【6】偽りの恋人
「ねえ、ちゃんと教えてよ。どうして教会がアレの退治をしてるの?」
「うーん……企業秘密なんだよな」
「いまさら企業秘密もないでしょ、教えなさいよ。じゃないと写真を――」
「あ――――ッ、ソレはダメ! ダメダメダメ! 絶対ダメ! やめておねがい!」
「じゃあ白状しなさい」
俺をにらむ遙香。
「……つっても、俺、家の仕事手伝ってるだけだから、正直わかんないんだよ」
遙香は、いぶかしげな表情で首をかしげた。
「だから家ってどういうことよ。だって教会なんでしょ?」
「あんま人に言うなよ」と、最初にクギを刺して話しはじめた。
「俺は赤ん坊の頃、教団本部の前に捨てられていた。拾われてそのまま流れで教団の施設で育った。俺にとって教団は家だ。
成長した俺は素質を買われ、教団の本当の仕事である化け物退治をやってる。子供が家の仕事を手伝うのは普通だろ?
たとえば寿司屋の息子だったら、仕入れや仕込みの手伝いとか出前をするのに疑問なんか抱くか?」
「……うん」
まだ腑に落ちないという顔をしている。
「分かった?」
「まあ……」
彼女は望む答えが引き出せなかったのだろう。
煮え切らない返事。
だが聞いた相手が悪い。
俺自身、教団の活動については本当に詳しくないのだから。
「ところでさ、何で化け物退治をしていることがバレたら困るの? キミは別に悪いことしてるわけじゃないんでしょ?」
遙香は話を切り替えて、俺へのインタビューを続行した。
彼女の興味は、異界獣に負わされた怪我やキスのことよりも、俺や教団という組織そのものに向かっている。
「参ったなあ……」
「はやくう~」
「お前なあ。お父さんの影響でそういうの平気なのかもしれないけど、あんなのが町にわんさかいるって知れ渡ったら一般ピープルがパニックになっちゃうだろ?」
「それはそうだけど……都市伝説レベルなら、知ってる人もいるよ。私だって学校で話を聞いたから写真を撮りに行ったんだもん」
「だーかーらー、まだ都市伝説レベルだから、パニックになってないんだってば」
彼女は、ぐぬぬ……って顔をしている。
「でもしょうがないじゃんか。大昔なら妖怪だー、で済んだろうけど、今なら警察呼べとか、自衛隊呼べーって騒ぎになっちゃうんだから。だいたいこの街でだって、ここ最近で何人死んだ? ソレ知らないわけじゃないだろ?」
「……知ってる」
「それにハルカさんも知ってのとおり、曲がりなりにも俺らは武装している。
公安や駆除地域の所轄警察や公衆衛生担当者には、教団から一応話は通してあるけども、表沙汰になると困るんだ。
世間にはうるさい連中も多いから、報道管制も常時敷いている。俺の仕事はそういうグレーゾーンのもんなの」
「うん……でも」
媚びるような目で、俺を見上げる遙香。
ドキっとしてしまう……。
「な、なに」
遙香は満面の笑みで言った。
「ちょっとくらい写真売ってもいい?」
「お――ま――え――な――!!」
「うひひ」
「俺がお前の恋人になったら、あの件は黙っててくれるって約束したろ?」
「私も生活かかってるし……ちょっとだけ。ダメぇ?」
と手を合わせる遥香。
「ダメに決まってんだろ!! 俺を殺す気か!!」
「そ、そんなにシスターって恐いの?」
「アマゾネス、いやメスゴリラと言っていいだろう……」
遙香は震え上がった。
「にしても困ったなあ……。事情はだいたい分かったけど、当座はバイトとかじゃダメなのか? 働く所、いくらでもあるだろ?」
「高校生だと難しいのよ? 写真を売らないと、まとまったお金にならないし……」
「そっか……」
うーん、と揃って頭を垂れる俺たちだった。
しばらく二人で歩いていると、だんだん彼女に慣れてきたせいか、俺は先ほどまでの胸の苦しさを忘れていた。
まるで、昔からこんな風に過ごしていたような……。
だから、きっと……自分は恋に落ちたのか。
その証拠に、というと変だけど、彼女の態度もつい数日前に出会ったばかりとは思えない。遙香は、人見知りは多分しないのだろう、悪く言えば、馴れ馴れしいとさえ感じてしまう。
――もちろん、嬉しいのだけど。
それにしても参った。とにかく彼女の生活が心配だ。
きっと頼れる親戚もいないんだろう、父親が失踪してから半年もほったらかしなのだから。何とか助けてやりたい。
でも、自分に何が出来る? 金だって、小遣い程度しか持っていない。
交差点から、うーん……と慣れない金のことを考えながら歩いているうちに、俺の仮住まいである、この街の教会まで来てしまった。
☆
この教会、ドラマの結婚式に出てくるような立派なものではなく、おざなりな礼拝堂を備えた、最低限教会の体を成してる施設である。
異界獣の監視や、ハンターの前線基地とするのが本来の役割だ。そして礼拝堂の裏側は関係者の住居になっており、数人のシスターが常駐している。
教団本部から派遣された俺とシスターベロニカの部屋も、同じ居住区域に用意されている。
☆
教会の前に到着してもまだ、俺たちは手を繋いだままだった。
お互いそれに気付いたのは、
「キャーッ、ショウくんもう彼女出来たの!? いやぁ~ん、お赤飯炊かなきゃ!」
と、柵の向こう側にいた庭掃除中のシスターに冷やかされた後だった。
「ふぇ、あ、いや、あの」
俺は慌てて遙香の手を振りほどく。
――ガスッ!
遙香の肘鉄が脇腹に刺さる。
「そ、そう……です」
俺は消え入りそうな声で肯定した。
俺はひどくこっぱずかしい思いをしつつ、
「彼女を家に送るから」
と言ってシスターに自分のカバンを預け、そそくさと教会を後にした。
(ひええ……きっと後ですっごく冷やかされるに決まっている……)
遙香の家は教会のさらに向こうにある。
俺は脇腹をさすりながら、遙香の後をついていった。
「なにもシスターに言わなくてもいいじゃんか」
「ね、念には念を、よ。ったく分かってないわね」
「そういうもん? 意味わかんね……」
ぶつぶつ言いながら歩いていると、再び遙香の交渉が始まった。
「だからあ、ショウくん以外、バケモノの写真だけなら、どう?」
「どう、っつわれてもなあ……。異界獣の情報そのものだって報道管制の対象になってるんだぜ?」
「前にお父さんの撮った写真、いくつも本に載ってるのに?」
「うーん……。その本、俺に見せてくれる?」
「いいわよ」
(家にバックナンバーくらいあるはずだ。
それを見てから判断しても遅くはないだろう。うん、そうしよう)