【13】天使の課外活動 3
監禁三日目。夜。
実質的には、俺らが一文字家を出た時点で監禁は終了している。
ぶっちゃけ、来てよかった。
俺は、遥香に、みんなに、救われた。
だから。
☆
「それでは、我々が責任を持って遙香様をお送り致しますので!」
「ああ、頼んだぞ。ハルカに何かあったら殺すからな」
「はッ!」
俺は、教会で夕食を終えた遙香を、玄関先で見送っている最中だった。
まだ外出を許されていない俺の代わりに、先ほどまで一文字家の庭で警備をしていた教団兵が、遙香を自宅までエスコートすることになった。
――何かあったら。
この言葉が、決り文句や気のせいならどれほど良かっただろう。
じゃあね、と手を振って帰って行く遙香の背を見つめながら、俺はほぞをかんでいた。本心では、自分で護りたいと思っていた。一匹残らずこの街の獣を駆逐したい、と。
はあ、と大きなため息をつき、自室に戻ろうと振り返ると、そこにはシスターアンジェリカが佇んでいた。
「いつからいたのさ」
「十五秒ほど前から、ですかね」
日頃やや険のあるアンジェリカが、この夜は神妙な顔をしている。
「俺になんか用?」
「姐さんは以前から、教団のハンターへの処遇について少々疑問を抱いていました。でも、ショウくんさん、貴方への扱いは常軌を逸しています」
「……だろうな。で?」
「貴方は卒業まで、この街にいてください」
「……は?」
「狩りをする必要はないのです。ただの学生として、彼女さんと過ごすのです」
「ちょ、いきなり何だよ」
「卒業しても体が治らなければ、この教会の一般職もしくはゲート監視員として過ごせばいいのです。彼女さんと所帯を持つのも夢ではありません」
「だから、一体何の話なんだよ、アンジェリカ」
「これは、姐さんの意志だ、です」
「シスターベロニカの……」
「私も姐さんも、この教会のスタッフ、そしていまこの街に来ている現場スタッフも、今のショウくんさんを本部に返す気はありません。――全てを知ったからです」
「ちょっと待って、何勝手なことしてんだよ。ハルカんちに閉じ込めてる間に、おまえら何してくれてたんだよ、おい」
「伝えましたよ。では」
「ちょ、……」
アンジェリカは言いたいことだけ言うと、その場から立ち去っていった。
「なんなんだよ……それ」
事の真偽を確認しようと、俺はシスターベロニカの部屋を訪れたが不在だった。
娯楽室を兼ねた食堂に行ってシスターたちに尋ねると、補充の兵と共に異界獣掃討任務に出ているとのこと。
肩を落として自室に戻ろうと思ったとき、ふとズボンのポケットに遙香からもらったデジカメが入っているのを思い出した。
「あのさ……写真撮っても、いい?」
「「「「は――――い♥」」」」
☆
空が白み始めた頃、教会の駐車場に車が戻ってきた。
車を降りた連中が、バタバタ物音を立てている。
俺は一睡もせず、シスターベロニカの帰りを待っていた。
遙香や、一般職シスターたちを撮った写真を眺めながら。
俺はデジカメをベッドの上に放り出すと、仕事から戻ったシスターベロニカを出迎えるため、自室を後にした。
「おかえり」
俺は、駐車場で車から装備品を降ろしているシスターベロニカに、背後から声を掛けた。
「起こしたか。済まない」
「いや……。ケガ人、多いな」
「来たばかりで不慣れな者が多いからな」
「……俺のせいで」
「持て」
シスターベロニカが、弾薬の入ったコンテナを息子に差し出した。
「あ、はい……」
二人でコンテナを抱えて倉庫に行くと、床のそこらに点々と血痕が付いている。
――いや、気付かなかっただけで、駐車場からそれは続いていたのだ。ただ、倉庫の照明で血痕がはっきりと見えただけだった。
「俺、……こんな……」
「自惚れるな、と言っても仕方のないことだとは分かっている。だが、慣れろ。護られることに」
「慣れろ、か……」
「済まない……。知らなかったとはいえ、私は教団の片棒を担いでお前をこんな体に……」
そこまで言うと、シスターベロニカは唇を噛んだ。
「気にすんなよ。たまたまハルカと再会したせいで、ちょっと心のバランスを崩しただけだ。またすぐに戦えるようになるよ」
「お前はちっとも分かってない! 少し元気になった程度で治ったと思うなよ。想像以上にお前の体は相当ガタがきているんだ。医者が言葉を失うほどにな!
これ以上脳に負荷をかけたり、重傷を負ったら……本当に壊れてしまう」
「……ごめん」
シスターベロニカは荷物を放り出すと、俺を抱き締めた。
「頼む……頼むから、もう……戦わないでくれ、勝利。お前はお前自身の人生を歩め。そのために私は何でもしよう。それが、私の罪滅ぼしだ」
「あんたは悪くないよ。教団に雇われただけなんだ。それより、こんなことをいつまでも続けて大丈夫だと思ってるの? アンジェにまであんなこと言って、周りも巻き込んで、俺はそんなの望んでいない――」
「では彼女はどうするんだ」
「それは……」
プランなんてあるわけがない。そもそも今だって病み上がり、建設的に何かを考えられるほど回復してはいないのだ。
シスターベロニカは俺を解放すると、両肩に手を置き、俺の顔をのぞき込んだ。
「とにかく、我々はこの現場の仕事を終わらせる。その後は私も休暇を取ろう。この街の近くには、いい温泉があるという。そこへ行ってみたい」
「うん……温泉好きだもんな、母さんは」
もともとシスターベロニカは日本びいきで、軍人時代にも度々旅行に訪れていた。
もちろん温泉も大好物である。
「とにかく、お前には休養が必要だ。学校に行って、女の子と遊んで、ぶらぶらしていろ。それが任務だと思え。いいな?」
「ちぇ……。わかったよ」
「よし、じゃあ朝飯にしよう。腹が減ったぞ」
「俺、寝不足で気持ち悪い……」
「ではスープでも飲んでいろ」
俺の肩を抱いてベロニカが倉庫を出る頃には、朝の太陽が空を赤く染めていた。