【7】偽りの恋人 2
教会から、ものの数分歩くと遙香の家に着いた。
なんと超ご近所だったのだ。
一戸建ての多い区画の中の一軒で、二階建て庭ナシ車庫アリの一般的な住宅だ。
外装材や構造が、並びの数件と酷似しているので建て売り住宅だろう。
遙香がごそごそと家の鍵をポケットから出していると、これまた頭の悪い声が背後から飛んできた。
まさか……と思って振り返ると、ああ……これは。
「ガッコなんか行くヒマあったら稼ぎに行かんかコラ!」
「なんなら俺ら紹介してやってもいいんですぜ、お嬢ちゃん」
……とまあ、実に分かりやすい台詞を吐く、絵に描いたようなチンピラが二名。
ひとりはパンチパーマをあて、青く剃り込みの入ったヘアスタイルに、のっぺりした草履顔でスーツを着ている。
やたら肩幅だけあるが体の厚みがないので、格好つけに着ている、ゆったりとした上着が仇となり、ハンガーに掛かった服が歩いているようだ。
もうひとりはボサボサ頭で目が細く、眉間にしわを寄せながら口だけ笑っている。そして、どこかのバンドのロゴがプリントされた黒Tシャツの上に、テカテカしたスカジャンを着て、Gパンとゴツいブーツを履いている。つま先には金属片が打ち込まれているんだが、多分これは彼なりの武器なんだろう。
(バカ息子をとっちめただけで、取り立てが止むわきゃないか……)
「誰があんたらの世話になるもんですか!」
遙香が気炎を上げる。
蛮勇かもしれないが、ひるまない男気に惹かれてしまう。
俺は背後に遙香を押しやって連中の前にずいと出た。
「そのへんにしてくれないかな」
「んじゃ、このガキゃあ。ナイト気取りかあ?」
ブーツが吠える。
俺は脇から銃を抜くと、ニコニコしながらその男の額に突きつけた。
登校時は昼間とはいえ、街全体が異界獣の沸く危険区域だ。いつ面倒に巻き込まれてもいいように武器を携帯している。
「ひッ…………な、なんで」
ブーツはそれだけ言うと、目を剥いたまま固まってしまった。
「どうしたん……ッ!?」
相棒も銃を見て、息を飲んだ。
「こんにちは、お兄さん方。今日からこのへん、ウチの組の縄張りになったんですよ。というわけで、この女も俺のペットにしました。
……いじめると、殺しますよ?」
銃口を少しだけ男の額にめり込ませた。
(ちょっと、それ学校に持ってきてたの!)
遙香が耳打ちする。
微妙に怒ってる気がするのは、ペットという表現が気に障ったからなのか。
(いつアレが沸くか分からないんだからしょうがないだろ)
この銃は無論、人間用ではない。ハンターが異界獣狩りに使う特殊な銃だ。
有り体に言えば、人間相手には普通の威力だ。
異界獣用の弾丸といっても、それほど特別なものではない。
通常の弾丸を加工し、異界獣に有効な効果を付与している。有り体に言えば、彼等の苦手な成分が塗布されているのだ。
その成分は、通常攻撃の効きづらい奴らの外皮を破り、本体にダメージを与えられる。この効果は人間には影響がないので、通常の弾丸の威力を与えるのみだ。
――とはいえ、人間よりも遙かに質量のある生物を打ち抜くのだから口径も威力も大きい。素手で粉砕出来るようなチンピラ相手には、正直弾がもったいない。
銃を突きつけられていない方が、つまりパンチが携帯でどこかに電話をかけようとしている。キーを押す手がガタガタ震えていて滑稽だ。
「あ、どっか連絡しちゃいます? んじゃこっちのお兄さんどうなってもいいんです?」
俺はすかさずブーツの口に銃身をネジ込んでやった。
「あへへー、ふええ」と涙目でわめいている。
多分、やめてー、と言っているんだろう。
「う、わ、わかった、わかったから撃たないでくれ」
ひどく怯えたパンチが、上着のポケットに慌てて携帯をつっこんだ。
「ショウくん、ご近所さんに通報されると困るから、そろそろやめてあげて」
彼女はもう、チンピラ程度じゃ驚きも怯えもしないのか。タフ過ぎて損はない。