【9】さよなら、わたしの天使 5
A班のベースで、俺が弾薬と薬品の補充を受けている頃、足下の下層では水上からのロケットランチャー攻撃と、橋から飛び降りた兵士たちの回収が始まった。
敵の数を削りはしているが、教団側の戦力もジリ貧である。
そして俺の体力も。
「うひゃあ、爆発した拍子に上層来ちゃったぞ……。右にいち、にい……左に……」
俺は下層から避難してきた異界獣の数を指折り数えていた。
「ああもう~、なんで川おっこちねえんだよお……」と、ぼやきながら両手に銃を携えると、柱と地面を繋ぐ長い橋のワイヤーの端に飛び乗った。
「んじゃ、行ってくる。なんかあったら連絡くれ」そう言い終わらないうちに、俺は曲芸のようにワイヤーの上を全速力で駆け上っていった。
☆
下層からやってきた異界獣の近くまで、俺は橋のワイヤー伝いに接近し、はるか上方から特殊弾を次々ブチ込んだ。連中の頭がスイカみたいに吹っとぶ。
「さっすがに、近隣住民の苦情を考えなくていい武器は、景気よく吹っ飛ぶな!!」
日頃使用している静音性の高い武器よりも、騒音は大きいが威力も大きい。憂さを晴らすかのように、俺はワイヤーを渡り歩きながら獣たちを仕留めていった。
そんな中、比較的大きいが共食い後の変体が終わりきらない個体がいた。
ぶよぶよとして形が定まらず、接触するものは片っ端から口に入れて、もぐもぐと咀嚼のような動作をしている。
完全に変体してしまうと余計に強くなってしまうので、ぶよぶよ体のうちに始末するのが安全だ。
「せーの!」
俺は、ケーブルに足だけでぶら下がり、眼下のぶよぶよ野郎に威力の高い弾を数発お見舞いした。
攻撃は全弾命中、敵は木っ端微塵になった。……しかし。
「うそん……。そりゃねえよ……」
倒すタイミングが悪かった。
未消化だったのか、大量の小型異界獣が周囲に散らばってしまった……。
俺は気を取り直して、他の大型中型の敵を探した。
細かいヤツは、後回しである。
――あれはッ!
炎上した観光バスの影でよく見えなかったが、大きさからみて先ほど逃がした大型異界獣に間違いない。
上半身は形が整いつつあり、腕や頭が生えているが、腹から下はまだぶよぶよのままである。全身を数匹の異界獣に囓られながら、自らも手づかみで異界獣をむさぼり食っている。
まさに悪夢の光景だ。
「……ったくよう、食うなっつってんだろ。すくすく成長されると俺が困るんだよ」
俺はケーブルを吊っている支柱のてっぺんに昇り、一旦呼吸を整えると、装備品の確認をし、はるか下方でディナーを楽しんでいる巨大異界獣――といっても全長五、六mほどだが――に向けて、ペイント弾と発信器を撃ち込んだ。
これで万一逃げられても見失うこともなくなるだろう。保険である。
そして、ありったけの爆薬を上から放り投げ、敵の足下で爆破させた。
「どうだ……?」
煙が引くのをじっと待つ。
そのスキに、急いで鎮痛薬を首に打つ。
少しでも薬が切れると、頭がキリキリ痛む。体に悪いなどと言っていられる場合ではないので、ガンガン打つ。
煙が晴れてきた。
爆発した周辺では、自動車がひっくり返ったり、異界獣のなれの果てが周囲に飛び散り青白い炎で燃えている。
『やったか? 勝利。ここからでは障害物が多く、よく見えないのだが――』
シスターベロニカから通信が入る。
「ちょいまち……」
――だが、肝心の獲物はまだ仕留められていない。
下半身の幾分かを犠牲にして、ヤツは逃げてしまったのだ。死んだのは、ヤツに群がっていた連中ばかりだった。
敵は手傷をものともせず、ちょっと離れた場所で、手近な獲物を食ったり、車の中の死体を漁ったり、周囲を伺ったりしている。
とにかく今は、ひたすら食うことだけしか頭にないようだ。
「クソッ、しっぽ千切って逃げちまった!! まだピンピンしてる」
『そうか……』
「もう弾薬ないよ。どうすんだ……。マジで本部からなにも来ないのかよ、俺もう限界だぞ……」
その時、対岸、内陸側から通信が入る。
『勝利様、もうしばらく持ちこたえてください。武装の補充が向かっています』
「了解」
――もうしばらくって、いつまでだよ……。