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【7】さよなら、わたしの天使 3

「さてと……。バスん中は写真のデカ物はいなかったし、一体どこ行ったのか。やっぱ下かなあ……んッ」

 俺は、頭に激しい痛みを覚え、その場に膝を突いた。


 ――アレの後遺症なのか……。 


 俺は苦痛に耐えながら、腰のポーチからペン状の物を取り出すと、やおら首筋に突き立てた。それは、強力な鎮痛剤だった。

 苦しみに耐えながら、俺は薬剤が空になるまで、ペン状の物体=簡易注射器の端を親指で押し込んだ。


「くぅ――――ッ……」


 注射器を放り、アスファルトの上に座り込むと、俺はしばらく荒い呼吸を繰り返した。呼吸が楽になって、そろそろ立ち上がろうかと思った時――


「うげぇぐぐ……うぐ……」


 首に何かが巻き付き、俺の体が宙に浮いた。

 足をバタつかせ、首を締め付けている物体を引きはがそうとするが、ビクともしない。


 ……ヤバ……意識が……


『チュンッ――』

 耳元で銃弾のかする音がした。

 と、同時に戒めを解かれた俺の体は路面に叩きつけられた。


『勝利、聞こえるか勝利、無事か』

 シスターベロニカの声がインカムから聞こえてきた。


「こ、こちら……勝利、生きてる。どっから撃った」


『船だ。いま、川からお前を見ている』


 ……なんとまあ。さすが俺の母上だ。揺れる船の上から狙撃をしたとは。


『敵は上にいる。気をつけろ』


「う、うえ?」


 頭上を仰ぐと、橋を釣るケーブルを支える大きな塔の上に、もそもそとした大きくて黒い物体がまとわりついていた。


「あいつか!!」


 ……あれ?

 急に視界がぐらりと揺れ、倒れてしまった。


 脳へのダメージ、そして大量の薬品投与、そして立ちくらみの三種盛りで、俺は一気に気分が悪くなった。


 だが、俺は気力で半身を起こした。


「くそ……こんなところでくたばるわけには!」

 気合い注入。

 俺は両手で顔をバンバン叩いた。


 立ち上がり、柱の上にいる大物を追いかけようと、腰のワイヤーフックに手を伸ばしたとき、シスターベロニカが叫んだ。


『獣が! 柱を這い降りて、あっという間に下層に入ってしまったぞ! クソッ! 灯りを焚け!!』


 船上に彼女の怒号が飛ぶ。


「だ、だめだ。対岸から来る小物が散ってしまう……こっちに集めるって言っちゃったんだよ」


 額に手を当て、吐き気を催すめまいに耐えながら静止した。


『わかった。狙撃でも照明でも、必要があれば言ってくれ』


「あいよ」


 俺は亡霊のようにゆらりと体を揺らすと、ワイヤーフックを歩道の手すりに向けて射出、巻き付くと同時にダッシュして手すりを軽々飛び越えた。


 俺の体が川面に放り出される直前、ワイヤーはピンと張り詰め、俺を橋の下層へと放り投げた。


 腰のワイヤーをプツンと切り離すと、俺は下層にある線路の上に転がり込んだ。薄闇が周囲を包み、橋の下層は一気に危険地帯へと変貌していった。


「もう時間がない……」


 銃を構え、周囲を警戒する。物音はしないのに、異界獣の臭いだけはプンプン漂ってくる。奴らはここにいる。絶望の臭いがする。


「……始まった。やつらの宴が」


 汚物のごとき異界獣の血と臓物の濃厚な臭気が、俺が元来た方向から押し寄せてきた。

 大量の異界獣が共食いを始め、橋の上で酒池肉林のカーニバルを繰り広げている。密集した場所で共食いをすれば、手当たり次第に食い合って、あっという間に大きく育った異界獣の軍団と化す。

 他を捨てて、一番大きな個体を先に仕留めるのは決して愚策ではないのだが、逃がしてしまった以上はどうしようもない。


『とうとうか。せめて下層だけでもパージ出来ないものか……』


「手前の方は、投光器出せそう?」


『混乱は大分収まったので、なんとか。現在設置中だ』


「わかった」


(さっきの大きいの、どこ行ったんだ?)


「ん……」

 上層の灯りが点り始めた。

 しかし、下層はますます暗くなる一方だった。


 俺は数瞬思案すると、武器を電磁ウィップへと持ち替えた。スパークさせれば、多少は灯りの代りにもなる。


「こちら勝利、これより下層を通り、市内へと戻る。途中巨大な駆除対象を発見、または接触した場合、交戦せず速やかに退去されたい。以上」


『『『了解』』』


(んじゃ、行きますか)


 俺は肩口に取り付けた小型照明にスイッチを入れ、ウィップをヒュン、と唸らせると元いた街へと、注意深く進み始めた。


 肩の照明は小型なだけに、灯りとしてはあまり足しにはならないものの、異界獣の感知しない光源を使用しているので気付かれにくい。


 その頼りなげな灯りを点けて、俺は初めてアレの行方が分かった。


 先ほど己の首を締め上げた、大きな異界獣は、下層の天井を這いながら、片っ端から獲物を喰い散らかし、天井はもとより、下の線路や砂利の上にも極彩色の体液を引き摺り、撒き散らかしつつ前進していったのだ。


 ――これか。ひどい悪臭の原因は。


 過去何度も異界獣の共食い現場を見てきたが、これは上位に入るほどの凄惨さだ。

 これだけ丁寧に喰らっているのなら、取りこぼしはなさそうだが、後始末が大変なことになりそうだと思った。


 あれ以上大きくなっては、果たして自分で駆除が出来るのだろうか。

 不安を噛み殺しながら、俺は獲物を追った。

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