【11】さよなら、わたしの天使 7
「くらえッ!!」
黒くぬめった肌を持つ、深海魚のような異界獣。コードネーム『魚人』
異界獣ハンター・多島勝利は、一発も漏らさぬよう、全身全霊を込めて、魚人の口内目がけ、ありったけの銃弾を放った。
強い制動をものともせず、俺は正確に、わずかに開いた魚人の口の中へと、全弾撃ち込んだ。
☆
敵の口から青白い光が漏れ出す。それが異界獣専用特殊弾の証だ。
通常兵器での殺傷が不可能な、異次元からの侵略者『異界獣』。彼等を滅することが出来るのは、教団で開発した特殊兵器だけ。
しかし、その供給には限界がある。ゆえに、教団兵や雇われハンターにしか行き渡らないのだ。警察や軍を介入させられない理由の一つである。
☆
「どう……だ?」
魚人は、そのままの姿勢でぴくりともしない。
死んだのか違うのか。
体を撃ち抜けたわけでもないから、体内を破壊することが出来たのかわからない。臓物でも吐き出してくれれば分かりやすいものを――。
じっと様子を伺っていると、巨体がゆらりと揺れた。
おっ、と思ったその時。
「ぐあッ!! ……し、失敗か」
俺の体はいきなり太いロープのようなもので締め上げられた。
アンモナイトの触手にも似ている。きっと喰らった中にいたかもしれない。
『おい、大丈夫か!? どうなっている! 勝利!』
「俺は、どうやらここまでだ……。時間稼ぎになったかな……」
触手を切りたくても、ナイフに手が届かない。
手にした銃も、弾倉はからっぽだ。
もはや鈍器にしかならない。
『しっかりしろ勝利! おい! お前が死ぬはずないだろう!!』
シスターベロニカの悲痛な叫びがインカムから聞こえる。
触手は胴体から首まで回り込み、俺の息の根を止めようとしていた。
万事休す。
過去何度かそう思ったこともあったけど、今日はホントに本物の、万事休すだ。
意識が遠のきかけたその時、インカムから女の声がした。
『――そうだよ! キミが死ぬのは、私が許さない!』
その声とともに、バイクのエンジン音が接近してきた。
聞き覚えがある……でも。
「その汚い手をどけやがれえええええええええ――――――ッ」
次の声はシスターアンジェリカだ。
見慣れたサイドカーが、目の前で魚人に体当たりをし、炎上。
衝撃で魚人は倒れ、俺を締め付けていた触手は振り解かれた。
だがこの程度で死ぬ異界獣ではない。
「大丈夫か、多島君」
「せ、先生……? なんでここに」
担任教師こと、この街の土地神は道路に倒れた俺を抱き上げた。
「さっき本部から、補充の秘密兵器が届いたんですよ、ショウくんさん」
シスターアンジェリカが俺の顔をのぞき込む。
「ショウくん、助けにきたよ。もう大丈夫だから」
次は誘導兵器用レーザー照射器を持った女の子……えっと……誰。
「あ、ああ」
「一文字さん、こっちこっち、先生のバリアそんなに保たないから」
「はーい、ごめんなさい」
(一文字……さん? というのか)
酸欠のせいか、再び襲ってきた頭痛で顔をしかめながら、俺は立ち上がった。
「えっと……みなさん何をなさってるの……かな?」
「ごらんの通り、レーザー照準つき対異界獣用ミサイルをデリバリーした次第ですよ、ショウくんさん。先生には、道中我々を護る役目を担って頂きました」
「ああ……」
夜の公園でこの男と遭遇した時のことを思い出した。
確かに、ある程度の獣ならば、この男を傷つけることが出来ない――
「そんで、何で一般人がいるんだよ。そこの、えっと」
「彼女の目を信用して、です。カメラマンとしての目を」
「ああ、そう、なのか」
この子はカメラマンなのか? 女の子なのに……
あれ? あれ? あれ???
「こんな近くじゃ危ない、みなさん早く離れてください」とアンジェ。
「ショウくん早く、ぼっとしてたらだめだよ」
一文字さんと呼ばれた女が、俺の腕を引っぱる。
顔は知ってる。でも、誰だか思い出せない。
今はそんなこと考えてる時じゃないのは分かってるんだけど……
「君は、誰?」
全員が固まった。そして、俺を見た。
皆、引きつった表情をしていた。
一人を除いては。
「通りすがりの、都市伝説ハンターだよ♥」
彼女は、満面の笑みで答えた。
「奇遇だな。俺も、通りすがりの、異界獣ハンターなんだ」
「うん、知ってる」
「そっか、俺も有名になったもんだ。
ありがとな。助けに来てくれて」
「むかしキミに助けられた恩返しだよ」
「そうなんだ、ごめんよ。
助けた人いっぱいいるから、わかんねえな」
「別にいいよ。私はただの通りすがりだから」
「そのまま通り過ぎればよかったのに」
「先に通り過ぎなかったのは、キミの方だよ。
それとも、見殺しにした方がよかったの?」
「……まさか」
――どこかで聞いた気がする、このやりとり。いつだったっけ?
「一文字さん、準備できましたよ。とっととやっちゃいましょう!」
シスターアンジェリカが照準器を地面に据えた。
「OK! じゃあ、照準つけるから、ショウくんは私を守ってね」
「わかった。お前らに指一本触れさせはしない」
俺は一文字さんの横で最後の武器、ナイフを構えた。
化物よ、もう少しだけ、おとなしくしててくれ……
「一文字さん、よろしく!」
「はい!アンジェリカさん! ……照準セット! 発射します!」
ピー、とロックオンのシグナルが鳴った。
「みなさん! 逃げますよ!」
先生がシスターアンジェリカを担ぐ。
「おっしゃあああ!」
俺は一文字さんを担いで、一目散にその場から逃げた。
その数秒後、橋の側面から風を切る音が鳴り、背後で爆発が起こった。
衝撃と爆音と熱風が、一拍置いて俺たちを襲う。
俺は反射的に一文字さんに覆いかぶさって、彼女を爆風から守った。
先生はシールドを張って、ミサイルに吹き飛ばされた破片からシスターアンジェリカを護っている。
「やった……か」
爆風が収まってから、俺は立ち上がって異界獣のいた辺りを見た。――が、そこには、ヤツの影も形も、周囲に止まっていた車も何もかもが消し飛んでいた。
仮に致命傷は与えられなかったとしても、水に落ちたならヤツは死んでいる。
俺たちの、勝利だ。
「やったね、ショウくん!!」
一文字さんが手を握って言った。
「おお! 俺たちで……たおし――あれ……」
安心したら気が遠くなって、そこで俺の意識は飛んだ。