【5】さよなら、わたしの天使
俺は別室へ、橋の立体データを頭に入力しに行った。
橋の構造をインプットするだけなら、五分とかからないが、なぜ最初から入っていなかったのか。
話は単純で、市内の地形データのみキレイに地図から切り取られ、そこからはみ出した部分、つまり橋は不要とされていたからだ。
全長一〇〇〇mほどの大きな橋は、上下二層構造になっており、上層は自動車、下層には通信インフラと電源、そして貨物用の鉄道が走っている。
以前の橋は、下流数百メートルの場所に、自動車と鉄道が並行して走っていたが、老朽化にともない作り替えられ、現在の二層構造となった。
そのため、光を嫌う異界獣の格好の隠れ場所となってしまった。
橋の近くは、異界獣の嫌う水辺であることと、比較的開けた場所のため、駆除優先順位は低めだった。
しかし、近年開発が進み、川の近くに高速道路も出来たため、異界獣の隠れ場所が増える格好となり、複数の悪条件が重なって、この最悪の状況が発生したのだ。
☆☆☆
<遥香side>
別室に出て行った勝利を見送ると、私は彼の荷物からデジカメを取り出した。
「何をしているんだ、遙香ちゃん」
シスターベロニカが尋ねた。
「……私の写真を、消してるんです」
「何故? それでは息子が君を思い出せなくなるじゃないか」
私はにっこり笑って答えた。
「それでいいんです。彼の記憶に、私は不要なんです」
デジカメの画面を見ながら、ぷちぷちとボタンを押して画像を消去していく。
「君はそれでいいのか……」
「私が彼の頭の中にいることで、彼が苦しんだり、彼らしく生きていけなくなるのなら、……それは私がいてはいけないってことでしょう。だから、消すんです」
私の声は震えていた。
「でも……もし、もし出来るなら……」
「ああ、言ってみなさい。要望には極力応えよう」
シスターベロニカは、私にやさしく問いかけた。
「たまにでいいから、彼の姿を見たいんです。もう、見失うのだけはイヤだから」
「了解した。君の願い、このベロニカが責任をもって叶えよう」
「ありがとう……ございます」
私は、最後の画像を消去した。
☆☆☆
「やれやれ、どえらいカンジだな……」
教会を出て、道々遭遇した異界獣を片っ端から屠りながら、俺は単身、橋までやって来た。
俺が橋のたもとに到着すると、乗り捨てられた車をバリケードに、教団兵とハンターたちが、肥大化した異界獣と交戦していた。
中にはアンモナイトや、変電施設を襲った新種に近いタイプもいて、駆除作業の難航は、誰の目にも明らかだった。
「みなさん、おまたせ。後は俺に任せな!」
俺は両腰から銃を抜くと、兵士たちの中を全力で駆け抜け、自動車を踏み台にして、獣の中に躍り込んだ。
現場の映像から、敵の傾向が掴めていた俺は、初手から大口径高火力の装備を満載して出撃した。
いくら苦戦をした大型とはいえ、明るい場所での動きは緩慢で、今の俺にとっては的でしかなかった。
水を得た魚のような俺に、次々屠られていく異界獣たち。俺の鬼神の如き戦いぶりを目の当たりにした兵士たちは、賞賛よりも恐怖が先に出た。
――まあ、いつものこと。
☆☆☆
「あれが……教団のプリンスの戦いか……」
「俺たちは、あんなヤツの代りをやろうとしてたのか。そりゃムリな話だ」
力の差を見せつけられた彼等は、口々にぼやいた。
先日、食堂で傷の手当てを受けていたハンター村上がつぶやいた。
「ごめんよ、ボク。おじさんたち、君を休ませてやれなくてよ……」
☆☆☆
俺はどんどん彼等の前から遠ざかり、橋の中央部、横転した観光バスを目指して突き進んでいった。