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【5】あきらめのつかない初恋

「どうかした?」

 遙香がいぶかしげに声をかける。


「なにが」

「そんな難しい顔して。もしかして、おなか気持ち悪くなっちゃった?」

「いやいや、それ関係ないから。なんでもない。うん、大丈夫」

「ホントに?」

「ちょっと……考え事してただけだよ。気にするな」

「ならいいけど……」



 数歩進んだところで立ち止まり、チラと遙香の横顔を見る。

 喉が詰まって苦しくなる。


   外側に跳ね返ったクセっ毛、強い意志を感じる瞳。

   さっきぬぐってやったばかりの、ふっくらとした赤い唇。

   年相応に張りがあって瑞々しい肌。


 教団のシスター連中が全員霞んで見える。

 彼女の全てが愛しくて欲しくてたまらな

 理由なんか分からない。

 ――でも、決して手に入れてはいけない。


『こんな思いをするのなら、いっそあの時……』


 イヤな後悔が脳裏を過ぎる。

 そんな選択肢など、はじめからなかったというのに。

 彼女を見殺しにするなんて選択肢は。



「ねえ、化け物退治してるとき、なんであんな黒ずくめの格好で飛び回ってたの?」

「……へ? あ、ああ……」


 俺は遙香の声で、空想から現実に意識を引き戻された。

 パトカーがサイレンを鳴らしながら脇を通り過ぎていったが、つい今し方までその音にもぜんぜん気づかなかった。


「あれはね、仕事着なんだ。目立たないように黒いんだよ」

「目立っちゃいけないの? もー写真撮りにくかったんだからぁ」


 肩を落とし、ぷすーっとため息をつく遙香。


「いけないに決まってんでしょ。騒ぎになっちゃうじゃん」

「そっか~。つまんない」

「ちょ、つまんないって……」


 彼女のいう黒ずくめとは、教団から俺たちハンターに支給されている異界獣用の特殊装備のことだ。


 牧師の衣装を模したケープ付きのロングコートには、聖別された糸で多重防壁魔道陣の刺繍が施してあり、ケブラー素材の生地と相まって大概の刃物や拳銃程度では傷を付けることすら不可能だ。


 ボディスーツに至っては、複合素材の軽装甲やハイテク機器が取り付けられている。武器を含めて異界獣を(ほふ)るために必要な装備品は多く、トータルでは重量も相当なものになる。


「最初ね、忍者かと思ったんだ」


「ニ、ニンジャ? ああ……飛び回ってたからか。ま、あのクッソ重い装備であんなこと出来るの俺くらいだけどね」


「そうなんだ! かっこよかった」

「そ、そうか? あ、暑苦しいだけだよ、あんな重たい服」

 俺は照れ隠しに頭をかいた。


 仕事の時間は主に夜間とはいえ、気温の高い季節には汗でびっしょりになってしまう。初夏を迎えた近頃では、いい加減コートを脱ぎたくて仕方がないのが本音。


「仕事でアレを倒してる……んだよね。バイト、なの?」

「んー……」


 俺は腕組みをして、しばし考えこんだ。

 これ以上秘密を知られたくはない。でも、彼女のご機嫌を損ねるのも考えものだ。

 まいったなあ、と頭をかきながら、


「君が見たとおり、あの化け物を掃除してたんだよ。それが俺ん家の仕事」

「家の仕事? 家って?」

「ほら、あそこ。この先にある教会だよ」


 俺は交差点の遠く先を指さした。


 片側三車線の大きな交差点に差し掛かると、信号が赤に変わった。敷きたてのアスファルトがスベスベで美しい。

 その向こう側、信号を渡って五十メートルほど歩いた場所に、俺の指さした教会がある。


「え? え? 教会なのに、化け物退治とかするの?」

「するの。エクソシストとか知らない?」

「え……あれって霊なの?」


 急に遙香の顔が青ざめた。


「だったら、……どうする?」


 俺はニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。


「い、いやああああああ――ッ」


 遙香は頭を抱えて悲鳴を上げると、近くで信号待ちをしていた歩行者がぎょっとして一斉に俺たちを見た。


「あ、あわわ、ちがうちがう、ウソウソウソウソだよ! 霊とかじゃないから!」


 俺は両の手のひらをブンブン振って、自分でついた嘘を必死に否定した。


 女子高生の悲鳴の真相が分かったのか、俺の全身に突き刺さっていた通行人の視線が、はらはらと呆れがちに落ちていく。

 つまらないことを言って冤罪逮捕されたらシャレにもならない。


(ホッ……)


「ホ、ホントに? 写真撮っても霊障とかない?」

「ないってば。っていうか、ハルカさんソレ気にしてたの?」


 遙香は軽く頷くと、肩をすぼめてちいさくなってしまった。



 砕石を積んだ大型トラックが数台、通りを並んで走っていく。

 きっと町外れの河川敷に行くのだろう。たしか地形データによれは、護岸工事をしているはずだ。


 こんな車が頻繁に通るんじゃ、この綺麗な道路はいくらも経たないうちにガサガサ、ベコベコになってしまうだろう。もったいない。



「だって父さんが、あれはお化けじゃない、本当にいる生物だって言ってたもん」


「そりゃいるけどさ。でも、人がたくさん喰われて殺されてるんだぞ?

 それは怖くなかったのか? ヤバいのはどっちも一緒だと思うんだけどなあ」


 俺は両の手を頭の後ろで組み、のけぞりがちに答える。


「ば! 化け物はちゃんといるから平気だもん!

 お、おおおお化けは……ちょっと」


「ヘンなやつだな。フフッ」


(案外可愛いところもあるんだ)


「あっ、バカにしてえ!」

「してないよ。ほら、行こう」



 横断歩道の信号が青に変わった。


 俺はむくれる遙香の手を引いて、とおりゃんせの響き渡る横断歩道を渡り始めた。向こう側まで距離あるので、さっさと渡らないと信号が変わってしまう。


 遙香の手を掴んだとき、ピクリと彼女の動揺が伝わった。


(……ん? ま、いっか)


 この時はたいして気にも留めず、歩いていった。

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