エピローグ 夢の螺旋階段
後年、教団内で『大橋の決闘』と呼ばれることとなる、とある戦いが終結し、約一年が経過した。
あの時のことを、俺はよく覚えていない。猛烈な頭痛を薬で抑えて無我夢中で戦った。そして誰かと一緒に敵にミサイルをブチ込んで……どうにか倒せたらしい。
☆☆☆
高校卒業後の春、教団本部の自室で昼寝を楽しんでいた俺は、インターホンの呼び出し音で目を覚ました。
「あ……あい……。多島。どちら様で」
相手は教団の事務方、要件は機関誌の取材だという。
言われるまま身支度をし、礼服に着替えて、取材場所へと向かった。
まあ、暇つぶしにはなるだろう。
「お待たせしました、多島ですが……」
指定された場所は、教団職員が日頃使っているカフェテリアだった。
はんぱな時間のせいで、利用者はまばらだった。
「寝てたんでしょ、ごめんねショウくんさん」
「ん、呼んだのアンジェかよ」
「ちがうちがう、広報課の仕事だって聞いてない? ショウくんさんに用事あんのこちらの記者さんだよ」
シスターアンジェリカが、連れのシスターを手のひらで指し示した。
見慣れないシスターだが……。
「私、撮影に使うやつもらってくるから、自己紹介とかしちゃってて」
アンジェリカは配膳カウンターへと去って行った。
確かに、アンジェリカに記者さんと言われただけあって、そのシスターは大きな一眼レフカメラを首からぶら下げている。
「どうも」
俺はぺこりと頭を下げた。
「初めまして。今日は、カフェテリアに入荷した新作ホットデリの宣伝のため、こちらにお呼びいたしました。ご協力、よろしくお願いします」
彼女はそこまで一気に言うと、頭を深く下げた。
「初めまして、多島勝利です」
「はい、よく存じています」
「だろうね。あは、広報課の人に俺、なに言ってんだ。ごめんね」
「いえいえ。アンジェリカさんが戻られたら、早速作業を始めちゃいましょう。召し上がってるときの写真を数枚頂いて、あと軽くご感想を頂ければOKです」
「了解。……ところで、君と俺、どっかで会ったことある?」
「いいえ。今日初めてですよ」
――初めて? いや、でも……。
そこへ、料理を持ってアンジェリカが戻ってきた。
グルグルとかたつむりの殻のように巻かれた物体が、アメリカンドッグの串に刺さっている。その物体は白い皮に覆われ、表面には虹色のストライプがプリントされている。
一見すると、食ってはいけないブツのようにも思えるが、教団が自信を持ってオススメするのだから、きっと、たぶん、おそらく、これは食べ物なのだろう。
立ち上る香りだけなら、香ばしく焼かれたソーセージのソレである。
広報課のシスターは、その怪しげなグルグルを一本手に取ると、俺に向かって差し出した。
「さあ、どうぞ」
……あれ? おかしいな……。
なんで……。
俺、前にもこんな……。
アンジェリカが、すごくやさしい目で自分を見ている。
気持ちわるいほど。
なにか企んでるだろ……。
そう言いたかったけど。
「おいしいよ?」
「う、うん……」
彼女の手から、ソレを受け取った。
ただそれだけなのに、涙が止まらない。
それを彼女は、カメラを構えようともせず、微笑みながら見ている。
「あの……ごめん。わかんないけど……。
でも……。あの……。……君に会えてよかった」
「私もです、勝利様」
彼女はカメラを構えた。
「君の名前は?」
「シスターハルカです。この春、新卒で教団に就職いたしました新人です。……お写真、撮ってもいいですか?」
俺は、鼻をすすりながら言った。
「……やだよ。泣き顔なんて」
「でしょうね」
彼女は構えたカメラを降ろした。
何故か、彼女も泣いていた。
――何でかな。すごく、気になる。でも。
ま、いっか。
俺がシスターと付き合うなんて、地球が逆回転したってあり得ねえんだから。
(了)
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