【1】終わりの始まり
「おはようっす」
翌朝、俺と遙香が校門に入ろうとした時、背後から声を掛けられた。
「あ、タケノコ……とゆかいな仲間たちか。おはよう」
俺が振り返ると、タケノコが乗用車から降りてきたところだった。
運転席と助手席には、顔なじみの借金取り。
俺の姿を認めると、パンチな方のチンピラが助手席から顔を出した。
「兄さん、体の方はもういいの? これ、お見舞いっつったらなんだけど」
ダッシュボードから紙包みを取り出し、俺に差し出した。本かなにかのようだ。
「なんとか。……これなに?」
「いいのチョイスしといたんで、後で楽しんでよ」
中身をちら見すると、ピンク色の文字が踊っている。
「うわ……、う、うれしいけど、これ登校中の学生に手渡すもの?? 困るよ……」
「そっすか? じゃ、あとで教会の方に届けときますわ」
そう言ってパンチはエロ本を再びダッシュボードに戻した。
「あ、そうそう兄さんたち……」
「なんだ?」
パンチは急に真顔になると、声を落として話し始めた。
「兄さんは分かってると思うけど、夜はずいぶん物騒だから、出歩いたらいけませんぜ。昨日の晩も俺の知り合いが、南三号線の高架下から、惨殺死体で見つかった」
「ああ、その件なら知ってる」
「やっぱり……。とにかく、そういうことなんで、気をつけてくださいよ」
俺は小さく頷いた。
「ねえ、トランクからなんかハミ出してるけど……」
遙香が車の後方を指さしている。
「ああ、あれね。看板っスよ。会社の管理地にこれから立てに行くところ。そのついでに坊ちゃんを、こうして学校まで送ったっつーわけで」
「なるほど……」
「あれだろ、借金のカタに取り上げた土地とかだろ」
「まあいろいろ。じゃ、俺らこれで。坊ちゃん、しっかり勉強してくださいよ」
「するわけねーだろ、さっさと仕事しに行けよ」
毒づくタケノコを置いて、借金取りの車は校門前から離れていった。
三人そろって、校門から校舎までのアプローチをだらだらと歩いていると、遙香がタケノコに話しかけた。
「竹野ってば就職決まってんだもん、卒業出来ればいいのよね」
「そゆこと」
「ああ、タケノコは実家で家業継げばいいわけか」
「兄貴もそんなとこでしょ?」
「え? あ、ああ、そうだね、うん」
「あたしどうしよ……。マジでこのままお父さん捕まえらんなかったら、本気でどこか就職しないといけないし……」
「うちの会社で事務員とかすればいいじゃん」
「やだよ、サラ金なんか」
自分を養うと豪語していたくせに、ノープランな遙香を見て、俺は苦笑した。
☆
三人が揃って教室に入ると、間もなくHRが始まるというのに、生徒が半分ほどしか来ていない。普段なら生徒達のおしゃべりで、かなり騒々しい時間のはずが、今朝はかなり静かで、空気もどことなく淀んでいる。
教室のスミから聞こえるひそひそ話の断片を拾っていくと、大人達やニュースでは、事故とか病気で人がたくさん死んでると言っているが、実際は猟奇連続殺人犯やテロリストがこの街で暴れ回っているのでは、と生徒達は思っているようだ。
「ショウくん……」
また自分を責めてる、と遙香は思ったのだろう。
「わかってる。わかってるよ。でも……」
俺は己の胸ぐらを掴み、うめき声が漏れるのを必死に噛み殺していた。
救えたはずの人が、自分のせいで、手からこぼれ落ちてしまった。教団兵も補充のハンターたちも必死で駆除作業をやってるのは重々承知だ。
しかし、自分が今までやってきた仕事を肩代わり出来るほどの技術も、人数も、機材も、何もかもが足りていない。
だってこの街は、自分が護るために来た場所なのだから。
慌てて代役を注ぎ込んでも、そう間に合うもんじゃない。いくら対処したくても、金があっても、人材に限りのある教団ではこれでも精一杯だ。
政府が国民を護るのが筋だとしても、教団がその役目を譲れない何らかの理由があるのは分かっている。
だけど、このままでは市民はただ食われるのを待つだけの生け贄になってしまう。共食いを繰り返して、大きく育った異界獣たちに根こそぎ奪われる結末が、俺の脳裏に見え隠れする。
遙香が耳元で囁いた。
「ショウくんはもう、十分戦った。あとは大人の人たちに任せよう……ね?」
彼女が思いやりから発したその言葉は、そっくりそのまま俺の胸を抉り、『なぜ自分は戦えないのか』と、自責の念を一層強めるだけだった。