月椿の蕾を見つけた時に、緑の葉の間に情熱的に咲いた赤い花は、ボッと花ごと落ちることを思い出した。新しい命をつなぐためには、次のステップに進むためには、この恋をここに捨てていかなければいけない気がした。

 秋斗のスマホからは、年上彼氏との既読無視状態のメッセージ。ハチワレ君の思い出。テレビ電話の履歴を、ブロックした後に、連絡先を消した。そして、しおりと景子との3人での思い出のグループトークも消した。何年たっても、友人らの記憶は鮮明に残っているだろう。そして、体を重ねることも無く、海風になびかれ、一時的に酒さした顔を隠した記憶も。



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